大塚さんと犬
大学の帰り道、辺りの木々はすっかり秋模様に衣替えをしてしまった。大塚さんの服装も秋仕様に様変わりして、クリーム色のセーターと長めのスカートでバッチリ決めている。
大塚さんは、長い髪を揺らしながら僕の左右を犬みたいに行ったり来たりしていた。
「思ったより肌寒い一日だったね。天気予報がまさか当たるとはね」
「大塚さんの頭の中は、ずっと晴れ模様ですね」
「皮肉とは、本間くんも言うようになったねえ。どこでそんなの覚えてきたんだい」
うりゃうりゃと、肘で小突いてくる大塚さん。
僕の反応が薄いと分かるや否や、すぐに興味は他に移った。
「
「
「前者のほうだよ。今、私たちの目の前に広がるこの景色のことだよ」
両手をいっぱいに広げながら大塚さんは言う。
「その紅葉がどうしたんですか?」
「いやさ、紅葉って漢字、モミジとも読むじゃない? それに黄色い葉っぱの木も
「確かに言われてみればそうですね。大塚さんってたまに鋭いですよね」
「たまにって何よ、たまにって。大塚さんはいつも鋭くて賢いのよ。敬いなさい」
「そして小狡いんですよね。知っています。で、賢明な大塚さんは、紅葉の由来とか知っているんですか」
「さあ?」
やはり大塚さんは大塚さんだった。
「私の担当は疑問提示よ。その疑問は犬たるあなた、本間くんの仕事よ」
「僕はいつから犬になったんですか」
大塚さんのほうが犬みたいですよという言葉は、すんでのところで呑み込んだ。僕だってそのくらいの優しさは持ち合わせている。
「昨日からよ、昨日見た動画にめちゃくちゃ可愛い柴犬が出ててね、もう、大塚さんの動物愛護ゲージが天元突破しちゃったの」
目を輝かせながら大塚さんは犬の素晴らしさについて熱弁した。
「動画に出ていたワンちゃんはポチって名前でね」
「また、随分と捻りの無いネーミングですね」
「なによ、あなたはハチでしょ」
「いつから僕は忠犬になったんですか」
「はい、お手」と、片手を伸ばす大塚さん。
「嫌ですよ、どうして僕がそんなことしなきゃいけないんですか。僕には、人間としての自覚や尊厳がありますから。それに、仮に犬になっても大塚さんの忠犬なんて遠慮させてもらいますね」
「言ったなー本間くん。私が今、大声できゃーって叫べば一体どうなるかなあ」
大塚さんは、さらっと恐ろしいことを言った。
「・・・。軽く僕の学生生活が終わります」
冤罪事件や恐喝事件は、こうやって生み出されるのか・・・。冤罪が証明されたとて、間違いなく僕の大学生活は終わる。傍から見て悪いのは明らかに僕である。本当にやりかねない大塚さんの手前、これは従うほかない。
屈辱のお手をした。
「やった! お手だー!」なんてこっちの気も知らずに大塚さんははしゃぐのだった。
「つぎ、この手使ったら絶交しますからね」
「分かった分かった。もう使わない」
しっかりと釘は刺しておく、大塚さんは本当に嫌なことはしてこない。基本的には、だが。
「代わりに、焼き芋買ってきてー、ハチ」
結局、パシリに使われるのは変わらなかった・・・。
秋の肌寒い風に吹かれた落ち葉が、からからと僕らの間を駆け抜けていった。
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