記憶境日
@Artficial380
夜の国
1頁目
無機質の真っ白な時計塔と街が、光輝く星空に閉ざされて静かに眠りにつく頃。
その街の表の大通りから薄汚い裏路地に入り、段ボールにくるまった人のようなものや転がって中身をぶちまけたゴミ箱がある奥に、一応掃除された通路にぼんやりと白い扉が見える。
その扉の奥からガラスが割れて飛び散る音と、怒鳴り声が聞こえてくる。その声に混じってなにかが倒れる音と殴る音がした。
あなたは、扉を恐る恐る三回ノックしてからその扉を開けて中を覗くだろう。カランカラン、と扉に取り付けられたベルが鳴り、明かりが通路に優しく漏れた。
中は酒場……穴場のバーのようだ。三つほど丸いテーブルといくつかの椅子が床に倒されたまま、ガラスの破片が散らかったままの荒れた店内。その中央でうつ伏せで倒れている大男と、奥のカウンター中央の椅子に座る呪いの髪色の女。棚に隙間なく並べられた酒瓶の前で、店長であろう片耳が欠けた黄色い兎の獣人がシェイカーを振っていた。
円柱のグラスを置き、氷をくーるくーるし、シェイカーの中身を注ぐ。
「こちら カリフォルニアレモネードでございます」
と、カクテルが女の前に差し出された。
「頼んでないぞ」
「私からの奢りです 今回もお世話になったので」
女はじっと店長の糸目を見てしばらく沈黙の抗議していたが
「わかったよ」
と女はそのグラスを自分の手元に引き込んだ。
女の髪は膝下までの長さがあり、両頬に傷を塞ぐように二つずつホッチキスのような金具がついている。黒い瞳のなかで真っ赤な棒グラフが回りの音に反応するように、それぞれ伸び縮みしている。肌も白く、全体的に生気もない。
「今回は収穫 ありましたか? Sさん」
Sと呼ばれた女は、グッとカクテルを飲むと
「全く的はずれだったよ ただ宿場町で人助けしただけだった」
「そうですか 残念でしたね」
店長はグラスを拭きながら困り顔で笑ったが、直後キョトンとした顔で
「人助け? 珍しいですね」
「この前王国で内乱があったのはもう仕入れてるだろ」
グラスを振り氷をカラカラと鳴らしながら、Sは頬杖をついた。
「王国というと……あぁ Night王国ですか そういえば近くでしたね その宿場町」
「地味に巻き込まれていてな 宿は全部治療院になって満室だった」
「また野宿ですか?」
「おう」
店長は大きくため息を吐きながら肩を落とした。
「またあなたってヒトは……一応賞金首だってこと 自覚してます? 」
「不服ながらな」
「しかも歴代最高額を 女王直々に」
「らしいな」
空白の時間が挟まる。
「いや結構凄いことですからね わかってます?」
「嫌というほど最近分かった」
「軽いですね 全くもう それはそれとして内乱の情報は既にまとめてありますよ」
「流石 情報の条件は? 」
「宿場町の情報と交換というのはどうでしょう」
「ふむ ではこちらから」
情報交換も捗り、グラスが幾つか空になった。Sは席を立ち
「ごちそうさん、お釣りは要らん」
そう言いながら貝殻の形をした金貨をジャラッと置いて、店を出ていった。
「またご贔屓に…って値段の倍も置いていかないで下さい~……」
店長がキッチンから走り出て、店の外まで追いかけようとしたが、裏路地には埃の混じった夜風が通るだけだった。
「相変わらず 行方を眩ますのも早いですね もう 」
寝静まる街の巡回を潜り抜けた。月明かりもない、真っ暗な草原が広がる。道もなく、誰かが管理しているかのように綺麗に生え揃った草が風になびいている。
Sはある程度離れたことを流し目で確認し、ポケットにいれていた白い手を目線まで星空に差し出した。どこからともなくその手に、人と同じぐらいの大きさのクラゲが、その触手の一本を優しく手を繋ぐように絡ませ、Sの足元をほんのりと照らす。
「今回も頼むよ」
そう声をかけると、クラゲはそれに答えるかのようにぽわぽわと膨らんで見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます