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 その夜、Sは急いで宝石の森まで戻った。

 目を覚ました家臣たちを振り払いながら、すぐ戻ってくることを約束して国を出て、まだ壁の周りにたむろしていた人間の兵士たちを蹴散らしながら走った。

 彼女には嫌な予感がまだ残っていた。


 玄関に飛び込んできたSを迎えたAは、手を引っ張って連れて行った。

 にこにこするAを尻目に、完全に気の抜けた顔のSとお粥キャンセルをしたKは、しばらくの間ぼんやり見つめ合っていた。

「(なぜ私はこんなやつのために一目散に戻ってきたんだ?)」

「(どうしてこいつはこんな あられもない姿で息切らしてるんだ……)」

「んもぉ せっかく心配して帰ってきてくれたのにぃ なんでどっちも黙ってるんだよぉ」

「心配なんかしてない!」「心配される筋合いはない!」

「ほらぁ……」

 Aの呆れた表情をよそに、いつもの日常に戻っていく。

「だいたい貴様今までどこをほっつき歩いていたんだ!」

「貴様のた……仕事で出てきて帰ってきただけだ そこまで空けていなかっただろ!」

「口酸っぱく言っているだろ! 日陰モノが気安く外に見を晒すんじゃないって!」

「見つかっても蹴散らすから構わんだろう」

「構わなくないわ!」

 明るい部屋で、まるで家族のように声が響く。



 凌我は窓枠に肘をついて夜風に当たっていた。

「久しぶりだな」

 Nigth王国の王の1人、Rが瓦屋根から顔をのぞかせた。凌我はそっぽの虚空を見つめながら

「おぉ るびぃの殿〜 久しぶりじゃのう」

 と軽く手を振った。

「言った通りだったろ?」

 Rはふんわりと窓枠に降りてきて腰を下ろし、自分の足に肘をついた。

「うむ 言われたとおりにやってきたわ」

 地上の明るい夜空に、二人の呼吸が消える。

「帰ってきたのぉ ようやく」

「ん? 誰の話だ」

「地球の姫君じゃよ 覚えておるじゃろ」

 その言葉にRはその場から落下しそうになった。地上5階程度の高さ、空を飛べるといえど心臓には悪い。

「……あいつが?」

「わしの眼に狂いはないぞ」

 ふふん、と鼻を鳴らして得意げな表情。

「盲目のくせして何を言う」

「人の気配くらいわかるわ」

 むっとする彼の隣で、Rはおもむろに懐から横笛を取り出して吹き始めた。

 城下の祭りの騒がしさを置いてきた、涼やかで力強い「Earth」の曲。ひと通り吹ききると

「懐かしいのぉ」

「そうだな」

 新緑芽生える頃、建国を記念して演奏されていた。2人は昔、毎年のように現地で一緒に聞いていた。その場に必ず、Earthの女王と共にいたのが『地球の姫君』だった。

 自分たちと同い年の、真っ黒な髪の女の子。催事を抜け出して、街を走ったり、木に登って。まだ下手だった横笛と、姫の歌声に手拍子を打ったあの日。

 遠い遠い昔の話。

「あの女に仕掛けようと思うんだ」

「?」

「姫君か確かめるために仕掛けるんだよ」

「ほう?」

 そっぽ向いた瞳がぱちくりと、首を傾げさせた。

「月を取り戻してもらおう」

 真っ暗な空を指さして、王はにやりと笑う。表情が見えなくてもこの仲で考えていることはなんとなく伝わっていた。

「まだ健在なのだろうか 神僕たちは」

「……わからない」

「それもそうじゃの わしらじゃどうにもならんかった」

 ため息が溶けていく。

「胸を張れる方法は……あらかた試した」

 もう後がないと、膝の上の拳は語った。


第2章ー双龍の国 完

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