22頁目
城内部の吹き抜けを階段に沿って見上げる。2階から少しずつ黒ずんでおり、最上階は物の境目すら見えなくなるほど真っ黒に塗りつぶされているのが視界に入った。
Sにはそれが、Night王国の黒く染まった城を彷彿とさせた。
「なぁ」
「ん?」
手を引きながらゆっくりと段を登って来る凌我にぼんやりと呟いた。
「上には 誰がいる?」
「わしの兄上がおる」
目を合わせないままはっきりとそう答え
「自慢の兄じゃ」
満面の笑みを虚空に向けていた。
Sはなにも返さないまま視線を上に戻し眉をひそめた。この先に嫌な予感がする。それを彼に伝えるべきかどうか、ずっと悩んでいた。
そうこうしているうちに、暗闇の手前まで来てしまった。
誰かの手がそこからでろりと出ていたのをみて、Sは踏み出した脚を引っ込めた。彼の手を取り、無言で引き止めた。恐る恐る、その手を引き出すと一般男性ほどの重みを感じる。男性は虫の息だったが、暗闇から引き出して座らせたらかすかに息を吹き返した。
「……大和……?」
凌我はそっと男性の顔に手探りで触れる。形を確かめるように撫でて「やっぱり……」と手を離した。
「わしと兄上の家臣じゃ 逃してくれよったあとも残っておったのか」
「そうか 息はある まだ大丈夫だろう」
着物には黒いシミが点々と付着しており、水でも油でもない広がり方をしている。床や壁にはそのようなシミがなく、探せど上に闇が待ち構えているだけであった。
「サクミ わしに言いたいこと あるんじゃろ」
ぎょっとした。彼はSの顔を一切見ていないはずだ。
「びっくりしたじゃろ」
「……おう」
「なんとなくわかるんじゃ 感情のゆらぎは特にの」
「本当に言っていいのか」
「申せ」
暗闇が声を攫っていった。
「私の目的のために お前の兄を手にかけなければいけないかもしれない」
「……ほう」
「出来れば何事もなく救い出したい もしくはここに居なければ嬉しい」
「わかっておる」
「嫌な予感がしてならないんだ」
声がかき消えてゆく。今にも脚を絡め取られて引きずり込まれそうな黒が、我々をじっくり見定めている。その無い視線が不安を更に引き立ててゆく。
「構わん」
強い意志がそれを吹き飛ばした。
「わしはわしのやりたいようにやる」
ざっと一歩踏み出し、闇に恐れず飲まれていく。Sもやれやれとその後を追って飲まれていった。
暗闇の中にぽつんと襖が現れる。そっと開くと、そこは何十人と座れそうな広間だった。その奥で蠢くなにかがある。
それはうねうねと纏わりつくように、何かを中心にして集まっていた。意を決して全身を乗り出し畳を踏んだ瞬間、その何かは黒い風となって飛び出してきた。バタバタっと襖が倒され、真の意味で闇に飲まれて、どこかへ消えてしまった。Sにもその行方はわからない。背水の陣となった二人は歩みを進め、その中心にいる何かを目撃した。
それは闇に藻掻きながら唸る兄……栄激の姿だった。
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