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 草原を歩いていたはずの彼女は現在、必死に銃口から逃れるために走っていた。

「(なんで人間がこんなに守備固めてるんだよ!?)」

 反対側からぐるっと遠回りしてきたが、和国に近づく前にMarsの宿営地にぶち当たってしまったらしい。戦争でもないのに大量の弾薬を持っているあたりただの訓練遠征ではないことは確かである。


 近くの宿場町を転々としながら兵士全員を撒き、とうとう丸太の壁にたどり着いた。

「ぜぇ……ぜぇ……空気が……はぁ……」

 あたりを見回して誰も居ないことに胸を撫で下ろしていると、はっと近くの門を二度見した。

「門番すら居ない」

 普段からオープンな国であるはずなのに、ピッシャリ閉まっている。

「まいったなここの裏口は無いんだよな」

 ここの門は人間なら50人は力持ちが居なければ開かないほど重い。どう踏ん張っても殴っても蹴っても一人では開くことがないのは、S本人がたった今証明した。下に穴を掘ろうかとも考えたし壁を爆破して穴でも開けようかとも思ったが、何があるかわからない以上行動に移すことは出来なかった。

 立ち往生をしていると、すっと視界の端を人影が通り過ぎた。それは壁の中に入っていったように見え、それをSは反射的に追いかけた。そこには子供が通れるくらいの小さな押し扉が揺れていた。

「(誰かが通った直後か?)」

 かがんで覗き込んでみると、霧が濃い町が見えた。肩をなんとか通して、胸と尻が引っかかり、最終的には毛先が金具に引っかかり、手首のナイフで散切りにし、ちまちまと証拠隠滅していた。本当にこの子は賞金首なのだろうか。


 数メートル先も見通せない濃い霧に染められた道を平屋の壁伝いに歩いていくが、足取りは少しずつ重くなっていく。

 そして膝から崩れ落ちてしまう。彼女の視界には「酸素濃度99.9%」というデータだけが表示されていた。

「(二酸化炭素がないと……動け……)」

 しかしここに彼女の動力の供給はない。ついに視界は真っ暗になっていた。


 唯一開いている店がある。宝石が並べられたその奥で、本を読み耽る龍人が一人。

 ジャリ……ジャリジャリ……と外から何かを引きずる音が聞こえる。

「よう 無事か?」

 羊のような角を持つ片翼が歯車仕掛けの男が覗き込んだ。女は本を閉じて

「ちょっとまた死体を運んできたの?」

「いや心臓の音はしないけど……シャットダウンしてるだけだと思う」

 その男を迎え入れ扉をピシャリと閉めた。

「んでその毛むくじゃらは何なのよ」

「倒れてた」

「だからって引きずって来ないでよ!土まみれじゃないやだぁ……」

 茶色か青かの毛をつまんでみると人の顔があらわになる。

「……人じゃん!ちょっとからくりじゃないからって雑に扱う癖やめなよ!」

「いやだから人じゃないって金属の音してるって」

「だぁかぁらぁ! そういうことじゃななくってさぁ……どうするのよこれ……」

「からくりなら直せるから弄って……」

 男が服に手をかけると

「どう見ても女の子でしょうがー! やめろ!」

「いや人形作ってるしいつものこと」

「それとこれとは違うわこっちが困るわあほぉ!」

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