5つの月は動かない 〜転生少女の成り上がり〜
万年ぼんく
第1話 イザ転生
『目覚めよ……』
わたしは目も眩むほどの真っ暗な闇の中に居た。
『目覚めよ……』
頭の中に誰かの声が響く。とても重厚な老人の声音だ。
「……誰ですか?」
『汝の概念で言うならば――神じゃ』
神様を自称する老人は姿を見せず、わたしに語りかけてきた。
『汝は死んだ。覚えておるか?』
「…………」
遺憾ながら覚えている。細かな記憶は残っていないが、心を焼き焦がす後悔だけはヒシヒシと感じている。
ここぞという場面で力及ばず――いや、わたしは何もできずに死んだ。それだけは確かなことだった。
『相当な無念を抱えておるな? ならば今一度、機会を与えてやろう。汝の概念で言うならば――転生じゃ』
「なぬっ!?」
『ついでに神の加護を授けてやろう。汝の概念で言うならば――チートじゃ』
「マジで!?」
強く賢くニューゲームできちゃうよコレ。この爺さんマジで神様だわ。
『ただし、来世は様々な危険が
「……世界観を詳しく聞かせていただいても?」
『良かろう』
神様が語る転生先は6つの種族が入り乱れて覇を競い合う異世界。
人族、獣族、妖精族、竜族、魔族、亜人族が各々に国を創って争いを続け、身分とステータスが人生を左右し、天空に浮かぶ5つの月からモンスターが襲来するヤバ気な世界だった。
『力無くば死あるのみ。さあ、どのような能力が良いか?』
「ちなみに……どの種族が1番強いか教えていただいても?」
『汝は人族じゃ』
神様が言うには、過去にも様々な魂を拾い上げて転生者として送り込んできたらしい。もちろんチートを持たせた上で。
『例えば――』
ご丁寧なことに過去の転生者たちが選んだチートを例に挙げて教えてくれた。
『時間停止』『時間遡行』『無限収納』『ステ振り自由』『超速治癒』『全属性魔法』『重力魔法』『魔法創造』『空間跳躍』『絶対切断』『無敵化』『限界突破』『スキル強奪』『賢者で聖女』『ミラクルチ〇ポ』
なんでもアリだった。そんな能力を持っていれば何も怖くない。完全に俺強ぇえ〜ってなるよ。
てか最後の何? そいつの頭どうなってんの?
「……ステータスとは何か伺っても?」
『ステータスとは己れの指標じゃ。鑑定を受けることで万人が得られる』
「……魔法とは何か伺っても?」
『あらゆる生命は魔力を宿す。ソレによって具現する力が魔法じゃ。スクロールを用いることで万人が得られる』
前世の記憶は定かではないが、わたしは何故死んだのかを考えてみよう。
まず、第一に自分を知らなかった。それなりの能力はあったように思うが、イザという時に何もできなかった。
第二に、他人を知らなかった。周囲を顧みることなく、知りもしない己れに固執していたように思う。結果、イザという時を察知できなかった。
「鑑定はいつ受けられるのですか?」
『10歳を迎える年に至れば誰でも受けられる。いずれかの教会で祭壇に祈りを捧げれば良い。儂が下す神託のようなもんじゃ』
「では鑑定してください。今ここで」
『……チートは? 要らんのか?』
今の自分もわからないのに、重ねてわからないモノをくっ付けてどうする。
それとも何でもわかるような能力にしてもらうか? 例えば『鑑定』とか。
それは愚かだろう。鑑定は神様の力。全知に至らぬ人の身で使いこなせるわけがない。
「要りません。代わりにステータスを授けてください」
『良かろう』
暗闇が一瞬だけ明るくなって、頭の中に情報が浮かんだ。
――――――――――――――――――――
種族:人族 個体名:無し
ステータス
HP:0/0
MP:0/0
物理攻撃能力:0
物理防御能力:0
魔法攻撃能力:0
魔法防御能力:0
敏捷速度能力:0
スキル
無し
――――――――――――――――――――
まだ産まれてないから全部0。
なるほど、これは信憑性がありそうだ。
「それぞれの数値の意味を教えていただいても?」
『汝の概念で言うならば――ゲームと同様じゃ』
HPが0になれば死ぬ。最大値は肉体の成長とともにある程度まで上昇し、種族差・個人差がある。
MPを消費することで魔法が使える。強大な魔法ほど消費量が多く、また注ぎ込むMPの量とイメージによって効果が変わる。
物攻・物防・魔攻・魔防・敏速の各能力は個人の才能と研鑽の程度によって上昇する。種族間の格差が大きい。
スキル欄には個人の特性やスクロールで習得した魔法が記される。十分に研鑽を重ね、必要な能力値に達した者には技能が加えられる。
わたしもチート能力を貰っていれば10歳の鑑定後にはステータスのスキル欄に神様のご加護――チート能力が付いていたのだろう。
生まれ持った才能と日々の努力がものを言う。そこは前世の現実と本質的に変わらない気がした。
あと、気になる点は――。
「MPの最大値はどのように上昇するのですか?」
『過回復じゃ』
MPは時間経過でゆっくりと回復する。これは満タンの状態でも積算されていて、塵積もった分が1を超えれば最大値が1増える。
「1つだけ……追加のお願いをしても?」
『申してみよ』
「すべてのパラメータを小数点第2位まで表示するようにしていただけますか?」
『ダメじゃ』
万人の道標となるべき大切な数字だ。厳格に公正であるべきか。
『面倒じゃ』
「……できるだけ美人の器に入れてください」
こうして、わたしは生まれながらのステータス持ちとしてムンドゥスという星に転生した。
**********
「頑張れパメラ! もうちょいだ! 踏ん張れ!」
「ん〜〜っ!!」
「おんぎゃ」
「おわっ!? なんか……最後はあっけねぇな」
目は開かないし、周りでわからない言語が聴こえる。
「ほら、女の子だよ。はは……シワくちゃだな」
「ああっ……なんて可愛いのかしら。シキ……私の娘……」
とりあえず放っておいて、早速ステータスを確認しよう。
――――――――――――――――――――
暦:魔幻4013/9/15 夜
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:1/1
MP:1/1
物理攻撃能力:1
物理防御能力:1
魔法攻撃能力:1
魔法防御能力:1
敏捷速度能力:1
スキル
無し
――――――――――――――――――――
パラメーターが全部1なのは、わかりやすくてよろしい。
神様? 『夜』って何ですか?
きっと面倒だから省いたに違いない。
**********
「おんぎゃ」
たぶん生後1ヶ月――ようやくパッチリ開いたつぶらな黒眼を向けてパメラに訴えかける。お腹が空いたと。
「ちょっと待っててね」
わたしの個体名はシキ・キョアン。名前ではなく個体名ってところが面白い。
きっとネームドのモンスターなんかもいるのだろう。神様の公正性はその辺りも抜かりは無いらしい。
「さあ、お乳にしましょう」
彼女の名前はパメラ。わたしの生みの親だ。黒髪黒目の色白美人で、娘のわたしとしても将来に期待が持てる整った顔立ちをしている。
親子とはいえ他人のステータスは見えないから個体名はわからないが、彼女は周囲からパメラと呼ばれていて、キョアンと呼ばれることは無い。
パメラは産後、たぶん2週間くらいで働き始めた。
わたしを抱っこ紐に入れて動き回る彼女はおそらく16才かそこらの、わたしから見ればまだ幼さを残す少女だったが、この世界では大人の枠に入るらしい。
「シキ……ごめんね……」
何か事情があることは察しているが、今はとにかく食事が大事。何事も体が資本である。どの世界でも共通の真理だろう。
わたしは頑張って桜色の乳首を吸うが、あまり母乳は出てこない。
――――――――――――――――――――
暦:魔幻4013/10/15 昼
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:3/5
MP:1/1
物理攻撃能力:1
物理防御能力:2
魔法攻撃能力:1
魔法防御能力:1
敏捷速度能力:3
スキル
無し
――――――――――――――――――――
パメラの母乳だけでは腹八分目にも届かない。
彼女自身があまり食べてないから仕方ないのだけど、HPを底上げしないとすぐに死んでしまう赤ん坊にとって、現状は決して良いとは言えない。
個人差があるとの事だったが、こうした環境も才能の内か。もっと裕福な親元に生まれていれば違ったのだろうし、その点は前世と何ら変わらないと思う。
ともかく、今はパメラだけがわたしの命綱。できるだけ彼女の睡眠時間を確保しつつ、積極的におねだりしていこう。
**********
たぶん生後半年――わたしを取り巻く状況が見えてきた。
「これで精をつけるといい」
パメラは何処かの屋敷で働くメイド。美人だから主人に気に入られてしまい、欲望の捌け口として使われる立場だった。
「旦那様、ありがとうございます」
つまり、このクソ野郎がわたしの父親ということだ。
わざわざ他の使用人とは別の建物(離れという名の
JKの売春でも男はもう少し金を掛けるもんだろ。個体名にキョアンが付いているだろうこのクソ野郎はブラックリストの筆頭に置いておくとしよう。
はて? ところでJKとは何ぞ? 前世の記憶だろうか? わたしはJKだったのか?
もしJKが売春婦を指す言葉なら死ねる。
「これで少しは出るといいのだけど……」
パメラちゃんよ。いつかわたしが仇を取るから、だから今は吸わせておくれ。
授乳前にゴシゴシと、肌が真っ赤になるまで体を拭き清める彼女を見て、わたしは固く心に誓ったのだった。
――――――――――――――――――――
暦:魔幻4014/3/15 夜
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:6/9
MP:1/1
物理攻撃能力:1
物理防御能力:3
魔法攻撃能力:1
魔法防御能力:1
敏捷速度能力:10
スキル
『忍耐LV1』
――――――――――――――――――――
やはり神様は公正だ。わたしほど我慢強い赤ん坊は古今東西、三千世界に存在しないと、そう自負しているから。
**********
たぶん生後1年――1歳の誕生日を迎える頃には、わたしはバリバリにハイハイしていた。
どうして冒頭に『たぶん』が付くかと問われると困ってしまうのだが、ステータスの暦は何かおかしい気がする。
暦というのはこうじゃなかったような、どうにも説明の付かない違和感があるのだ。そもそも外は真昼なのに何故『夜』なのか。
「パメラ、邪魔するよ」
「あら、カルラ。いらっしゃい」
「バブバブ」
「……シキも元気か? ほれ、誕生日の祝い。2週間遅れだけど」
「まあ、気を使わせてごめんなさい。狭いけど良かったら上がって?」
如何に多くの母乳を得るかを突き詰めて考えた結果、まずは自由に動けなければ話にならんと気付いたので頑張って体を動かした。
――――――――――――――――――――
暦:魔幻4014/9/0 夜
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:5/15
MP:2/2
物理攻撃能力:5
物理防御能力:9
魔法攻撃能力:2
魔法防御能力:1
敏捷速度能力:18
スキル
『忍耐LV2』
――――――――――――――――――――
物攻・物防に比べて敏速のパラメーターが異様に伸びている。動きたい欲求と努力の賜物だろうか。HPが4割を切っているのは動いた分だけ空腹で死にそうだからだろう。
「……ホントに大人しいな?」
母娘の侘しい住まいにパメラの同僚にして唯一の友人であるカルラがやってきた。
クソ野郎の寵愛を受けているからという理不尽な理由で、多くのメイドからやっかみを受けるパメラにとっては得難い仲間だ。
「ええ、そうなの。本当に良い子でね」
「気持ち悪いくらいだ。ウチのギルなんかヤベェよ?」
住み込みで庭園を整備する庭師の娘。赤毛と吊り目がチャームポイントの美人だけど、男勝りな性格と粗暴な印象からか、クソ野郎も手を出していない。
「もっと泣き喚くもんさ。お前さんに似て大人しいなら苦労すんよ」
いや、やはり庭師一家の存在、特に熊みたいな父親の存在が大きい。パメラは成人前から単身で丁稚奉公のように屋敷に入ったから被害を受けたと見るべきだ。
「それより聞いて? 最近はお乳の出が良くなってきたの」
「……旦那様が来ねぇからじゃね?」
「やめて。滅多なこと言うものじゃないわ」
カルラ正解。クソ野郎が屋敷を離れているおかげで心労が減ったに決まってる。
おや? そういえば……いつの間にか会話の内容が詳しくわかるようになってるな? 情報を集めるのに必死だったから?
「まぁ、何にしても良かったな」
「うん、良かった……」
――――――――――――――――――――
暦:魔幻4014/9/0 夜
種族:人族 個体名:シキ・キョアン
ステータス
HP:5/15
MP:2/2
物理攻撃能力:5
物理防御能力:9
魔法攻撃能力:2
魔法防御能力:1
敏捷速度能力:18
スキル
『忍耐LV2』『話術LV1』
――――――――――――――――――――
まだリスニングだけなのにいいのかな? しゃべってもいい?
「あうあ!」
「ん? シキ? どうしたの?」
「…………」
おのれ……スピーキングはまだ無理か。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます