第3話
クラス決めと同時にルームメイトとなる先輩の名前も張り出される。
あたしは自分の名前を探していると、何故だか周囲から視線を感じる。
何々? あたし注目されるほど良い先輩とルームメイトになっちゃった? ……ってなってるー!
『館花紅葉 | 望月音羽』
おかしい。ルームメイトには相応しい者が選ばれるはず。はっきり言って主席合格を除く品性や容姿、家の格といったあらゆる要素が釣り合わない。
「音羽先輩のルームメイト誰?」「主席の特待生!?」「あんな地味な子が?」「ないない(笑)」
そして聞こえてくる陰口。
このままじゃ絶対いじめられるー!! 華やかなあたしの新生活が大ピンチだよ!
あっ、きっと何かの間違い。うん、絶対そう。
あたしは沢山の同級生からの注目を浴びながら、職員室へ向かった。
「えっ、ルームメイトですか? 合ってますよ、望月さんです」
「で、でもでもっ、あたしじゃどう見ても相応しくないじゃないですか?」
もちろん音羽先輩が嫌なわけじゃないよ? むしろあんな綺麗な先輩と一緒に暮らせるなら幸せとしか言いようがない。
だけどあたしは身の丈って大事だと思うんだ。
こういう部分があたしなりの誠実さだと思うから、ちゃんと知っておきたい。
「あまり選定の方法は教えられませんが、これから大変でしょうし、少しだけ教えましょう」
先生はあたしに近づき、少し小声になって話し出す。何故か同情の表情をされたので、遠慮なく耳を傾けた。
「館花さんは本学へ志望する時、面接試験で妹達の世話をしており家事が得意と言っていましたよね?」
「あ、はい。それが?」
話が読めないあたしは首を傾げる。
「それが理由なのです。兎も角、実際に望月さんと生活してみればわかると思いますよ」
「は、はあ」
面接試験の合格基準に関わるのか、本当はあまり話しちゃいけないらしいので、追求はやめておいた。
そんな訳で、結局あたしは寮室の前まで来てしまった。
表札に並んだ名前を見て、本当にあたしでいいのかなぁなんて思いながら、あたしは戸を開いた。
たのもー!
「初めまして先輩、あたし一年の館花も……はあ?」
寮室に入った瞬間、やけに暗いと思った。カーテンを閉めて電気をつけ忘れたのかとか考えていたけど、目の前の光景が原因なのは一目瞭然。
散らかった衣類と書類、そして段ボールの数々が窓際に積み上がりカーテンの代わりに遮光している。
そして、暗くて輪郭のぼやけた幽霊の如く佇む女性の姿。
念の為外に出て表札を確認し直すと、やはり見間違いではなかった。
「どうしたの? 変な子」
「いえ、お気になさらず」
再び寮室へ入ったあたしは、一先ずカーテンを閉めてから電気をつけた。
顔が見えないのでは、自己紹介の意味もない。あたしはまず形から入る系女子なので。
「改めまして先輩、新しくルームメイトになった館花紅葉と申します」
「望月音羽……よろしく」
あたしを変な目で見る先輩は、スマホを片手に床に佇み動く気配がない。
自己紹介も素っ気なくて、なんだか上品さが欠いている。
それでも、近くで見ると本当にお顔がちょー美人。息が、息がぁ……ってそんなことより――。
「あの音羽先輩、お部屋が散らかっているみたいなんですけど、これは?」
見るからに酷い部屋の有様。まるで不審者が入り込み荒らしたような光景を見渡す。
一体これはどういう事なのだろうか。
「家事はいつも、朱美がやってくれたから」
確かに面接で家事全般が完璧だと豪語した気がしたけど……もしかしてそういうこと?
でもこれはズボラなんて域を超えている。これがお嬢様の普通!? いやいや、そんな訳ない。
「でも、朱美いなくなっちゃった」
「それじゃあ、先輩が片付ければ――」
「面倒くさい」
面倒くさいぃ!? え、なんで?
どうみたって無視できない散らかり様なのに、面倒くさいだけで片付けなかって……これがお嬢様クオリティ?
あたしの中で、少しずつ音羽先輩に対するイメージが崩れていく。
入学早々、目を奪われてからあたしの中で密かに抱いていた先輩に対する「理想のお姉様」という偶像に、ヒビが入っていた。
そして、次にあたしの目に入ったとあるモノの存在が、偶像を粉々に破壊した。
「あの先輩……これは何ですか?」
「何って、カップラーメン知らない?」
むしろ庶民であるあたしの方が先輩よりも知っている。
「知ってますよっ! そうじゃなくて、仮にもお嬢様である先輩がなんでカップラーメン?」
容姿ばかりに目がいくが、音羽先輩は正真正銘のお嬢様。彼女は日本を代表する大手車メーカーのご令嬢である。
それがインスタント食品を部屋に積み上げてピラミッド作っていたのだから、衝撃ものである。
しかも、何故か全てがシーフード味。バリエーションのバの字も無い。
「私、料理できないから」
「食堂があるじゃないですか!」
朝食昼食夕食全て食堂は提供している。
こんな不健康な食生活をする必要はないのだ。
「……行くの面倒くさい」
しかし先輩の理由はシンプルだった。
そして同時に気付く。音羽先輩はもしかしなくても、とんでもないダメ人間なのではないかと。
はっきり言って、人間レベルがあたしの妹二人よりも低い気がする。
仕方ない。そうとなれば――。
「わかりました。一先ず先輩、このお部屋を片付けます。手伝ってください」
「朱美は手伝うなって――」
「あたしは朱美先輩ではないので、厳しくいきます」
異議は許さないと促すと、不貞腐れた顔をしながらも先輩は言うことを聞いてくれる。
根っからのダメ人間という訳ではないみたいだ。
恐らく朱美先輩という人が家事万能で、あたしはその後釜に座らせられたという事だろう。
だけど、あたしは朱美先輩じゃない。
改善が見込めるなら、自立できるように促した方が音羽先輩の為になるはずだ。
「それと、今日の夕飯はあたしが作りますからっ……いいですね? 音羽先輩」
先輩はちょっと驚いた顔であたしと目を合わせながら頷いた。
うっ……顔がいいので、急に上目遣いをされると困る。上品で美人なイメージばかりが付き纏っているけど、可愛らしい部分もあるらしい。
戸惑う事は多いけど、あたしはポジティブに考える事にした。それだけがあたしの取り柄かもしれないから。
今日出会ったばかりの先輩。最初は憧れた女性。
そんな望月音羽というルームメイトの先輩をあたしはまだよく知らない。
だけど――まだ先輩はやり直せる。
何故ならまだ全校生徒にはダメ人間な音羽先輩が知られていないから。
あたしは音羽先輩に、みんなの「理想のお姉様」でいてほしい。
その為に、後輩として先輩を教育しようと決心した。
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