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 ドーム状に覆いかぶさる透明の屋根に広がる星空の下、私は座り込んでいる。

 千年樹の屋上、月が出ている。……月?

 もうここ最近ずっと見ていない大きな満月に違和感を感じた。あぁそうか、ここは昔の記憶だ。

 いや、私は本物の月を見たことがない。なのにどうしてそこにあることが正しいと確信しているのだろうか。

 隣に、誰かがいる。

 私が知らない誰か。でも妙に懐かしさが拭えない。

「どうした」

 名前を呼ばれた気がしたが、その部分にノイズがかかって聞き取れなかった。ここに巻き戻し機能はない。

「この景色をいつか お前さんが受け継ぐ日が来るんだぜ」

 隣の誰かが両手を広げてその宇宙を指した。

「僕は楽しみで仕方がないんだ その日がね」

 頭にぽんっと冷たい手が乗った。ふとその顔を見たが


 覚えていたのは「青い薔薇」、だけだった。


 カメラに電源が入る。ピントを合わせて景色を認識する。輝く宝石と、見知らぬ場所。……覗き込む龍人の女。

「うわっ 本当に人間みたい」

 興味津々に見つめるその右目は宝石のように輝き、そこにただ填められているだけのように思えた。一対の角の根にも囲むようにアメシストが生えている。固まっていたSが自分の胸元に目をやると、真っ赤な傷跡のような模様が開けているのが映り反射的に胸を隠した。ズボンは脱がされていなかったが、上の服は近くの椅子に畳まれて置かれている。

「動いた 目論見が正しくて助かったよ」

 男が背後から工具を持って身を乗り出してくる。Sは宝石商の店の奥、少し高めの敷居に腰掛けるようにして眠っていたらしい。足元に置かれた下駄を彼は履いて一息ついた。

「Marsの空気可動式が こんなところで何してるんだ」

 Sは相当の嫌悪をひんむかせて

「あの国と一緒にするな」

 と首元を噛み付きに行きそうな勢いで吐き捨てた。

「ご ごめんて」

「落ち着きなさいよ 貴方のこと直してくれたのはそこの変態よ」

「変態じゃない からくり師だ」

「はいはい」

 女はため息をつきながら湯気立ちのぼる緑茶を三人分差し出した。

「飲まなくてもいいから おかしてね」

 そう言ってSを挟むように女も座った。湯呑を持つ右手が紫に光り輝いている。

「あたし 吠龍 そっちは飛南」

「……Sakumi」

「どんな漢字?」

「いや漢字はないんだ」

「じゃぁ……こんなのはどう!?」

 墨で和紙に書かれたその名前は「咲実」。たしかに読めはする。

「咲いて実る! 縁起いいでしょ」

「安直だな」

 飛南が鼻で笑った。

「あ ありがとう」

 戸惑いながらもそれを受け取ったSの頬は少し綻んでいた。

「ほら〜! でもSはどうして外で倒れていたの?」

 Sはその問でようやくハッっとした。

「そうだ 薬を 治療法を探しに来たんだ……疫病は龍人にのみ伝染……お前らはなぜ平気そうなんだ?」

 そう二人も見た目は龍人である。角を持ち、大きな尾か翼を持つ。だがこの町で唯一見かけた生存者はこの二人。

「純粋な龍人じゃないからね 私達」

 アメシストの眼球を触りながらそうぼやいた。

「例外として耐性があった ただそれだけのこと」

 二人の体は半分がまがい物だった。いや、吠龍は右半身を宝石に侵され、飛南は事故で左半身の一部を亡くしからくりで補強をした。二人は町で穏やかに過ごしていたが、その反面差別もあった。

「……そうか 実は」

 Sはここまでの経緯を完結に話した。

「治療法ねぇ……無いんだよね」

「無い?」

「そう 死ぬことはなく眠るだけで収まるのを待つしか無い。」

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