3.4 火は消えるまで落ちない

「今回の業務は護衛です。公に行動するボディーガードとの方との接触はナシで、お二人の独断で動いてください」



 ミカン箱の上で長い脚を組みながら、業務の詳細を丁寧に読み上げていく加々宮。その正面では、イヅモがダークオークのロッキングチェアに腰を据えている。



 本来、前後に揺れる機能がこの椅子にはあるわけだが、前傾かつ両足をしっかり床に押し当てているせいで、その大事な個性は奪われていた。



 丸太をふんだんに使った、北欧デザインの壁。いつもならデスクがあるはずの場所に、今はレンガ造りの暖炉が設置されている。


 部屋に来て数十分経っても気温が上がる様子はないので、恐らくはホログラムか何かによる映像を流しているだけだろう。


 薪の燃える様子を観察するのは、リラックス効果があると言われているが、いつまでも燃え尽きて灰にならないのは、イヅモにとっては細かなストレスだった。



「接触ナシなら、護衛対象はコッチのこと知ってんですか?」



 イヅモは不服そうに加々宮に問う。



「はい、認識しているはずです。認識していますが、"SP以外にも護衛がいる"程度のモノだと思われます」



 予想していた通りの返答に、イヅモは溜息を吐く。



 こういう護衛の業務はこれまで何度もやってきたが、護衛される本人は揃いも揃って学堂の存在を認知していない。



 自分の周りにいる人間が、敵なのか味方なのか分からない。それは守られる側として結構な不安要素ではないのかと、護衛の業務の度に思うのだが、お偉い様方はそうでもないらしい。



 というのも、御偉い様方そういうひとたちは、そもそも何処の誰が警護するかなんて気にしていない。それがかも同様である。



 命を守るのが役目だろうと一任して、自分のことに集中する。集中する為に警護を雇う。



 温情の入る隙の無いビジネスライクの関係であって、当人たちの素性に問題があったとしても、それは派遣した側の責任である。



 情が湧いてしまえば。見知らぬ他人に入れ込んでしまえば。己の社会的な生命活動が短くなる。



 だからは周囲を情報を敢えてあやふやにしている。有事の際、自分が沼に引きづり込まれる前に、そいつの腕を切り落とせるように。



 ただ、これはあくまで表に出せる理由。ヤモリの自切じせつよろしく、身を守る為に使う"それっぽい定型文"であって真理じゃない。



 本当は、私達のような非合法アウトローの機関との関係は、本人も認知していない方が都合がいいからだ。



 護衛が必要な人材というのは、大手企業の社長や役人など国とのパイプを持っている人物がほとんど。少なからず反目する相手がいて、その人数は世の流れ次第で何倍にも膨れ上がる。



 何気ない言葉のひとつでさえ巨大な影響を社会に与え、多方面に姿を晒す上に、ちょっとしたことで大勢多数の一般人から、非難の声を浴びせられる。



 早い話、目立つせいで敵を作りやすいということだ。



 その点に於いて、非合法アウトローとの繋がりがあるというのは、決して心地の良いものではない。



 清廉が求められる現在の社会では、噂が流れるだけでも大きなリスク。イメージの低下がそのまま命取りの世界。

 さらに敵対する勢力に露呈すれば、重箱の隅をレイピアで突き刺すが如くの付け込まれる。



 敵、そして敵予備軍がごまんといる中で、イメージを損なわない警護をしなくてはならない。



 心中お察し、と言うやつだ。イヅモは制限ばかりの厄介な立場に同情する。



 命を守る為だとしても、潔白で正規で真面目であるかを見られている。



 戦時中だったら。生きるのがひっ迫していたら。

 親に捨てられて、それでも弟達を守らなければいけなかったら。

 生きるために盗みでも殺しでもやるだろうに。



 とまぁ、そういった監視制限がある状況下では、護衛の出来る事は限られてくる。

 恨みが積もりに積もった先で、人間がどういう行動をとるかは、想像に難くない。



 刃物なんてそこら辺で売っているし、現実性を排除して考えれば、両腕で首を絞めたっていいわけだ。



 人間はその身に常に他者を殺す力を備えている。



 戦って勝つことが目的ではない以上、護衛は怪しいと感じた存在に自ら攻めに行くことはない。

 それこそ、刃物をチラつかせてるとか、拳銃を向けているとかでもない限り。



 だが万が一そういった場合に出くわしても、まずは守ることを優先する。先述の通り、勝つことが目的ではなく、守ることが目的だから。



 そういう時の痒い所に手が届かせる要因として学堂は利用される。



 脅威を排除するのに制限付き対処療法では足らない時がある。

 テロのように集団的な強襲など。矢面に立つという言葉は、現代では火薬と弾丸の前に晒されることを意味する。



 根本から叩き潰す原因療法が出来る存在。認知していなければ、それは使い勝手のいい捨て駒。知らされていないからこそ、になっても認知してないの一点張り。



 長期戦に持ち込めばあとは勝手に消えていく。時間だけはこの世で止まることがない。



 部下が勝手に依頼したと切り捨てるのもアリだ。雑用を自分でやらない。上に立つ者の利得を利用して黙らせればいい。それこそ、私達と同じ原因療法だ。




 ホント、この生活はイヤになるな。




 命に無頓着なくせに、奪われそうな場面になったら誰かに身代わりさせて。



 羨ましい限りだよ。金があれば、力があれば。命にさえ感けていられる。



 どれだけ人間ヒトを斬れるようになっても、明日のことを考えるだけで、不安で押しつぶされそうなのに。



 情が入る隙が無いから、ヒト他人ヒトを守れる。

 淡白だから、己の強さを自分以外の誰かの為に使える。




 そんな現実、ムカつきすぎて大嫌いだ。




 何時まで経っても、知りもしない他人の命を預かるのは嫌いだ。

 そういう寄り掛かられ方は、体重を丸投げして、自分で立たなくなるから。肥えに太った歩けもしない奴を、必死で守らなきゃいけないから。




「業務時間は、今日の18:00から翌午前2:00。相手方から終了の連絡が届き次第撤収です」



 淡々と説明を続ける加々宮の声で、思考に溺れていたイヅモの意識が、目の前まで浮かびあがってくる。

 起き掛けの時のように首を撫でて、固まった身体をほぐす。暖炉のリラックス効果のお陰か。筋肉は緩やかに弛緩していった。



「連絡って、相手の人と接触できないんじゃないんですか?」




 イヅモの横で体育座りの入陽が、手を挙げて加々宮に問う。


 溺れていた余波か。懐かしむ気にもならない、僅かなあいだ通っていた小学生の頃の記憶が、脳裏の隙間にチラついた。



「はい、物理的接触は出来ない業務なので、加々宮わたしを経由して、お二人に連絡を入れます」



 学堂はその秘匿性を保つためには、デバイスを筆頭に外部機器との通信が制限されている。護衛の業務の時は特に、担当指導員と依頼主が連絡と取り、それが学徒に転送する方法をとっている。



 しかしこの方法では情報伝達にラグがある。




「なので、緊急時の対応については今ここで説明します。お二人にとっては朝飯前だと思いますが、しっかり頭の中に入れておいてください」



「はい! 昼飯後ですがしっかり覚えます!」



 そう言って入陽は立ち上がり敬礼する。加々宮座ったまま、いつものように張り付けた笑顔で敬礼を返した。



 それから数十分して漸く、緊急対応を含めた業務説明は終了した。

 現在時刻は体感で16:55。18:00に現場となると、三十分後には出発することになる。



(あんま時間に余裕ねぇな・・・・・・)




 本当は洗濯物片付けたかったんだけど、しょうがない。一度寮に戻って、センに洗濯と夕飯任せるってことだけ伝えておこう。


 鉄扉を開けて、踊り場に出たイヅモ。そのイヅモに、入陽は後ろから声をかける。少しでも急ぎたい時に限ってと、イヅモは顔に不快感を露わにした。


「ねぇイヅモちゃん。繕くんと万くんて、ご飯どうするの?」



 その予想外の問いかけに、イヅモの顔から静かに力が抜ける



「ごめんね! あんまり個人情報に入り込みすぎるのはよくないのは分かってるけど! ちょっとだけ心配になっちゃって・・・・・・」




 頬を掻いて、バツが悪そうに笑う入陽。



 安心感とは、どこか違う。心臓の外枠が大きく広がっていく感じがした。



「お前の気にすることじゃねぇよ」



 乱暴に、突き放すように言い切るイヅモ。強張りは取れているはずなのに、どうしてか入陽の方を向けなかった。



「業務で夜いないなんてのは何度もあったし、アイツらも慣れてる。自分達が食べる分くらい、ちゃんと作れる」



「それは心強いね! 繕くんも万くんもしっかり者で、なんだかわたしの鼻も高いよ!」



「お前育ててねぇだろ。アイツらはイヅモわたしの弟だ」



「あらぁ? もしかして、イヅモちゃんヤキモチ?」



 悪戯にハマるのを楽しみにして待つ子どものように。にやけた顔でイヅモを茶化す。



「お前のケツを焼いてやろうか」



「焼いても膨らまないよ! それは火傷って言うんだよ! ただのシンプルに純粋に単純な焦げだよ!」



 お尻を隠して抵抗する入陽に、イヅモはお返しと言わんばかりにやける。



「もう! 悪いイヅモちゃんなんてもういいもん! もう先に行くもんね! 後でエレベーターで待ってるから!」



 入陽は尻をスカートで覆い隠すと、階段を飛ぶように上って行った。

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