ありがとう本間くん
多田野 然子
大塚さんと夏
空を見上げれば、どこまでも透き通った水色の空が広がる季節だった。
「そんなドラマチックなものじゃないでしょ、暑いだけ」
大塚さんは、
「情緒がないですよ。せっかく浸ってたのに。夏嫌いなんですか」
「そりゃそうでしょ。暑いし、虫多いし。暑いし。あーほんと嫌になっちゃう」
「暑いっていうのは、同意しますね」
「じゃあ、どうして本間くんは、エアコンを点けないのかなぁ。気が利かない男はモテないよ」
大塚さんは横目で恨めしそうに僕を見る。
「節約のためですよ。嫌なら帰ってください。ここは僕の自宅ですよ」
「
「酷いこと言いますね。確かに祖父の家というのは、その通りですが、少なくとも、大塚さんの家ではないですね。てか、『御爺殿』なんて、随分変な言い方しますね。普通祖父とかじゃないですか?」
「たまには古風な言い方もいいでしょ。
「日本の精神を大事にするなら日本語を使ったほうが良いと思いますよ。でも、日本の精神を思い出そうっていうのは一理ありますね。最近は古いもの
「おお、そうかい。本間くん。なら先輩のためにアイス買ってきてくれるよね。年上を敬わずして日本の精神は語れないからね」
流れるようにパシリに行かされてしまった・・・。
・・
イラストがプリントされた大きめなTシャツを着こなした大塚さんは、僕の買ってきたアイスクリームを食べながら、こちらを見て、にたにたと悪い顔をしている。
「ねぇ、本間くん」
「何ですか大塚さん。まーた、悪巧みですか? それともパシリですか? 一日に二度は嫌ですよ」
「ふん、本間くん。私がその程度の器に見えるのかい?」
「人を平気でパシリに使う人に言われたくないですよ」
「はっはっは。私が何の意味もなく君に使いを頼むとでも?」
「えっ、まさか深い訳でもあるんですか?」
「無論、君のためを思ってお使いを頼んでいるんだ」
大塚さんは、無い胸を張りながら続ける。
「君は軟弱すぎる。この前も貧血で倒れたじゃないか。全く目も当てられん。そこでだ、こうやって猛暑日の中、お使いに行かせることで鍛えようって戦法さ。私はエアコンで涼みながらアイスを待つ。完璧だろ?」
「・・・。それだと僕だけ大変じゃないですか。てか何ですか戦法って。戦国武将ですか」
「何を言う。私だって大変さ。君を待つ間にエアコンで体が冷えすぎないように上手いこと調節しなきゃいけないからな。大将はいつだって大変なのさ」
「・・・」
呆れて声も出せなかった。パシリに行かされている間に、勝手につけられていたエアコンのことを指摘する気もすでに萎んでしまった。この豪胆さは持つ大塚さんはまさしく戦国武将だった。
「お、私の完璧な作戦を聞いて打ちひしがれてるな。百姓本間くん」
うんうんと頷く大塚さんに僕は呆れて、ものも言えなかった。てか、百姓って・・・。せめて武士にしてくれ。そう思うのだった。
蝉の鳴き声が四方から鳴り響き、暑い夏がまだまだ続くことを告げているようだった。
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