第11話
先輩は少しずつ調子が戻ってきたのか楽しげな顔をしている。
水族館の出口が少しずつ近づいてきてしまう。
「ヒカリちゃんを見守る私達は、さしずめヒカリちゃんという太陽を中心に回る惑星たちって感じなのかな?」
「それだと交わることがないから、ただ振り回されてるだけになりません? それにヒカリが太陽なんてらしくないし。今日だけ見てたら先輩の方がよっぽど太陽らしいですよ」
「あぁー、確かに。なかなか上手く例えるのが難しいなぁー」
「別に無理して例えなくていいですよ」
明るく笑っていた平野先輩であったが、隣を歩く先輩の顔を改めて見ると、少しだけ真面目な表情をしていた。
「ヒカリちゃんって、結構自分に自信が無いところがあるでしょ? 相手の事が好きだから迷惑をかけたくない、だけど自分に自信が無くて大事に思っている気持ちを上手く伝えられないとか」
俺が幼馴染としてヒカリの事を見ていたように、先輩もヒカリのことを見てきたのだろう。
幼稚園のころからずっと付き合いのある俺が思っていることを、この人はたった二年程度で見抜いているんだ。
本当にすごい人なんだなって思う。
「私は十月の文化祭――あと三ヶ月弱で美術部は引退しちゃうし、どうしてもヒカリちゃんとの関わりは少なくなっちゃう。君だってそうでしょ? このままいつまでも友人としてヒカリちゃんを支えてあげることはできないでしょ? だから、私はヒカリちゃんが一人で自信を持てるようになって欲しかったの」
ヒカリは俺の知らない何人もの人たちに支えられている。
でも、それは俺や先輩を含め、人生最後まで付き合えるような強い繋がりではない。
いつかは必ず終わりが来てしまうものだ。
だからこそ、ヒカリには終わりのない相手を見つけて欲しいと思っていた。
そして、薄っすらとだけど、もしかしたらそれは俺なのかもしれないと思っていた。
だから、ヒカリが雅彦と付き合うという話を聞いたときは、今日みたいな事に巻き込まれるのが面倒だという気持ちもあったし、祝いたいという喜びやその他もろもろの色々な気持ちが入り混じっていて、複雑な心境であったのも事実だ。
でも、もうヒカリには雅彦がいる。
俺が出る幕はきっともうないのだろう。
「今日はね、ヒカリちゃんと一緒に歩んでいけるだけの恋人かどうか、それと今まで一緒に歩んできたハルくんとやらがどんな人なのかを見に来たんだ。もちろん、二人とも合格も合格、満点だったよ」
平野先輩が改めて満面の笑みでこちらを向いてくる。
共感してしまったのか、それとも合格と言われた事に安心をしたのか、俺はいつの間にか表情を和らげてしまっていた。
「そうだ、せっかくだし連絡先を交換しておこうよ。ヒカリちゃん守護騎士団として連携取らなきゃね」
そう言って平野先輩はかばんから携帯電話を取り出した。俺も特に断る理由も無かったから、携帯電話を取り出して連絡先を交換した。
今思えば女子と連絡先を交換するなんてあまりないから貴重な経験だったのだが、あまりにも自然な流れだったから気にもしなかった。
「それじゃあ、残り少ない時間かもしれないけど、似た者同士、私達の可愛い娘のヒカリちゃんのフォローをしていこうね」
似た者同士か……。確かにヒカリという存在を中心に俺や先輩、そして雅彦が惹かれるように集まった。
似ているようで似てない、似てないようで似ている。不思議なものだが、まだ出会って数時間しか経っていないのにこの四人がまるでずっと前から仲の良い集まりのような気がしてならない。
そんなことを考えていたら、いつの間にか水族館の出口まで辿り着いてしまっていた。
水族館を出ると、そこには俺たちが出てくるのを待つ雅彦とヒカリの姿があった。
傍から見ると大したこと無いかもしれないが、二人はしっかりと手を繋いで、少し恥ずかしそうにお互い目を合わせずにいた。
「ふふっ、なーんか杞憂で終わっちゃったかもしれないねぇ。親の心子知らず……とは少し違うかな、今度は私たちが子離れ出来ない親バカにならないように気をつけなくちゃね」
平野先輩が笑いながらこちらに話しかけてきた。ホッとして気が抜けてしまったのか、口を開けて笑う先輩の八重歯がチラリと見えた。
俺はこの瞬間、手を繋いでヒカリの隣にいる雅彦の凄さを身を以て実感することとなってしまった。
俺はきっと、アイツみたいにすぐには勇気を出せないだろう。
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