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 炎が全てを包む。建物が崩れていく。ぼんやりとした視界の外で誰かが叫ぶ。


「逃げなさい」


 この言葉で、いつも記録は途切れる。声の主は誰なのか。聞いたこともないはずのその声に懐かしさだけを感じる。ただ知りたい。


 結局今回も繋がる情報はなかった。

 Sは左手をクラゲの触手と絡ませて明かりを借り、真っ暗な夜の草原を歩いていた。目の前には森がはっきり見え始めている。

 その森は、遠目から見ると大地が光輝いているように見えるが、近づくと木々の実が光っていることに気がつくだろう。土の上にはその実がごろごろと落ちている。色とりどりの宝石が実る森、通称 "宝石の森" 。

 クラゲは手からするりと抜けていき、夜空へ帰っていった。

「相変わらず輝かしい森だ 冥界の入り口の名前があるくせに」

 木の根が宝石に侵食され、鬱蒼とした森だが足元も頭上も照明要らずの明るさを常に保っている。

 彼女は適当な木に足をかけ、軽快な動きで上に上っていった。

 木の上は少し薄暗いが、時々顔を出している宝石の明かりが視界を助けてくれている。間伐されなかった木は間隔狭めに生えているので枝に移るのは容易である。

 下から土を不規則に踏む音が、誰もいないはずの森に響く。その音にピタッと動きを止めたSは、黒い影が通りすぎていったのを目撃した。

「誰だあいつ」

 黒いローブに身を包んだそれは、根っこに躓き近くの幹に勢いよく衝突しそのまま倒れ込んでしまった。

「ここで倒れられると困るんだがな」

 モノが動かないことを視認すると、Sは飛び下りて隣にしゃがみ、そのローブのフードをそっと剥ぎ取った。

 真っ白な髪と肌、こめかみから伸びた真っ黒な髪が露になる。しかし髪は焦げており、左目は縦に割かれ血と膿で爛れていた。

「なんだこいつ 、ぼろっぼろじゃないか……この髪どこかで」

 彼女は彼の髪を鷲掴みにしたまま、しばらく考え込んだ。

「仕方がない 放置しておくことも出来ないし 連れていこう」


 フードを乱雑に被せ直し、青年を肩に担ぐ。森の奥へ進むにつれて宝石の灯りは増えていき、遂に枝のトンネルが終わりを迎えた。


 中央の樹木から円形に広がる広場で、現在が深夜だということを忘れるぐらいには明るい。中央の樹木は周りの木々よりも太く大きく、広場を上から覆うように枝が伸びている。

 青年を肩に背負い直し、地面から突き出た根を跨ぎながら樹木の根本まで歩いていく。そのまま幹の壁に吸い込まれるように、その中へ消えていく。幹には水面のような波が揺らいでいた。


 壁の先には玄関の空間が広がっている。

 彼女は黙ってその場で靴を脱ぎ、敷居を跨いで廊下に踏み入れる。部屋の灯りが漏れている左手前の部屋を素通りし、手入れされたフローリングに少し甲高い硬い足音が響き、リビングに入る。部屋をキョロキョロと見回し、近くの数人がけのソファーに青年をボスッと乱雑に下ろした。

「さて、まだ起きていると思うんだが……」

 一息つき、リビングの入り口に振り替えると、扉が開く音がした。

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