大塚さんとの出会い。その2

 大塚さんと僕との間には、いくつかルールがある。


 その2、連絡はすぐ返す


俊隼かけるくーん、連絡先交換しようよ」


 高校2年生。暑くもなく、かと言って涼しくもない。春とも夏とも違う曖昧な時期。大塚さんは相変わらず、僕に付きまとっていた。


「本当にあなたは厄介な人ですね。なんなんですか。ここはお気に入りの場所だったのに」


「俊隼くんが入るの見たからさ」


 大塚さんのストーキング能力は、人並外れていた。「ストーキング」なんてしている時点で、おおよそ普通ではないのだが。そのストーキング能力は特殊部隊も顔負けで、僕がどこで何をしていようとやってくるのだから恐ろしい。ストーカーの世界大会があったなら、大塚さんはぶっちぎりで一位を取れると思う。もっとも、そんな大会は開催してほしくない。

 話を戻すと、今は僕が牙城としていた隠れ家的カフェに、大塚さんが乗り込んできたという訳だ。大塚さんは、注文もせずに僕の向かいの席に腰かけている。


「俊隼くんがどこに隠れたって無駄だよん」


「こっわ」


「冗談、冗談。そんなに引かないでよ。大塚さん悲しんじゃうから」


 思わず飲んでいた珈琲を吹きかけた。この人が言うと、本当に聞こえる。


「引かれるのが嫌なら、付きまとうのやめてください」


 僕は毅然とした態度を取る。


「私だってこんな面倒くさいことやりたくないよ。だから本間くんに連絡先を交換しようと提案しているんだよ」


 大塚さんは駄々をこねる子供みたいに上半身をテーブルの上に乗り出して、僕に近づいた。

 僕は引かずに、珈琲を一口飲んで尋ねる。


「僕にはそもそも先輩が僕に付きまとう理由が良く分からないんですけど」


「俊隼君は忘れちゃったかあ。それとも初めから意識してなかった? ま、どっちでもいいけど」


 大塚さんはよく分からないことを言ってから、「うーん、ひみつ」と、付け足した。どうやら教える気はないようだ。


「なんですかそれ。あと、さっきから普通に下の名前で呼んできますけど、僕ら親しくないのでやめてもらえますか」


「本当に、君は辛辣だねえ」


 大塚さんは、体勢を戻して椅子に寄りかかる。


「じゃあ、こうしようよ。私は君のことを本間くんと呼ぶ。で、本間くんは私と連絡先を交換する。これですべて解決でしょ?」


「僕が被害を被るだけなんですが」


「少なくとも被害は軽減されると思うけど」


 この人、自分から「被害」なんて言いやがった・・・。自覚あるのかよ。


 このまま、だらだらと続けても埒が明かないなと思った。それに、注文を頼まないのに騒いでいる人がいるとお店にも迷惑が掛かる。このお店は、よく利用していてお世話になっているから、迷惑を掛けたくなかった。なので、ここは僕が譲るか、と渋々ながら僕は折れることにした。もし、大塚さんが僕が折れるのを見越してこの場所に突撃してきたのなら、それは見事というほかないだろう。


「分かりましたよ。交換すればいいんですよね」


「本当?」


 大塚さんは目を丸くしていた。


「本当ですよ。その代わり、もうしつこく付き纏わないでください」


「約束するね! やったぁ!」


 大塚さんは、はしゃいでいた。この人は本当に素直に喜ぶ。そう思った。


「連絡送るから返してね」


「分かりましたよ」

 僕は不用意に約束を結んだ。


・・


 夢を見ていたようだ。


 瞼を擦りながら、スマートフォンで時間を確認した。窓からは、真っ暗闇が明るい部屋に滲み出ていた。20時までは記憶に残っているので、どうやら寝落ちしたのは、21時ごろということになるだろう。思いのほか寝ていたようで、日はとっくに変わっていた。スマートフォンには大塚さんからのメッセージが溜まっており、飽きずにまた一通送られてきた。


 もう1週間ほどで大学の春休みが明けるというのに、大塚さんは元気だ。僕なんか自堕落な生活に慣れてしまい、刻一刻と迫る休み明けに怯えてノイローゼとなっている。


 大塚さんへの返信は明日返せばいいかと思い、スマートフォンの電源を落として、ベットに寝っ転がる。部屋の電気を消して、そのまま夢の世界へと戻った。

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