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いつもの朝。
リビングに出てトースターをセットして目玉焼きを作る。蒸している間にコーヒーをドリップして、起きてきて電子新聞を読む……
「あれぇ? 兄貴 まだ起きてきてないんだぁ」
Aがコーヒーカップを持っていつもの位置に置こうとして、そこに彼が居ないことに気がついた。いつものことなら既に起きてきているはずの時間を過ぎ、遅刻になりかけている。
「おかしいなぁ?」
首を傾げていると、Sがグシャグシャの髪を掻きながら降りてきた。眠そうにはしていない。
「……どうした」
「兄貴が降りてきてないのぉ」
リビングには美味しそうな……いや、焦げた匂いが充満し始めていた。
「……目玉焼きぃ!? お願い部屋まで見に行ってくれるぅ!?」
仕方ないな、と踵を返して出る。煙の出るフライパンを慌ただしくひっくり返した音が背後から響いていた。
自室前に戻ってきた彼女は、向かいの木製の扉を叩いた。
「おい 寝坊助 朝飯出来てるってよ……起きてねぇのか?」
舌打ちしそうになる気持ちを抑えて、そっと部屋に一筋の光を入れ込む。
何も見えない。
漠然とした不安が、滝のような汗を誘う。
離人感に頭が支配されてゆく。
「だ 誰か 助けて」
幼い自分の声に驚いて口をつむぐ。弱々しい昔の自分に戻ってしまった、思い込みが染みのように広がって……
『 ぉーぃ 』
求めていた声が聞こえる。
「……姉ちゃん…‥!」
声のする方へ必死に手をのばす。
暗闇から引き出された手は成長した自分の腕に戻っていた。左腕が冷たい手に握られ、忌み嫌った瞳に見つめられていた。
Kは汗だくの火照った顔で、ぼんやりとそれを見つめ返していた。
「ねぇ……ちゃ」
「残念だが お前の求めている人はここには居ないぞ」
Sは太い腕をゆっくりと体のそばに降ろしながら、吐き捨てた。
ふらふらとベッドテーブルの上を探り、時計を手繰り寄せる。
「寝坊した」
「その前に体調不良だ」
起き上がろうとする彼を押し倒し、持ってきていた体温計を口に突っ込み、近くから引きずって来た椅子に座った。
「大丈夫だ 早く出勤……」
「黙って体温測られてろ そんな顔真っ赤にして出ていかれても困る」
言い返せなくなった彼は、体温計を唇で振り回しはじめた。
「熱だな」
40度を叩き出した体温計を見ながら、こいつこれで出勤しようとしてたのかとため息が漏れてしまった。
「熱か」
「明日槍でも降るかもな」
「お前の兄貴 熱出してるぞ」
「え 風邪ぇ?」
「いや咳が出てる様子はなかった 鼻が詰まってる感じもなかった」
「うぅん……わかったぁ後で部屋行ってみるぅ」
Aはポケットからガラケーを取り出してポチポチ何かを入力すると話し始めた。
「もしもぉ〜しぃ……お世話になってますぅ」
しばらく話し込んでいた。内容的にはKの職場に休みの連絡をしているようだった。
「……えっ お見舞い来るのぉ? 」
その言葉にSがタブレットを落としたまま硬直していた。
「誰が来るって?」
「えっとぉ……兄貴のチームの人達ぃ……?」
「……はぁ!!??」
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