魔王軍の幹部になったのに、勇者の刻印が発現してしまったのだが
奈那七菜菜菜
プロローグ
この世で最も強靭な魔力を有し、世界を手中に治めた王。
魔王ハーデス・グレイモア。
大地を焼き、海を干上がらせ、空を割り、世界を闇で包み込んだ。
この世界は確かに魔王のものだった。
そう、あの時までは。
魔王ハーデスがこの世界に君臨し100年が過ぎた頃、そいつは突如として現れた。
この世界に存在する種族の中でも弱く、低能な種族と思われていた人間。
しかし、そんな人間の中で、魔力を有した者が産まれた。
名を、ハルクと言う。
ハルクは勇者として、魔王を打倒するために人間たちを奮い立たせた。
人間は魔力も持たず、魔法も使えない。身体能力も低い。対して、魔王軍に所属する魔物たちは、魔力を持ち人間の何倍もの力を持っている。
負けるはずがなかった。
しかし、戦いは拮抗していた。
それほどまでに勇者の力は、普通の魔物たちと比べて圧倒的な差があった。
そして遂に、ハルクは魔王と対峙する。
単体の力で言えば、魔王の方が優勢だった。
しかし、ハルクは1人ではなかった。
ハルクの隣には、神の力を宿すと言われていた聖女の存在があった。
聖女の名は、ヒストリア。
魔力だけではなく神の力を代行することで、魔王の力は半減してしまい、魔王ハーデスはハルクによって討たれてしまった。
それ以降、魔王の統率を失くした魔物たちは散り散りになり、世界は魔王ハーデスの支配から解放された。
そして、人間は二度と世界を魔物の手に渡すことがないように、魔物たちを駆逐していくようになった。
その後、ハルクとヒストリアは結ばれ、2人の血を受け継ぐ者たちは人間にして、魔力を持つようになっていく。
それがはるか昔の話。
俺が産まれるよりも遥か前の話。
「時は来た」
俺の友、グエンが静かに口を開いた。
「魔王ハーデス様の悲願は、我ら新生魔王軍が成し遂げてみせる」
新生魔王軍。
魔王ハーデスが討ち取られ散り散りになっていた魔物たち。その後の時代で、魔物たちは人間に迫害されるようになった。
その中で、魔物の世界を守るため、魔王ハーデスの威光の元に集まった存在。
それが俺たちだった。
ここにいるのは、新生魔王軍の一部隊のうちの主力4人だ。
俺の名はアインツ。
姿は人間と大差はない。しかし、人間ではあり得ない鋭く尖った爪と牙がある。そして、魔物特有の赤い目を右目に宿している。
そして、隣にいるのがグエン。
牛のような大きな角と顔、大きな体、そして、蝙蝠のような漆黒の翼を持つ男の魔物だ。俺たちの中では最も力が強い。
「遂に私たちも、実力を認められたのね」
正面にいるのがココ。
人間のような上半身と白い蛇のような下半身を持った姿をしている女の魔物だ。この中では最も魔力を持っている。
「はぁー、でも、あんまり痛いのはやだなぁ。危ないことは全部みんながやってよね」
フワフワと浮いているのがピシス。
黒い光のような姿をしていて、光が正体なのかもしれないし、その光の中に正体があるのかもしれない。性別も不明だが、少なくとも声は女のように聞こえる。
俺たち4人は新生魔王軍に所属する前からの知り合いだった。人間に虐げられてきた歴史を覆すために、俺たちは魔王軍に志願した。
現時点では、新生魔王軍は力を貯めている期間であり、水面下でしか動いていない。
そのため実際の働きは少ないものの、俺たちにはそれぞれ特化した才能があり、与えられた任務は着実にこなしていった。
その結果、この部隊の部隊長をしていた俺は、現在魔王軍に4人しかいなかった幹部に、新たに任命されることになった。
幹部に任命されたことは素直に嬉しい。自分たちの実力と成果が認められ、魔王軍として歴史に名を残せるかもしれないのだから。
しかし。
「おい、アインツ。さっきから黙っているがどうかしたのか?」
「ん? ああ、いや、なんでもない」
グエンが怪訝な顔で俺を見る。
俺はさりげなく右手の甲を隠して首を振った。
しまったな。自分の考えに集中しすぎてボーッとしていたようだ。ココやピシスも俺の様子を伺っている。
しかし、ココが助け船を出してくれた。
「グエンが大袈裟なのよ。アインツはこんな当たり前の結果で一喜一憂したりしないわ。ねぇ?」
ココが俺にすり寄ってくる。
左腕の方でよかった。ここで右腕に抱き付かれて引き剥がそうとしたら、絶対に不審に思われるからな。
「ああ、そうだな」
「ふーむ。そういうものか」
腑に落ちない表情をしていたが、グエンがそれ以上追求してくることはなかった。
「そんなことよりも早く総司令の所に行こうよ。そろそろ時間でしょ?」
ピシスがピョンピョンとする。
総司令は新生魔王軍の実質的リーダーだ。
総司令はあくまで魔王ハーデスの復活を目指しており、魔王を名乗ることはない。
「ああ」
話がそれてくれたのはありがたい。
この流れのまま一旦ここを離れよう。
これがバレる前に何か考えなくては。
「お前たちは先に行ってくれ。俺は少しだけアブルナ様に呼ばれているんだ」
「アブルナ様に?」
アブルナは新生魔王軍の幹部だ。
俺たちよりも遥か昔から存在する魔物であり、魔王ハーデスが全盛期の頃には生まれていたらしい。
当時はまだ幼かったため、その時代の魔王軍には所属してはいなかったそうだが。
アブルナは俺たちが魔王軍に志願した時の指導者でもあり、他の幹部に比べて親交が深い。
「どうして、アインツだけ?」
ココが訝しげな視線を向ける。
ココはアブルナと仲が悪い。いや、普段はそうでもないんだが、俺がアブルナと話していると大抵不機嫌になる。
「出たよ。ココの嫉妬。流石、ヒステリックマジシャン」
「う、うるさいわよ。そんなんじゃないわ」
ヒステリックマジシャンというのは、ココの二つ名だ。俺は見たことないが、戦っている時のココはかなりヒステリックになるらしい。
「と、とにかく、早く来なさいよ? 時間に遅れたら大変だからね」
「ああ、わかってるよ」
ココは不満そうにしていたが、なんとか3人とも先に行かせることに成功した。
後は。
「まったく。ココの依存も、そろそろなんとかしないといかんのぉ」
「アブルナ様」
3人が見えなくなった途端、目の前に9つの尻尾を持った魔物が現れた。
アブルナだ。
アブルナは平凡な大人の人間の2倍くらいの大きさを持つ女の魔物で顔は狐に近い。顔を隠す大きさの扇子を持ち、自分の尻尾に座るように浮かんでいる。
「様は付けんでも良い。今は2人だけじゃ」
「それではアブルナ。ずっと見てたのか?」
「おや? 気付かなかったのか?」
気付けるわけがない。
魔王軍の幹部。第三席。
魔王軍の中でも屈指の実力を持つアブルナと幹部に任命されたばかりの俺を比べたら、天と地ほどの力の差がある。
「無理を言うな」
「あはは。まあよい。じゃが、あやつらの言うように時間がないのも事実じゃ。許せ」
そう言われると何も言い返せない。
この話は、どうしても今しておきたかった。
「して、まだ残っておるのか?」
「……ああ」
アブルナが扇子で俺の右手の方を指す。
見せろ、ということか。
俺は右手にはめていた手袋を脱ぎ、右手の甲を見せた。そこには微かに光る不思議な模様が浮かび上がっている。
「ふむ。変わらず、か」
「ああ」
それは少し前にいきなり現れた模様。
魔物らしくない金色に輝く神秘的な模様だ。
「やはりこれは、そうなのだろうな」
アブルナの表情が険しくなる。
「じゃあ、やっぱりこれは?」
「ああ、これは、伝説の勇者の証。アインツ、お前は勇者ハルクの末裔のようじゃな」
ああ、どうしてこうなった。
「勇者や聖女の子孫は魔力を有しておるが、それだけじゃ。あの時の勇者ほどの力はない。じゃが、唯一例外がある」
アブルナは勇者について話してくれた。
「それが勇者と聖女の刻印が発現した者じゃ。数百年単位で現れるのはわかっておるが、条件は不明。じゃが、その力は当時の勇者たちに匹敵すると言われておる。それを妾らは、当代の勇者、聖女と呼んでおる」
今の新生魔王軍は、過去にも同じようなものが作られたことがある。しかし、それらの魔王軍は勇者や聖女の刻印が発現した者によって壊滅させられたらしい。
総司令はそれを警戒していたからこそ、今までずっと力を蓄えてきた。
それなのに、ここにきて魔王軍の幹部に任命された俺が、勇者の刻印を発現させるなんて。
「いったい、どうなっているんだ?」
本当に頭を抱えるしかなかった。
「そもそも勇者や聖女は人間だろ? どうして俺に勇者の血が混ざっているんだ?」
「まあ、事例は聞いたことはないが、人間と魔物の子というのも、できない理由はないからのぉ」
アブルナが言うには、原理上あり得ないことはないのだとか。
「とにかく、詳しい事情はわからんが、この事は誰にも知られてはならん。あの3人にもな」
「当たり前だ」
今まで仲間だと思っていた奴が、実は勇者の末裔で、それだけでなく、勇者の刻印が発現したとか、絶対に言えるわけがなかった。
はぁ。本当に。
念願の魔王軍の幹部に任命されたと思っていたのに、いきなりこんな意味不明は模様が出てきて、しかも勇者の末裔なんて。
どうすればいいんだ。
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