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 この疫病はこの土地特有の呪いと呼ばれるものであり、和国がここにある理由でもあった。必ず毎年溢れ出るこの疫病を止めるために、王族は中心の湖の上に城を築き封じ込めた。そのおかげで疫病は何十年に一度名での頻度に抑え込まれていた。

「方法を知っているのも その力を持つのもあの城にいる王だけ」

 深くため息を付きながら南飛が肩をすくめた。

 Sは眉をひそめて

「その王はどうした 空席ではないだろう」

 と彼に尋ねる。

「普段からお姿は見せないお方だからどうもこうも……?」

 ふと吠龍が音もなく立ち上がった。目線の先には扉に映る影。人っ子一人足跡すらなかったこの町に佇むその影はそのままガシャンっと扉にぶつかり消えた。

「……ゆ……幽霊……?」

「馬鹿 あんなはっきりした幽霊の影があるか」

 震え上がる二人をよそに、Sは迷いなく扉に手をかけた。そこには額を抑えて尻餅をついた、立派な角に布の装飾を付けた男がいた。その男の瞳には瞳孔らしきものがなく目の焦点が合っていない。Sの顔を見るやいなや

「ひ 姫かっ?」

 と声を上げた。

 無論、Sは賞金首であり、どこぞの姫ではない……と本人は思っている。

「うおおおおおぉぉぉぉ アースの姫君! 何年ぶりかのぉ〜!」

 男は立ち上がるとSを抱きしめた。筋肉質な体つきは彼女よりおおきく背中だけで包み込んでしまいそうなほどだった。肌は白く、胸から下は包帯がきつく巻かれている。その隙間から痣や傷が少しだけ見えていた。

「離せ! 姫なんて大したガラじゃない!」

 腕の中で暴れるがあまりの腕力にどうにも振り払えない。

「凌我様!?」

 その後ろで驚きの声を上げる吠龍がいた。

「ぬっその声は……宝石商 ! 無事じゃったか〜 つまりここは大通りの店かの?」

「左様でございますがえっと……彼女を離してあげてください」

「わしの古い友人じゃ……あれでもこんなに小さくて冷たかったかのぉ」

「だから違うって 言ってるだろ!」

 ぷはっと抜け出したSはなんとかその筋肉から解かれた。腕が少し軋んでいる音がする。

「人違いだったかのぉ すまん この通りじゃ」

「Earthなんて昔の国の娘が生きてるわけ無いだろ……」

「いやぁ とても懐かしい気配がしたんじゃ 唯一無二の存在だった故間違えるはずなかったんじゃがの」

 クルンクルンの白髪に毛先が青く染まった頭を掻きながら、凌我はしょんぼりと扇尻尾を下げた。

「しかしどうしてこんな所に」

 南飛が不思議そうに訪ねた。

「城に戻ろうと思って そろそろ家臣が見つけに来ると思ってたんじゃが何日待っても来なくてのぉ」

 抜け出せるんだ、と顔に書いているかのような吠龍の顔をよそに

「思ってみれば町がやけに静か 遠くでうめき声が何十に聞こえる おまけに塀の外は人間で一杯に見える」

「外に行ったんですか!?」

「行こうとしてやめたわい……気配でわかるもんじゃ」

「(子供サイズの隠し扉をこいつが通ったのか?……ありえないな)」

 この大男があれを通ろうとする間抜けなさまを頭によぎらせたが、笑えはしなかった。

「私も城に用がある 連れて行ってやる」

「お 頼もしいのぉ」

「ちょっと!」

 吠龍が奥へSを引っ張り込む。

「なんだ」

「あの方は王の弟君様よ! 言葉使いに気をつけてよね!」

「……はいよ……」


 凌我はこの疫病はびこる空間でもけろっとしているため、先に扉に近づいていた。

「……はい、これで多少は動けると思う」

「助かる」

「凌我様になにかしたら許さないからね」

「なにもしねぇよ……」

「サクミ〜まだかの〜」

「……今行きますよ」

 吠龍の睨みをよそに呆れながらも外に出た。より一層霧が濃くなり寸分先も怪しい。


 彼らが切りの中へ消えたあと。

「変なやつだったな」

 南飛が口を開いた。

「なにが?」

「体のパーツごとに『No.393』ってナンバリングされていた あいつ体全部作り物だ」

「それがどうしたっていうのよ」

「あの構造は……Marsの女王の機体と同じ構造だった」

 吠龍はわけが分からず「は?」と声を漏らしてしまった。

「女王の機体は特別製だってからくり師の間では有名なんだよ そんな特別機と同じ構造をしていた そして誰かが手を加えた跡もあった」

 目の色がギラリと変わる。

「背中を随分前に開けた跡があった しかも数年前だ 慣れない手付きで稚拙な跡だった……あいつは何者なんだ?」

「でもあたしが宝石商で良かったね! じゃなけりゃあの子を助けられなかったもん」

「お前がアメシストの巨大な原石を持ってなきゃ手の施しようがなかった」

 彼が開いた赤い胸の奥には、色を失ったアメシストの宝石が砕け散って散乱していた。代わりに吠龍が切り出したハート型の魔石を組み込んで、ようやく彼女が目を覚ましたのだった。

「帰ってきたらお代をたんまり取らないとね〜」

「帰ってきたらな……」

 霧の町にくすりっと小さく響いた気がした。

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