第2話
色々な期待を背負って入学したピークスリリエン女学院。あたしは浮いていた。
何故かって? そりゃ――。
「新入生代表、館花紅葉さん」
突然そんな事を言われてもお客様困ります。早くこの夢を覚ましてくださいませ! えっ夢じゃない!? うそぉ……。
知らなかったけど、あたしは主席合格だったのだという。実はあたし、天才属性持ってました?
なんて浮かれた矢先――。
「さっ、桜の花が――綺麗でしたね〜?」
あたしは新入生代表挨拶で盛大に滑り、全校生徒の前で恥を晒した。
準備も覚悟もしていなかったのだから当然の話。むしろ普通のお嬢様ならアドリブでそれっぽい事を言えるのかと突っ込みたい。
(さようなら、あたしの華々しい高校生活)
別に華々しさは求めていなかったけど、本当にぼっちになってしまうとは思わなかった。
入学式が終わりお昼の時間。
午後からまたオリエンテーションが始まるらしいけど、新入生を歓迎して今日は食堂が昼食をサービスしてくれるのだという。
ここに入学したお嬢様達にとって食堂の昼飯一回分なんてはした金にすらならないだろう。けど庶民のあたしはよそよそしく一番安い定食を選ぶ。
何故なら食堂側はサービスと言いながら、しっかりとお嬢様達を美味の沼に嵌める策略に違いないから。あたしのような天才にはわかってしまうのだ。
「あっあの子新入生代表の――」
「しっ! あれは庶民でしてよ」
「わたくし達の学年、ハズレ年扱いされたらどうしましょう」
ヒソヒソと声が聞こえる。
小さな声の中にあたしの名前が聞こえて、つい陰口を聞いてしまった。
まあ新入生代表挨拶に限ってはあたしが悪いので、多少は言われても仕方ないと思う。マジでごめんだよ。
あたしは食堂の中に空いているテーブルを探し座る。
同じテーブルに座った同級生らしき女子達が、あたしを除いて笑い合っていて温度差が苦しい。もう友達出来たの? 早くない? コミュ力富士山かよ。
もっとお嬢様達ばかりの慎ましい雰囲気を想像していたのに、割と年相応にキャッキャウフフしているのが逆に辛い。庶民も混ぜてー!
疎外感を覚える中で、食堂の隅に明らかに独りの女子がいる事に気付く。
リボンの色から察するに二年生の先輩。
彼女の座るテーブルに同席する者はおろか周囲には誰一人として寄せ付かない。
あたしと同じナカーマ発見! ……と期待しそうな所だけど、彼女に誰も近付かない理由を察してしまった。
彼女の容姿と仕草そして雰囲気は、文字通り次元が違った。
あまりにも綺麗な彼女は、たった一人でいる姿が絵になっているのだ。
最早、見ているあたしが呼吸を忘れてしまうほどに――むごごっ、すーはーっ!
「あの人がそうなの?」「うん、音羽先輩だって」「すごい綺麗」「お近づきになりたいけど……」「眩しくて近づけませんわぁ」
同じテーブルの同級生達の会話を盗み聞きするに、あの先輩は望月音羽先輩なのだという。
なんと彼女に憧れてこの学校に入学した者もいるくらいの有名人。その気持ちはあたしも充分に理解した。
孤高の彼女は存在感があって、つい目を引かれてしまう。
「あんな方とルームメイトになりたいですわねぇ」
ちょっと気になるワードに耳を傾ける。
ピークスリリエン女学院は全寮制であり、あたし達新入生は午後のオリエンテーションの後に寮室が決まるのだ。
女学院の財力を考えれば一人に一部屋用意出来そうなものだが、これは意図されたものである。
女学院の方針で、違う学年と二人一組で生活を送ることで、先輩後輩関係を重んじているのだという。
ルームメイトの選定は、相応しい者二人を吟味して決めるらしい。
ここでお気づきかもしれない……そう、人数調整が難しいのではないかという問題があること。
しかし、そんな人数調整の為にあるのが特待生制度。それ故に特待生での入学はとても狭き門らしい。
「そういえば知ってる? 今、音羽先輩のルームメイトって空いてるらしいよ」
ルームメイトの話題に、さっきまで話題になっていた音羽先輩が出てきた。
まるで内緒話でもする様に小声だが、流石に同じテーブルのあたしには聞こえる。それとも、あたしの陰薄すぎ……!?
「え、知らない。どうして?」
「元ルームメイトが退学したんだって。家庭の危機だったらしいわよ」
「可哀想だけど、ここの学生ならあり得るわね」
家庭の危機というワードのあたしはピクリと反応する。あたしだって妹達に何かあったら、退学するかもしれない。
どうやら音羽先輩の元ルームメイトは、実家が料理屋を営んでいたらしく、人手が足りなくなった事で自主退学を決意したらしい。
あたしも同じ庶民なので、危機管理を大切にしないとねっ!
「え〜っ!? あの二ツ星レストランのご令嬢がいらしていたんですの……!?」
――と思ったら、件の料理屋は高級料理店であり、人手が足りないのはそれなりの腕前を持ったシェフが足りなかったのだという。
そもそもお嬢様達が語る「普通」は、あたしにとっては「上流階級の」という修飾語が付けられる世界。
勝手に同族だと思ってごめんなさい先輩。
「何にしても、ルームメイトがどんな先輩になるか、楽しみですわね」
その後は、音羽先輩だけでなくこの女学院にいる美人な先輩の話から、ルームメイトがどんな先輩になるかの話題に花を咲かせていた。
トレーや食器を片付けようとする際、同席していた生徒と目が合った。
(あれ、もしかして……あたしが話しかける待ちだった!?)
気付いた時にはもう遅し。あたしは自分のコミュ障を呪った。……明日話しかけてみよう。
それよりもルームメイトが誰なのか――あたしだってドキドキで胸がいっぱい。
同級生達が話していた音羽先輩を始めとする美人先輩達と同室になれたら、華やかな学園生活を送れるに違いない。
(まあ……幾ら主席合格でもあたしパッとしないしザ・庶民だから、選定が吟味される時点で期待するような事にはならないんだろうけどね)
それでもあたしに優しい先輩なら大歓迎。
一応あたしは地元でもお婆さま達から肩揉みが上手いと評判の小娘。年上とは上手くやれる自信がある。
楽しみだなと思いながら午後のオリエンテーションに行こうとすると、再び視界に音羽先輩の姿が映り込み、目を釘付けにされた。
さっきよりも少しだけ近い距離――先輩からは、微かな寂寥感が漂っているように感じた。
(まっ、気のせいかな)
あたしにとって音羽先輩は高嶺の花。
美しい花が咲く峰は高く、霧がかかっているもの。
一瞬掴み取ったモヤは、即座に立ち消えた。
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