大塚さんとの出会い。その1
大塚さんと僕との間には、いくつかルールがある。
その1、嘘はつかない
残念だが僕は一つとして守れていない。
守られていないルールに存在価値はあるのか。答えは否だ。世の中守られていないルールなど腐るほどある。学校の校則から国際条約まで、世界には無意味に思えるようなルールが多い。だが、それらが存在するのにはしっかりとした理由がある。なかったら世界は混沌としているだろう。つまり、何が言いたいのかというと、僕が全く守れていないルールもしっかりとした存在理由があるのだ。
なんて一人、
僕は初め、大塚さんが苦手だった。てか、嫌いだった。というのも、高校時代まで話は戻る。
当時、僕は図書委員として金曜日の放課後に職務を果たしていた。図書館は静かで空調も効いているので過ごしやすく、読書や課題をやるのに持って来いの場所だ。控えめに言って好きな場所だった。そして、大塚さんは僕が当番の時に限って、いつも襲撃してきた。きっかけは見当もつかないが、大塚さんのことだし、どうせ大したことではないだろう。
大塚さんはまず、図書館で大騒ぎを始めた。歌ったり踊ったりするのは当たり前として、女子会の開催、ねずみ講の構造に関する詳しい説明会に至るまで、なんでもだ。一か月にわたり僕は苦しめられたのだった。
しかし、大塚さんは普通に図書館の先生に怒られた。至極当然である。むしろ一ヶ月間見逃されていたことに驚きを禁じ得なかった。だが、そこで折れる大塚さんではないのだから厄介なのだ。今度は陰湿にひたすら僕に話しかけてきたのだ。図書館だけでなく、クラスにいても帰り道でもしつこく粘着質に。大胆な手が失敗したら姑息な手を使うのも実に大塚さんらしかった。
僕は大塚さんの魔の手から逃れようとしてきたが、ある日、遂に堪忍袋の緒が切れた。
「あの、先輩。いつも思っているんですけど、本当に迷惑なんで話しかけるのやめてもらえませんか。いい加減にしてください」
と、僕なりに精一杯怒ってみる。
「おお、遂に反応してくれた! シュンシュン! 私は嬉しいよ。一か月粘った甲斐があったってもんだよ。次のステップは、私のことを名前で呼ぶことだね」
「僕の名前は
僕は睨みを効かせて言い放つ。
「ふうー、怖い怖い」と心にも思ってもいないことを言ってから大塚さんは続ける。
「目が合ってないのは反応とは、会話とは言わないよ」更に続けて「シュンシュンだめ? パンダみたいで可愛いと思うんだけど」と、おどけていった。
「どこが可愛いんですか、それ。僕パンダあんま好きじゃないですし」
本当は月一で動物園に通うほどパンダのことは好きだった。これ以上絡まれるのが嫌で吐いた嘘だった。
・・
大学裏の小さな公園のベンチ――いつもの集合場所にて、寒さに震えながら大塚さんを待つ。
大学の都合で、例年より少し早めに冬休みが始まったが、大塚さんは、日々の怠けが祟って補講があったのでまだ大学に行っていた。
僕は今、大塚さんの補講のお迎えに来ているという訳だ。
「本間くーん」
正面から、チェック柄のロングコートにリュック姿の大塚さんが手を振りながら近づいてくる。
「見てみて」
大塚さんは、ようやく来たかと思ったら、「待たせた」も「ごめんね」も言わずに背中を向けて、リュックに付いたパンダのキーホルダーをこれ見よがしに見せつけてくる。
「良いですね、それ」
僕は、最早突っ込まない。これが大塚さんの平常運転である。
「でしょー。はい、これ。開けていいよ」
大塚さんに、小さな包みを渡された。封を切って開けてみると、大塚さんのお揃いのパンダのキーホルダーが入っていた。
「あげる。ちょっと早いクリスマスプレゼント」
僕は鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしていたと思う。
「ありがとうございます。大塚さんって意外と優しいところあるんですね」
大塚さんが、無言で片手を伸ばした。
「お手?」意図が分からず、取りあえず「お手」をしてみる。
「本間くん、君は馬鹿かい。お金だよ、お・か・ね」
更に意味が分からなくなったので、分かりやすく疑問符を表情に浮かべてみた。
「キーホルダーのお金だよ。二つ合わせて税込み1380円。貰ったんだから勿論払うよね?」
なるほど、脅迫だった。
「・・・。今どきそんな詐欺流行りませんよ。普通に傷つきました。持ってないキーホルダーだったから普通に嬉しかったのに」
大塚さんは、腹を抱えて笑い転げた。
「そうか、そうか、嬉しかったか! ごめんね、ちょっと揶揄いたくなっちゃってさ。本間くんって反応面白いからさ。それは普通にあげるよ」
「次は本間くんが何か頂戴ね」と付け足すのを忘れなかったのは流石、大塚さんというところだろう。
大塚さんを家に送り届けて、僕も家に帰った。
誰もいない暗い自宅。自分の部屋に入り、押し入れを開ける。大塚さんから貰ったキーホルダーをパンダグッズの棚に飾った。
同じキーホルダーが二つ並んだ。
出会った頃から変わらず、僕は嘘つきである。
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