第三章:魂は噛み砕こうと溶けない

3.0 死ぬにはいい日


「ここでの発砲は、あまりおすすめできませんね。カメラが止まっているとはいえ、音でバレますよ」



「お望みなら絞首も刺殺もできます。親からそれだけは教わってきましたから」



「それは良いことです。人との縁は、大事にしてくださいね」



 椅子が傾くほど身体を反らしながら、加々宮は残りのコーヒーを飲み干す。何処かのホラー映画のワンシーンにありそうな奇怪な姿勢だったが、入陽はそれに怯える様子もなく、足早に近づいて、加々宮の蟀谷に銃口を押し込んだ。



「ごめんなさいですけど、のらりくらりに付き合っていられるほど、私はいま穏やかじゃないんです。幾つか質問します。偽りなく答えてください」



 加々宮は何も言わず、カップを床に置いて両手を挙げた。その表情は清々しくありながらも、入陽を嘲笑しているようでもあった。



「繕くんと万くんのことは知っていましたか?」


「はい」


「それはいつから?」


「九重さんが地下ココに来た時から」


「私達以外に弟達かれらのことを認知している人物に心当たりは?」


「確定なのは大魔女様。他の指導員及び学徒は十中八九知らないでしょう。その為に寮部屋もあそこにしたので」


「イヅモちゃんが二人を地上うえに送り出そうとしていることは、知っていましたか?」


「いいえ、全く」



 平然と答える加々宮に、入陽の緊張感を増す。余計なことを口走ったかもしれない。




 今後障害になるなら、ここで消しておかないと──




「でも、何となく察してはいました」



 首を握ろうと構えた左手が、反射的に制止する。



「彼女は、もともと口数の多い子ではありません。でも表情豊かな子です。考えている事とか、思っていることは、外から見ていてもよくわかります」



 両腕ゆっくりと下ろした加々宮は、静止した入陽の左腕を掴み、自分の首元に誘う。



 少し握っただけで折れてしまいそうなほど、弱々しい肉体。整った顔立ちと組み合わさることで、その様子は壁画に描かれる悪魔のよう。


 出っ張った喉仏は硬く、骨ばった首は、決して大きくはない入陽の手でも握り込めるほど細かった。



「脱走では、情報を知っている人物が少ないに越したことはありません。にも、消しておかないとですよ」



 加々宮は、そう優しく微笑んだ。そこにあるのは、終わりを得る喜びではなく、失い、逃れられる事への脱力。



 瞼を落とし、加々宮は眠る準備を整える。

 だが、入陽は銃を放り捨てると、胸ぐらをつかんでそれを妨げた。



「アナタの勝手な都合も、薄っぺらい感情も、現実逃避も、私には関係ない! 私は、私の目的の為にあなたを使う! 絶対に、姉弟3人で地上に見送る! その為に協力してください! 死ぬなら、その後で勝手に死んでください!!」



 自分でも、びっくりするくらい大きな声が出た。それは加々宮も同様のようで、閉じていたはずの眼を見開いて、入陽を覗いていた。



「イヅモちゃんたち3人を逃がす策があります。成功させるために加々宮さんの手が必要です。いいですね?」



 加々宮そっちの都合なんて聞く気のない、圧迫されるような気迫が全身の骨を揺らす。その様は種類こそ違えど、自らを遵守し、他者を身勝手に使い倒す、大魔女と同じ覇気を思わせた。



「……分かりました。では、その策の内容を教えてください」



 胸ぐらを掴む手を宥めて、部下の情緒を平穏に落ち着かせる。咳き込みながら呼吸を整えている加々宮を余所に、入陽は放った銃を拾いに行く。



 その後ろ姿はまさに大魔女のように。大きく、不遜な、畏怖を纏っていた。

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