第1章
第1話 幹部就任
「貴様は新たに魔王軍の幹部となる。魔王ハーデス様の復活のため、その命が尽きようとも最後の時まで付き従うのだ」
「はっ!」
総司令の言葉を受け、俺は跪き頭を垂れた。
グエンたちは俺の少し後ろに控えて、頭を上げることすら許されない。
こうして幹部就任の儀が終わる。
これで終わり。あっさりとしたものだ。人間がやっているような大袈裟な儀式をする必要は感じないし、元からの幹部たちに俺の存在を知らしめす程度の意味合いしかない。
時間もそうかからない。が、すぐに帰れるかと言うと話は変わってくる。
「ふん。若造共が。粋がりおって」
幹部の中でも第二席。
総司令や魔王ハーデスと同じ時代を生き、共に戦ったとされる伝説の魔物ベルゼブブ。遥か昔から生きているベルゼブブからしたら、俺たちのような新参が気に入らないのだろう。
幹部になったとはいえ、力の差は歴然だ。
下に見られても仕方がないのは確かだ。
「なんじゃ? 自分が幹部になるまで時間がかかったからって、僻んでおるのか? 見苦しいぞ、ベルゼブブ」
「アブルナ。死にたいのか?」
「貴様にそれができるのか? 今まで何度妾に殺されかけたか、忘れたのかのぉ?」
バチバチと魔力がぶつかり合う。
比喩ではなく本物の魔力同士がぶつかり、火花が散っていた。
「やめろ。この場で争うのは許さん」
そこで止めたのは総司令だった。
黒いローブに身を包み、その姿のほとんどが見えない。それでもアブルナやベルゼブブと同じくらいの大きさを持っている。
そして、目には見えないが、魔力は2人を遥かに凌ぐだろう
総司令に睨まれベルゼブブは引き下がった。
「ふん。まあいい。せいぜい足を引っ張らないことだ」
ベルゼブブは舌打ちをして去っていった。
それから少し遅れて総司令も出ていく。
ちなみに慣例的にこの場で発言が許されるのは幹部のみ。つまり今は俺だけだ。
とはいえ、新参の俺が無闇に口を開くのもおかしいので、しばらくは成り行きを見ていることしかできない。
「俺は実力さえあれば気にしない」
一言だけ残していったのは、幹部の第四席。
名をトロール。
巨人と言って差し支えないだろう。
大きな角と牙が生えており、角だけでも俺と同じくらいの大きさだ。魔物の中でも屈指の巨大さを誇る魔物。アブルナやベルゼブブですらも子供に見えるくらいだ。
ベルゼブブとトロールが大広間を出ていって、残されたのは俺とアブルナ、そして、グエンたち3人だけだった。
「ふむ。幹部の奴らは一癖も二癖もある。小さいことは気にせんことじゃな」
アブルナの言葉で、俺たちはやっと自由に動けるようになった。
「最初から知っていたことだ」
そう。幹部の連中がどんな存在なのかは元から知っていた。俺たちがどう見られているのかも。
だからこそ、俺は気が気じゃなかった。
「アインツ。右手がどうかしたの?」
ふとココが聞いてきた。
無意識に右手に触れていたらしい。
だが別に、これ見よがしに触れていたわけではないし、意識しなければ気付かないようなさりげない動作のはずなんだった。
しかし、ココはこういうところが鋭い。
「いや、なんでもない」
「そう? そういえば、なんで手袋なんてしているの? いつもはしてないわよね?」
ココは怪訝な表情で問い詰めてくる。
その視線は俺の右手の手袋に向いていた。貫くかのごとく鋭い視線だ。
もしかして、ココは気付いているのか?
まずいな。たとえこいつらであっても、この右手のことは知られてはいけない。
もし知られたら、俺は終わる。
適当に誤魔化すか。いや、ココに不用意な誤魔化しは通用しない。
いつも嘘は看過されてしまう。
どうすれば。
「あー! もしかして、プレゼント? 幹部就任のお祝い的な?」
「は?」
と思っていたら、ピシスがピョンピョンと飛び回りながら見当外れなことを言ってきた。表情なんてものはないが、明らかに楽しんでいる雰囲気は伝わってくる。
そんなわけがないだろ、と言おうとして口を開く瞬間、ココからポツリと声が漏れてきた。
「や、やっぱりそうなの?」
「え? ココ?」
元から肌白のココの顔がさらに白に染まり、挙げ句青ざめていった。
「……やっぱりそうなのね。誰? シャーリー? コーギー? サロメ? プリム? シャロット? クインシー? タップランド? どの女? 教えなさい! アインツ!」
「お、落ち着けって、ココ」
ココが連ねた名前は、俺の部隊にいる魔物たちの名前だ。しかも、全員女の。
ココは髪を逆立てて、俺が逃げられないように尾を使って締め付けてくる。別に痛くはないが、強引に抜け出すのは難しそうだ。
「別にこれは……」
「言葉に詰まった! やっぱりそうなのね! 私には言えない相手? なら、やっぱりシャーリーね! あの女! 八つ裂きにしてやる!」
少しの間すらもココは許してくれないようだ。
そういえば、たまにこういうことがある。
これがヒステリックマジシャンと呼ばれる所以なのか。なんて、今更ながらに気付いた。
「おい、落ち着け、ココ」
「黙りなさい! グエン」
「ぐおっ!」
なんとか俺を助けようとするグエンをココは睨み付けた。しかし、ただ睨み付けただけじゃない。ココの目は蛇眼と呼ばれていて、相手を石化させる力を持っている。
実力差があれば、一瞬で相手を石にしてしまう驚異的な能力だ。
幸いココとグエンにそこまでの実力差はないため石になることはないが、石化に抵抗するため身体が硬直してしまう。その隙にココは、グエンの腹に掌底を打ち吹き飛ばした。
壁にぶつかりそうになったグエンをアブルナが尻尾で受け止める。
「やめんか。広間が壊れるじゃろ」
「うるさい!」
聞く耳を持たないココに、アブルナは呆れたように溜息を漏らし、一瞬だけ殺気を放った。
「っ!」
全員に緊張が走ったのがわかる。
激昂していたココも、サァッと血の気が引いた表情に変わり、スルリと俺を解放した。
「それでよい。貴様、自分の身分を勘違いしてるのではないか?」
「あ、いえ、そ、そんなこと、は……」
さっきまでの雰囲気は消え失せ、ココはフルフルと震えている。
「貴様はアインツの一部下に過ぎん。それが、この妾にそんな口を使うなど、この場で八つ裂きにされても仕方あるまい」
「あ、ああ」
ココは恐怖にガチガチと歯を鳴らした。
それだけアブルナの雰囲気は本気だった。
アブルナにかかれば、ココなど一瞬で細切れにされる。少なくとも、そう確信させるほどにアブルナの放つオーラは圧倒的だった。
いくらアブルナが俺たちの教育をしてくれた師とはいえ、上下関係がないなんてことはない。ましてや相手は魔王軍の幹部。アブルナの言っていることに何一つ間違いはない。
それをわかっているから、ココは反論もできずに固まるしかないのだ。
アブルナも魔王軍の幹部。
やると言ったら本当にやる。そこに曖昧な情なんてものはない。冷徹で、狂暴な、魔物らしい姿がそこにあった。
「アブルナ。それくらいにしてくれ。ココも十分反省している」
この場を収められるのは俺だけ。こんなことで大切な仲間を失うわけにはいかない。
新参者とはいえ俺も幹部だ。
多少の意見を言う権利はある。
アブルナはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「……まあ、今回だけは許してやろう。貴様が幹部になった祝いにな」
アブルナの雰囲気が軟化した。
ココはすっかり意気消沈してしまっており、そのままへたり込んでしまう。
「アインツに感謝するんじゃな。それと、アインツの手袋は、妾が渡したものじゃ」
「え?」
ココは顔を上げた。
咄嗟に俺もアブルナを見てしまう。
「アブルナ様が?」
「そうじゃ。教え子が幹部になったのじゃ。1つや2つプレゼントをしてもよいじゃろ?」
ああ、なるほど。そういうことか。
確かにあの手袋がアブルナからもらったもの、という話自体は間違っていない。その意図はまったく違うところにあるが。
この手袋は、俺の右手に発現した勇者の刻印を隠すためにアブルナがくれたものだ。
右手の刻印は、何もしなければ常に金色に輝いている。本当に微かな煌めきだが、光っているというのが問題だ。
誰かに見られれば言い逃れはできない。そのためアブルナは、その光が外に漏れない特殊な手袋をくれた。
原理は、この手袋が放っている瘴気にある。
瘴気とは、魔物を形成する要素の1つであり、魔物は大なり小なり瘴気を放っている。
瘴気は人間が呼吸をするのと同じように、魔物が自然に発しているもので、大抵の場合は人間に悪影響を与える。さらに、瘴気が濃い場所では、異形の存在、瘴気ダマリという化物が生まれ、人間を襲うこともある。
また、瘴気には魔物特有の効果があるものがあり、アブルナの瘴気は、人間の生命力を著しく落とす効果を持っている。
勇者も人間であることに変わりはない。
この手袋にはアブルナの放つ瘴気を込められており、アブルナの色濃い瘴気を帯びた手袋は、勇者の刻印の光を打ち消すことができた。
そうすることで勇者の刻印の光は外に漏れないということだ。
「そう、だったんですね」
ココは腑に落ちない表情をしながらも、それ以上追求してくることはなかった。できなかった、という方が正しいかもしれないが。
「さて、用がないのなら広間を出るのじゃ。ここに長居するものではない」
アブルナに促され、俺たちは広間を出る。
ココに吹き飛ばされたグエンは気を失っているので、ココが責任をもって運んだ。
「それでは、の。アインツ。働きに期待しているぞ。それと、ゆめゆめ気を抜くでないぞ」
「ああ」
今回は何事もなく終わったが、あそこでココに問い詰められるのはきつかった。本当のことなど言えないし、あのまま手袋を剥がされでもしたらどうなっていたか。想像に難くない。
アブルナの助け船がなければ、今頃。
そうならないよう、アブルナの言う通り一瞬たりとも気が抜けないと思った出来事だった。
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