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 急に凌我は振り返り、Sの体をペタペタ触り、腕を掴んだ。

「こんな時に」

 黙って力強く引っ張りながら直進していく彼に、踏ん張って留まろうとしたSが引きずられていく。

「考えなしに突っ込むつもりか! おい!」

「あの中に兄上が居るから連れ戻しに行くんじゃ」

「だからってそのまま突っ込むつもりじゃ……なぁ本当に待てってっ頼むから!」

 二人は黒い塊の中へ、Sは踏ん張る隙も与えられないまま消えていった。


 Sが恐る恐る目を開けると、なにもない空間をずんずん進む凌我の背中だけがあった。不安も迷うこともなく、町を歩いているときよりも足早に進んでいく彼に戸惑いを隠せない。

「まるで目が見えているように進んでいくじゃないか」

「眼の前にいるじゃろうが」

「……何も見えないぞ本当に」

 Sが目を細めてあたりを見回しても、何が居るのかわからなかった。手を離してもらおうにも、握力が強いのか振り払えなさそうというのは頭でわかってしまったので、大人しくついていくことにした。


 どれだけ歩いただろうか。

 変わらない景色をボーと眺めながら引かれるままに歩いていたSの視界に、ようやく着物を来た男が薄っすら見えてきた。

「……兄上……」

 足を目の前で止めた彼は、声を漏らした。

 着物を着崩しぐったりとした男は、凌我のその言葉にピクリとだけ反応したが、起き上がることはなかった。その男は黒い髪に毛先が赤く染まっており、凌我と瓜二つの背丈と髪型だ。ただ男のほうが、首筋が細いように思えた。

「こんなところに来てまさか何も考えてないなんてこと無いよな」

 Sが怪訝な顔で、しゃがむために腕を振り払おうとした瞬間、凌我は兄の腕も掴んでくるっと踵を返した。もちろん、彼女の腕も掴んだまま。

「帰るぞ兄上」

 男は答えないままそのまま引きずられようとしている。

「えっこのまま戻るのか!? いや抱き上げるとか」

「兄上はこんなことでくたばるほど弱い男じゃないわい」

「そういうことじゃないだろ どう考えても瀕死だろうが」

「ん? 死にそうなのか」

「わかってなかったのかよ!?」

「じゃあさっさと戻るぞ!」

「だからそういうことじゃないって」

 結局そのま凌我の力のままに引っ張られていた。


 闇から抜け出した三人は、凌我が王間の襖を突き破ろうとする直前でSが止めるまで歩いていた。


「まさかフィジカルで無理やり連れ戻してくるなんて……」

 Sは珍しくその場にへたり込んで、崩れて消えていく闇の塊を見送った。その背後でふーと一息ついたピンピンの弟と、長い距離引きずられてきた姿勢のまま未だ動かない兄がいた。

「兄上〜珍しくお寝坊さんじゃの〜」

 そんな状態お構いなしにバシバシと背中を叩く凌我の拳のおかげか、兄、栄激の口から詰まっていた残りの塊が吐き出されていた。

「ん? 起きた?」

 もうSはツッコミを放棄した。

 とりあえず仰向けに整え顔を横に向けた彼は、かすかながら呼吸をしていた。


 その夜から少しずつ町は活気を取り戻していった。

「なんとかなったんだ」

「みたいだな」

 宝石店でたむろしていた吠龍と南飛は、人通りの増えた大通りを眺めながら緑茶をすすりながら、お菓子を頬張っていた。

「祭りはいつから再開するかな〜 イカ焼き食べに行きたいんだよね」

「食いしん坊が」

「いいじゃん別に! ご飯は源だもん」

「宝石食ってるやつが何も言うんだ」

「うるさいぞ半分機械野郎」

「おい」

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