第3話

 その休日は暑かった。


 夏休みも目前に控え、最高気温は毎日のように更新している。


 家を出てからしばらくして、帽子をかぶってくればよかったと後悔するくらいには、俺の髪の毛が熱くなっていた。


 今日の目的地は水族館らしい。


 このクソ暑いなか、冷房の効いた場所を選ぶとは雅彦もなかなか気が利いているじゃないか。


 水族館の最寄り駅の改札を出て、待ち合わせ場所の時計の下に向かうと、そこには既にヒカリが立ってこちらに向かい小さく手を振っていた。


「まだ待ち合わせの十分前だぞ」


 白のワンピースに青いカーディガンを羽織ったヒカリは、どこからどう見ても美少女で、まるでモデルのようだった。


「私が二人を誘ったんだから、待たせちゃったらいけないし」


「それはそうだけど、暑いんだから無理するなよ」


「カバンにスポーツドリンクも入ってるし、そのあたりは大丈夫だよ」


「それならいいけどよ」


 ヒカリの顔に視線を下ろすと、ジワリとだが汗をかいているのが伺えた。


 それと、ちゃんと化粧してるんだな、こいつ。


 幼馴染とはいえ、あまりじっくりと顔を見ることなんてなかったから、当たり前かもしれないけど、なんだか不思議な気分になった。


「どうかした?」


「いや、なんでもない。それより、もう一人の美術部の部長さんはいつ来るんだ?」


「えっと、あいさんもハルくんと同じ時間の待ち合わせにしてるから、もうすぐ来るとは思うんだけど」


「ちょっと待て、いま愛さんって言ったか?」


「そうだけど?」


「女子だなんて聞いてないぞ」


「あれ? ごめん、うちの美術部って基本的に男子が殆どいないから、勝手に伝わってるものだとばかり……」


 ただでさえ幼馴染の初デートについて来ているというのに、更に気まずい状況を作りやがって……。


 もうどうにでもなりやがれ。


「で、でも! 愛さんって凄く頼りになって! いつも助けてくれるから、きっとハルくんと初対面でも大丈夫だと思うから!」


「頼りになるとかならないとか、そういう意味じゃないんだよ」


「そうなの?」


「そうだよ」


 まったく。わかってるんだかわかってないんだか……。


 っていうような雑談をしながら、二十分近く過ぎた頃、ようやく改札から一人の女性が出てくるのが見えた。


 ジーパンにストライプの緩めのTシャツというラフな格好。少し小柄で眼鏡をかけて髪は後ろで結い上げられ、少し広めのおでこが特徴的だった。


 何となくだが、確かに運動部ではなく文化部という感じではある。


 もしヒカリから先輩だと聞いていなければ、年下とも思えるその姿はある意味で俺の頭に印象付けられた。


「ごめん、ごめーん! アタシのなかの電車が遅れててさぁ!」


 流石にそんな言い訳の仕方は初めて聞く。


「いえ、今日は無理を言ってしまってすみません。本当にありがとうございます」


「いいのいいの、カワイイ後輩の頼みだもの、聞かないわけないでしょー!」


 とにかく元気で明るい人だなというのが、俺の中の第一印象だった。

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