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 濃い霧の大通りを、凌我はずんずんと進んでいく。その後ろをついて行くSが

「見えていないのによく真っすぐ歩けますね」

 と問いかけた。彼はSのいる背後ではなく、左に体ごと向いて

「敬語は要らん! むず痒いんじゃ わしが許すから普通に話してくれ」

 そっちに私は居ない、と言いたいのをぐっと堪え「わかった」とだけはっきり答えた。「よろしい!」と180度方向転換をしてそのまま歩き初め、家屋の扉をぶち破る寸前で腰元の帯を掴まれて止められた。

「そっちじゃない 城はこっち」

 と正しい方向に修正させた。

「人が居ればその流れで道が見えるんじゃがのぉ こんなに誰も居ないのは初めてで」

「流れで見える?」

「まるで硬いような飲み込まれそうな世界に、冷たかったり暖かかったりする形のない楕円の……なんて言えばいいのかはわからんがそういうものが見えるのじゃ 人によって見え方が違って それに話しかけると言葉が返ってくるから人だとわかるんじゃ」

「特定の人間の見分けはつかないのか?」

「声を聞いたことがある人はある程度わかるぞ! 例えば兄上は手が爛れそうなほど熱いものが見えるのじゃ」

「熱でも出してるのか?」

「いや? 熱いと感じるだけじゃ お湯を触ると熱いじゃろ?」

「……なるほどな」

 そもそもの世界が違うんだな、とSは理解しようとするのを諦めた。


 大通りを抜け、城の堀に渡された橋にたどり着いた。橋の始まりの場所には、槍を地面に突き刺し、なんとか立ち続けようとしたような姿勢で明らかに力尽きている龍人が一対あった。

「ご苦労さまじゃ こやつは客だから止めなくて……ん?寝てるのかのぉ?」

 そうぼやきながら、凌我は橋に踏み入れていた。

「(姿勢まではわからないのか)」

 城は白塗りされた壁と家紋が入った瓦で構成させており、下層には変化が見受けられないものの、天守閣に近づくに連れて薄らぼんやりと黒く染まっていくような淀んでいるように見受けられる。Sはは天守閣を見つめながら橋を渡り切る。

 凌我は目の前の大扉に手をつくと、感触を確かめながら壁伝いに歩き始めた。

「どこに行く」

「わしの秘密の出入り口じゃ そこしか知らん」

 Sは大扉を押すが、裏で柱が渡されているような感触があり、開きそうもない事がわかった。小さくため息をついて凌我の後を追うことにした。

 紅葉の木が並び立つ場所の裏で凌我はピッタリと立ち止まった。壁に体をあずけると、くるりと入り込んでいってしまった。忍者の壁だ!と内心ワクワクしたSはさっそく忍者の手を結んで立ってみた。中に入れた後もふおぉぉぉ……と目をキラキラとさせて暫く余韻に浸っていた。

「無事に入れたようで何よりじゃ」

 という声で戻ってきたSは「……まあな」と拍子抜けした声で答えてしまう。それにあとから気が付き、暫く彼の後ろで唇を仕舞って目線をそらしていた。


 城内は町と同じく静まり返っており、家臣の1人も居ない。暗い廊下は最近まで掃除が行われていた形跡はあり、階段や柱には誰かが引っ掻いた爪痕が至る所に刻まれていた。あたりを見回しながら後をついていっていたSだったが、彼が階段に突っ込んでいくのを捉えて慌てて引き止めることになった。

「危なっかしいな本当に 油断も隙もない」

「無機物は本当に見えないんじゃ……すまんのう」

「そもそも盲目なんだろ……ん?」

 じゃぁなぜ機械の体の彼女を認識できているのでしょうね?

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