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リビングに入ってきたのは、大きすぎる白衣を引きずりながら歩く藍色髪の男の子。彼はSに気がつくと
「あぁ おかえりぃ」
と、にっこり笑った。
「A あいつは? 」
Aと呼ばれた男の子は丁寧に扉を締め、ムスッとした顔でSの方に振り向いた。
「もぉ まずはただいまでしょぉ! 」
「おう......ただいま」
「おかえりぃ 兄さんは今日まで当直だって 明日の昼には帰ってくるんじゃないぃ?」
Sは言いにくそうに言葉を吐いた。
「なぁ 毎回思うんだがこれは家族で言うんだろ? 」
「細かいことは気にしなーいぃ ねぇ?」
言い返す言葉もない。
「そういえば お前に診てほしい奴がいるんだが」
奥のキッチンから顔を出したAは、
「そういうの 早く言ってぇ」
と、声色を低くした。
Aの部屋は医療器具や実験器具が棚に所狭しと並んでいる。カーテンに仕切られた小部屋のベッドに、Sは青年をそのベッドに寝かせ、ローブを剥ぎ取ると、傷だらけの服とマントが顕になる。
青年は未だに意識が戻らず、虫の息であった。
「凄い傷ぅ 致命傷はないけど疲労もたまり過ぎかもねぇ」
「死にはしないか」
「うん 傷は処置するけどぉ ここに寝かせておけば回復するよぉ」
「頼んだ」
Sはカーテンの部屋をあとにした。Aは青年の髪を整え、左目の傷の膿と血を拭き始める。
「ざっくりいってるなぁ......爪みたいだけど刃物とも見えるしぃ」
痛みに真っ暗な視界を認識する。
知らない天井。
左目が開かないことを認識する。触ろうと上げた右手の包帯を見た青年は、ここが森の中ではないことに気がついた。反射的に起き上がろうとすると全身に痛みが走る。声にならない叫びを思わず一瞬上げる。
痛みに歯を食いしばり、ベットに倒れ込んだ。
「あぁ 起きたぁ? まだ寝てないと駄目だよぉ」
ベージュのカーテンが開き、自分より幼い男の子が2つのマグカップと急須を、お盆に乗せて持って入ってくる。
「ここは安全だしぃ 落ち着くまで居ていいからさぁ 大丈夫だよぉ」
サイドテーブルにカップを置き、ふわりとタオルケットをかけ直してくれる。
「俺 Anserって言うんだぁ 君の名前も良ければ教えてよぉ」
青年は疑わしい目でこちらを見つめるままだった。
「信じられないよねぇ でも君 森で倒れてるの見つけられてぇ ここで2日は寝てたんだよぉ」
ぎょっとした表情で固まり、少し表情が柔らかくなった。
「もしかして喉痛いぃ?さっき見た感じ喉の火傷は良くなってたけどぉ」
「喋れる」
「よかったぁ 頭がグラグラしたりぃ 吐き気がしたりしないぃ? お腹は空いてるぅ?」
青年は全てに首を横に振った。元気がなさそうだ。
「まだ よくわからない 左目はどうなってるんだ? 」
と左目の包帯に触れようとすると
「まだ触っちゃ駄目ぇ そこが一番傷が深かったのぉ」
「そうか」
「まだ寝ててぇ 温かいお茶は飲めるぅ?」
Aは急須から注いだほかほかのカップを差し出す。カップは湯気に乗ってほんのりと茶葉の香りを漂わせていた。青年は不思議そうに覗き込んで、そのカップを受取る。
「緑茶飲むとホッとするんだよねぇ 毒は入ってないから安心して」
証拠にと示すように、Aがくっと飲む姿を見て、青年も顔を近づけてすんすんっと香りを嗅ぐ。変な匂いはしないが、下になにか粉末が沈んでいる。顔をしかめて見つめていると
「なんか入ってたぁ? 下のは茶葉の粉末だよぉ ほらぁ」
とお行儀悪いけどぉ、と言いながら飲みきった自分のカップの中に指を突っ込み、残った粉末をなぞり口に運んだ。Aは舌を出して笑いながら苦い顔をした。
ここまでして、ようやく青年はカップに口をつけた。
少し冷めていたのも幸いし、
「美味しい」
と、落ち着いた様子でまた一口、また一口と飲み続け、すぐに飲みきった。
「もう一回飲みたいんだが」
「いいよぉ カップ頂戴ぃ」
青年は緑茶を沢山飲んだ。初めて飲んだという青年に食べられるなら、と一口大のクッキーを持ってきた。彼は2つほど口にして、はにかんでいた。
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