なんと、僕の家には白銀髪の美少女がいます。
せにな
第1話 白銀髪の美少女
数年前から、僕の家には白銀髪の美少女がいる。スタイルもよく、頭もよく、運動もできれば料理もできる。二次元にしかいないと思っていたそんな美少女が、今、僕の目の前で遅めの夕食を食べていた。
まぁ実際、二次元から来たのだけどね。
「どうかしましたか?もしかして……美味しくなかったですか……?」
不安そうに目を伏せる白銀髪の美少女――
「そんなわけないよ。すっごく美味しい」
やっぱり、最初の頃に比べると随分静かになった気がする。こっちの世界に来た頃は自信満々に美味しいはず!って言い張ってたのに、今になってはこの通り。
僕が忙しい日は――ほぼ毎日だけど……そのほぼ毎日を紗雪が夕食を作ってくれている。二次元の推しに、毎日美味しい食事を作ってもらえるだけで僕は嬉しい。
「なら、よかったです」
ほんのり頬を緩ませ、嬉しそうに笑う紗雪に僕は思わず見惚れてしまう。
意気揚々な紗雪も推しとして好きだったが、今の紗雪もクールな感じでこっちは推しとしてではなく、恋愛的な感情を持ちそうになってしまう。
まぁ、僕の認識としては、二次元はあくまでも推しの存在であり、恋愛感情を持つ存在ではない。そこを履き違えれば僕と紗雪との関係が壊れそうで怖い。
僕こと
どこからか現れた煙が上に昇るのではなく、不自然に地面に落ちる……いや、もしかしたらもっと下に、地獄に向かっていたのかもしれない。
だけどまぁ、紗雪と僕が出会った理由に関係ないか。
「あの、明後日。私の誕生日じゃないですか?」
なんの突拍子もなく、お箸を置いた紗雪が言う。
誕生日か。去年は服を買ってあげたな。初めの年は連絡用にスマホ、翌年は暇つぶし用のゲーム。紗夜が高校に通いだしてからゲームなんて一緒にする機会が無くなったんだけどね。
「そうだね。なにか欲しいものでもある?」
「欲しいものと言いますか、明後日は私とずっと一緒にいて欲しいです」
「ずっと?」
「はい。ずっとです」
最近では見ない真っ直ぐな眼差しに、危うく許可を出しそうになる僕だったけど、会社のことを思い出して開きそうになる口を止める。
「一応明日上司に聞いてみるけど、あまり期待しないでね?」
「嫌です。絶対に開けてください」
無理なお願いをする紗雪に、目を見開いて驚きを見せる僕。
紗雪がお願いをするなんていつぶりだろうか。数ヶ月前?それとも一年前?……いや、初めての経験かもしれない。
僕は、どれだけ本気かが分かる紗雪の目を見つめ返し、微笑みながら言葉を返した。
「うん。頑張るけど、無理だったら諦めて別の日にしよっか」
やはり、絶対に明後日が良い紗雪はまた目を伏せ、拗ねた子供のように頷く。
当時僕が書いていた紗雪のキャラ設定とは真逆になってしまったな。三次元に来ることで感情が宿り、その都度の出来事で性格が変わるようになったんだな。
人間性が出て良いとも思うけど、自分が考えたキャラだけに少し悲しいな。
そんなことを考える僕だけどふと、最近では触れていない話題を思い出した。
「あれ、明後日って平日だよな。学校は?」
「…………休学」
どことなく言いにくそうに口を開いた紗雪は相変わらず顔を伏せていた。
休学?そんな連絡、僕には来てないけど……。僕の知らないうちに休学になったのか?
そんな疑問を持つ僕だが、紗雪の真面目さと、警戒心不足から紗雪の言ってることを信用してしまった。
紗雪が三次元で高校に行き始めたのは2年前からだ。二次元では高校2年という設定だったため、頭脳は高校2年生……いや、高校3年生ほどの知識はあったのだが、こちらの世界では高校受験どころか中学も行っていない。
そんなのでは入学はできない……と、言われるかもしれないけど、ここは三次元。ほとんどのことがお金で解決できる世界だ。
幸運なことに、僕は働き者のおかげでお金は有り余っている。税金を取られようが、好きに買い物をしようが、口座には数億のお金が入っている。
お金を払い、学力も運動能力も兼ねそな得ている紗雪なら入れてくれるだろうと思った。結果的にすんなりと交渉が成立し、一年生からにはなるが、紗雪は高校に入学することが出来た。
少々悪役が過ぎると言われれば耳は痛いが、この世界では高校に行っていないとまともに職にもつけないんだよ。
高校に行くと決まった時こそいやいやと首を横に振っていた紗雪だけど、時が経つに連れて首を振らなくなり、なにも言わずに高校に向かうようになった。丁度その時期から口数が少なくなったのだけれども。
僕が悪いということは分かっている。でも、それぐらいのことをしないとこの世界では生きていけないんだよ。
翌朝、目が覚めた僕は洗面所で髪を直し、歯を磨いて部屋でスーツに着替える。
この時間帯はまだ紗雪が起きて来ることはなく、物静かな寒い家に一部屋の電気が目立つ。
だけど、部屋の電気をすぐに消した僕は始発の電車に間に合うようにカバンを持ち、紗雪を起こさないように玄関を開ける。
「行ってきます」
返ってくるはずもない静かな家に、小声で言葉を言い残した僕は急いで駅へと向かう。
ここ数年、僕が会社に馴染んでき始めた頃からまともに朝食が食べれていない。紗雪がやって来た頃はまだ余裕はあったのだけど、最近ではそんな余裕はない。
始発の電車で会社に行き、終電……最悪なときには始発の電車で家に帰ることもある。いわゆる僕が働くところはブラック会社というやつだ。
まぁでも、ブラック会社で働いているのは当然の報いだと思う。紗雪とは違って、僕は高校に行ってないのだから、僕を拾ってくれたこの会社には恩しかない。
「遅いじゃないか月上」
「す、すみません」
僕がフロアに入ると、何人かの社員はパソコンを打っており、24時間以上会社にいる人も入れえば、僕よりも早くに到着した人もいる。
僕が会社に到着したのは5時45分。始業時間が6時で、僕的にはかなり早くに来たほうだった。だけど、どかどかと腕時計に指をさし、激しく貧乏ゆすりをする上司が声を荒らげて言った。
「なぜ毎回言っている1時間前行動が出来ないんだ?何度言えば良いんだ?なぁ!聞いてんのか!!」
荒らげた口を怒声に変え、机を思いっきり叩き、僕の上司は薄くなった髪を荒々しく掻きむしる。
それ以上髪の毛をいじったら全部抜け落ちるよ、という呑気な思考は僕にはなく、かといってうろたえることもなく、ただ立ち尽くしてはい、すみませんと言うばかり。
周りの人間は怒られたくないのか、上司にそれは間違っているという言葉を発することもなく、ただただ立ち尽くす僕を見て見ぬ振りをするばかりだ。
これが二次元ならどこぞのヒロインが助けてくれるんだろうな。紗雪が元いた世界ではこんなことはないんだろうな。
紗雪への妬みなのか、自然と僕は二次元の世界を想像してしまう。さすれば上司は僕が話を聞いていないと勘違いし、立ち上がって僕の方に詰め寄ってくる。実際、話は聞いていないけど。
「聞いてんのかって言ってんだよ!また減給されたいのか!」
「いえ……」
「なら俺の話をちゃんと聞け!」
「はい」
「……もういい。さっさと働け」
詰め寄ってくる上司にも微動だにしない僕を少し不気味だと思ったのか、はたまた魂が宿っていないと見えたのか、暴力を振るうこともなく言葉を言い残した上司は元いた席に戻っていく。
やっと上司から開放された僕も自分のデスクトップ前に移動して椅子に座る。
そして1つ溜め息を吐くとキーボードを打ち始めた。
入りたての頃の終業時間の20時、僕は一枚の申請書を持って上司の元へと向かっていた。
「有給申請?なんだよこれ」
両手で上司に差し出す僕の顔を、険しい目で睨みつける上司。
「明日、少し外れることの出来ない用事がありまして……いきなりすみません」
上司の言葉に素直に答えた僕の手から、勢いよく申請書を引き抜くと、僕に見せつけるように目の前で破り始めた。
あぁ、ごめんな紗雪。明日はやっぱり無理そうだよ。せっかくの誕生日、ずっと一緒にいてあげたかったな。
届かぬ思いを心の中で言う僕のことなんて知らず、上司は追い打ちをかけるように破り、散り散りになった申請書を床に投げ捨てて去り際に、
「今日、残業な。あと、床に落ちてるゴミ、拾って捨てておけよ」
「……はい」
肩を掴まれながら言われれてしまえば素直に聞く他になく、僕は腰をかがめて床に落ちる有給申請願いを拾い始める。
そうだよな。いきなりだからそりゃ受け取れないよな。僕だっていきなり明日、有給もらってもいいですかと言われたら困惑してしまうし。……こんな三次元に、なんで紗雪は来てしまったんだ。
ふと思った疑問だが、考える時間も無駄になるぐらい僕の机に置かれていた大量の資料を見て一瞬吐き気を覚えた。
流石にここで吐いてしまえば上司だけではなく、周りにも迷惑をかけることになるので素直にトイレに行くことにした。
個室に入る時には吐き気は収まっており、念の為に便器に前屈みになった僕はポケットからスマホを取り出した。
明日無理なこと、紗雪に言わないとな。
連絡アプリを開いた僕は、僕と紗雪のツーショット写真がアイコンのトーク画面を開く。
『ごめん、有給取れなかった』
画面に指を走らせ、短い文を打ち終えて送信する。すると、返信はすぐに返ってき、画面には『いやです』という僕よりも短い文字が映し出されていた。
『いやって言われても無理なものは無理なんだよ』
『なら、今日は帰ってきてください』
『今日は帰れそうにない』
『いやです。私を使ってでも良いので帰ってきてください』
紗雪を使ってでも?どういうことだ。仕事を手伝うにしても、初めてなのだから逆に遅くなるかもしれないし、隣で応援されたらそりゃ頑張れるけど、仕事が早くなるかと言われればそうでもない。だったら本当にどういうことだ?
自問自答する僕をよそに、トーク画面には一枚の写真が貼られた。
上乳に白銀髪を乗せ、目は見えないように手で隠し、見るからに服は着ていない。言うなれば男を誘うような写真に僕は心にざわつきを覚える。
そして勢いよく指を走らせて情動的な言葉を送ってしまう。
『どういうことだよこれ!何してるのか分かってるのか!?』
『分かってる。それほど、今日は帰ってきてほしい』
僕が感情的なのに反し、紗雪は文面からでも分かるほどに落ち着いていた。
年上として、この世界の先輩として、紗雪が落ち着いているのに僕が落ち着いていないのはダメだと思い、落ち着くための深呼吸をした。
紗雪にとって誕生日というのはそれほど楽しみな日なのかもしれない。それこそ自分の体を使ってでも僕を帰らせようとするほどに。
『本当に良いんだな?』
『うん』
紗雪から返信が返ってくるのは少しの間があったが、紗雪が良いというのならこれを使わない手はない。
紗雪の返信を最後に、吐き気のことなど忘れ去った僕はトイレを後にする。
そして僕が向かったのは喫煙所にいるであろう上司の元だ。案の定、何本目かもわからないほどのタバコを吸う上司は喫煙所にいた。
喫煙所に入る前に、1つ深呼吸をした僕は交渉の算段を立てて戸を引いた。
「度々申し訳ございません」
「また月上か。次はなんだ」
呆れ混じりの睨みを効かせる上司は僕の右手に持つスマホに視線を向けた。
「俺と話すときにスマホを持つのか?仕事中にスマホを持っていいなんて俺、言ってないぞ?」
「分かっています。今回はこれを使って交渉をしようと」
そう言った僕は先程紗雪に送られた写真を開き、見せつけるように突き出す。
「なんだ?これを俺に見せつけてどうにかなると思ってるのか?」
更に睨みを効かせる上司はスマホから僕の目に視線を移し替えるが、チラチラと写真に目が行っていた。
風の噂ではあったが、上司がお金を使って女子高生と不純なことをしているということは聞いていた。
賭けにはなるが、これで釣れるのなら今日は帰れそうだ。
「実は、僕の家に従妹が来てまして、この子、欲求不満なんですよ。従妹だから僕にはどうすることも出来ず、上司に頼ろうかと思いまして」
「なるほど。その代わり、明日は休ませてほしいと?」
流石に上司ともなれば頭は回るようで、僕の考えはバレバレのようだった。
「願わくばそうしていただければ嬉しいのですが……」
「それは無理だな。だが、今日は早めに帰っていいぞ」
「ありがとうございます。また今度、紹介します」
先程の仕返しも込め、去り際に僕が言うと、それもを分かっていたように上司は戸に手をかけた僕の肩を捕まえた。
「今日はもう帰ってもいい。だが、明日はちゃんと来いよ?今日みたいに遅刻はするなよ」
声のトーンを1つ下げた上司は言い、脅し半分、約束は破るなよという意思が感じ取れる。
別に、遅刻はしてないんだけどな……。
「はい」
明日は来るつもりだが、当然紗雪のことなんて紹介をするつもりはない。
1つ返事を返した僕は喫煙所から出ると、荷物を取りにオフィスへと向かう。喫煙所は防音性なのか、僕と上司の会話は誰にも聞こえることはなかったが、怪しい会話をしていたということは分かったらしく、僕に冷めた視線を送る社員達。
この会社に入ったときからそうだったけど、この冷めた視線は差別的なものだろうな。中卒のお前に何ができるんだ的なやつだ。
自分で言うのもなんだが、この会社の売上トップは僕。まぁ、それが仇となって優遇されているんじゃないかと妬みも向けられるんだけどな。
おかげで会社には友人の一人もおらず、色恋沙汰なんて全くだ。
紗雪がいるから別にいいんだけど。
荷物を取った僕は冷めた視線を浴びながらも会社を後にする。
他の会社の人だろうか……居酒屋の前を通ると酒臭いおじさんが部下らしき年下の男の肩にしがみついていた。
その少し先ではいい感じの雰囲気になっているスーツ姿の男女。ほんのり頬を赤らめてホテル街に向かっている。
最近では見ない光景に多少の羨ましさはあったものの、家で待つ紗雪のことを考えれば自分の方がいい暮らしをしていると思える。
きっとこれが人妻を持った感覚なのだろう。家に帰れば美味しいご飯、定時に帰れて喜ぶ可愛い紗雪、ゆっくりと寝れる安心感。
そんな事を考えていると自然と軽くなる足は改札口をくぐっていた。
そういえば、早帰りできること紗雪に言っとかないとな。
ふと思い出した僕はスマホを取り出すと相変わらずの手付きで紗雪に返信した。
と、丁度のタイミングで電車が来たことによってスマホはすぐにしまったが、チラッと見えた紗雪の文面に更に心が軽くなる。
『やった!御飯作っときますね!』
この時間帯は帰宅ラッシュ時ではないためか、席がかなり空いていた。端に座る僕とサラリーマンやどこかで遊んでいたのであろう女子高生。流石に小学生や子供連れの母親はいなく、静かな電車に僕は腰掛けた。
いつもはもっと少ない。というか、僕一人だ。休日前なら飲み帰る男性や女性が多数いるが、今日は別に休日前でもない。先程おじさんが居酒屋前で酔っ払っていたのはなにかいいことがあったからだろう。そうじゃないとこんな平日から酒を飲む訳がない。
あくまで個人的な意見を目を閉じて考える。時間の余裕が出来たからなのか、思考はいつも以上に他事を考えられる。今日のご飯はなんだろうか、紗雪はあんな写真を送ってなにも思わなかったのだろうか、明日の誕生日プレゼントは何を買おうか。
気づけば紗雪のことしか考えていない僕に驚く。考えることなら他にもたくさんあったはずだ。会社がブラックなら転職するとか、小説の物語を考えるとか。だけど僕はそんな事を考えるよりも真っ先に紗雪のことを考えていた。
……きっと、これまで生きていけてたのは紗雪のおかげだな。小説で紗雪を書くことで生きる源を補充していた僕だけど、今では三次元の紗雪のおかげで生きていけてる。こっちの世界に来てくれた紗雪には感謝しかない。
うとうととする体をなんとか起こしながら、アナウンスで知らされた駅名で立ち上がり、つり革に捕まっていつでも降りることができる状態にする。
もし、紗雪がいなかったら僕は今頃――
考えたくもない想像は電車の扉が開かれると同時に掻き消し、眠気からか、少し重くなった足で電車を降りた。
玄関の扉を開けると、すぐそこには紗雪が立っており、今か今かと待ち望んでいたかのように僕の手を取る。
「おかえりなさい!」
ココ最近では見なかった笑顔に、僕は心が安らぐ。
何に対する笑顔なのかは分からなかったが、とにかく紗雪の元気そうな笑顔を見れただけで僕は嬉しい。
「ただいま。随分と元気だね」
「そ、そうですか?」
「元気というか、張り切ってる?」
「張り切っていると言われれば……確かにそうかもしれないですね。と、とりあえず先にお風呂に入ってきてください!」
半強制的にバッグと上着を脱ぎ取った紗雪により、特に反対する理由もなかった僕は「分かった、ありがとう」という言葉を返してお風呂場へと向かった。
紗雪がお湯を張ってくれていたおかげで久しぶりの長風呂が出来た。
身も心も温まりきった僕はドライヤーで髪を乾かす。すると、リビングの方からいつもとは格別な匂い、言うなれば高級ホテル感の匂いが漂ってくる。
そんな匂いにつられ、多少乾いてなくてもいいかという気持ちと一緒にリビングへと向かう。
「あっ、丁度ですね」
机にお皿を並べ終えた紗雪は扉の前に立つ僕に振り向き、自慢げにはにかむ。
本当に久しぶりだった。丹精込めて食事を作り、僕に褒められたいがために自慢げに胸を張る。三次元に来たときのことを思い出させるような笑顔に、僕は思わず見惚れてしまっていた。
扉の前で立ち尽くす僕を不思議に思ったのか、紗雪は首を傾げて言った。
「どうしました?」
「あ、いや……なんでもないよ。食べよっか」
「はい!」
気にするなと首を振った僕と、陽気に頷いた紗雪は手を合わせてからローストビーフやらカニクリームコロッケやら、家で作るのには難しい晩御飯を食べる。まるで最後の晩餐のように、豪華な食事を。
紗雪がお風呂に入り、僕はベッドの上に腰掛けていた。
晩御飯を食べ終わった後、紗雪がお風呂に入る前に「部屋で待っていてください」と微笑みながら言ってきた。
手を後ろに付いて天井を眺めながら疑問に思ったことを考える。
僕の部屋にはなにもないぞ?買ったゲームも紗雪の部屋にあるし、テレビもリビングだし……じゃんけんでもするのか?そんなわけないか。
自分の面白くないボケに自嘲する僕はパタンとベッドに横たわる。
なら、プレゼントを期待してるのかな。ごめんだけど、全く準備できてないや。この事を考えて前もって準備しておくべきだったな。
準備不足な過去の自分に悔しさを投げつけるが、当然キャッチするのは自分なので一瞬心が締め付けられる。
僕は紗雪が悲しむ顔を見るのが嫌なのだろうか。そりゃ可愛い子の悲しむ顔なんて誰であろうと見たくはない。だけど、この感覚は紗雪にしか持っていない。むしろ、紗雪にしか持てない。
「ほんと、この気持ちを早く捨てないとなぁ」
口に出して呟いた僕は光が入らないように閉じた目の上に腕を乗せ、ベッドに体を預け始める。
今年のプレゼントはなににしよっかな。服は去年買ったし、ぬいぐるみは子供すぎるしなぁ……。一日だけ、時間を気にせず過ごせる日があったらどこへでも連れて行くんだけどな。最初の頃みたいに……。
日頃からの疲れなのか、それとも豪勢な食事を食べた後だからなのか、僕は重くなった瞼を開くこともなく、電気をつけたまま意識は眠りに落ちていった。
誰が開けたのか分からない窓から入る光と凍りそうになる風、そして胸の中で動く物体と顔の前にあるスマホの着信音で目を覚ます。
未だにボーッとする頭が手でスマホを握ろうとするが、胸の中にいる物体が僕よりも先にスマホを取った。
あっ、という間抜けな声をあげた僕は見開きな目のまま、窓を見て、胸の中へ視線を下ろした。
胸の中には白銀髪の美少女が僕の鳴り止まないスマホを見つめ、上目遣いに僕を見上げていた。
そんな目から顔を逸らすように頭上にある時計に目を移すと、
「7時!?やばっ!」
胸の中にいる紗雪のことなど一瞬にして忘れ去った僕は体中に冷や汗をかきはじめる。
今の状態でも1時間の遅刻、今から準備して行くとしたら2時間の遅刻。昨日早く来ると言ったばかりなのに完全に寝過ごした。アラームがなっても起きないほどの熟睡をしてたのか?いやいや、あの音を嫌になるほど聞いてきた僕が起きないわけがない。
とにかく今は電話に出ないと。
明るい外と時計から電話の人物を導き出した僕は慌てて紗雪からスマホを取って起き上がろうとする。
「ちょっ!それ、上司から!」
若干荒れ気味に言う僕に紗雪は言葉を返すこともなく、起き上がろうとした僕の上にまたがりだす。
「ごめんね。月上さん」
そう言うと、紗雪は僕に見せつけるように上司からの着信を拒否し、スマホの電源を落としたのだ。
「なにしてんだよ!」
朝とは思えない声をあげた僕は目とおでこを両手で覆うように力強く抑える。紗雪に怒声を浴びせてしまった自分を責めるように、これからどうしようという心配を押さえつけるように。
「何勝手に着信拒否してるんだよ……!なんで僕を押さえつけるんだよ……!!」
歯を食いしばり、感情を抑えようとしながらも僕は上に乗る紗雪を睨みつけようと顔を鷲掴みにしていた手で紗雪の肩を掴む。
瞬間、僕は息を詰まらせた。
「なんで……紗雪がそんな顔するんだよ」
自分がやったことなのにも関わらず、紗雪は愁い顔を浮かべていた。
僕の姿に幻滅してそんな表情が浮かんだのか、それとも僕の心境を心配しているのか、僕が取れない位置にスマホを置いた紗雪は僕の頬をそっと撫でた。
「それはこっちのセリフだよ。なんでそんな顔をするの?私がひどいことしたのに……なんで私に心配そうな目を向けるの」
心配そうな目?僕が……?
紗雪にそう言われ、心の底に罪悪感があることに気がついた。この罪悪感は昨夜眠ってしまったことだろうか、それとも怒声を浴びせてしまったからなのだろうか。
……怒声を浴びせて、紗雪は大丈夫だろうか。
昨夜眠ってしまい、紗雪は心に傷を追っていないだろうか。たった今の怒声で紗雪は悲しい思いをしていないだろうか。
罪悪感の元はすべて紗雪に関してだった。
会社への罪悪感などでもなく、上司への罪悪感でもなく、目の前にいる紗雪にだけだった。
「月上さんは、きっと私のことを第一に考えてくれているんでしょ?」
「もちろんだ。君のおかげで生きて、君のために仕事を頑張っている」
「それはとても嬉しいです。でも、なんで私のことを――いえ、この続きは後にしましょうか」
言葉を言い淀んだ紗雪はゆっくりと僕の耳元に顔を近づけ、僕の事を心配するような声音で言葉を発した。
「会社なんてサボって、私と一緒に出掛けましょう。私への誕生日プレゼントとして」
今の僕には会社のことしか頭にはない。だけど、紗雪の覚悟を決めた目を見て、僕は縦に顔を振るしかなかった。
明日から、どうしよっかな。
そんな僕の心を読んだかのように、紗雪は口を開く。
「明日なんて考えなくて良いんです。今日は――今日だけは私のことだけを考えてくださいね」
いたずらっぽい笑みに変えた紗雪。
明日からも私のことを考えてくださいではなくて、今日だけか……それは無理だよ。僕が――
体の上に乗る紗雪によって僕の思考は遮断され、ではという言葉で僕の上から降りる。
「着替えましょうか。これからデートですよ!」
昔のようにコロコロと表情を変える紗雪ははにかみ、タンスから僕用の服を選んでは取り出し、起き上がる頃には既にカーペットの上に並べ始めている。
どうせそんなことがすぐに起こるわけもないかと自己解決した僕は体を起こし、会社のことを改めて考える。
まぁ、ここ一年……下手したら約2年もの間無休で働いていたんだから今日ぐらい上司も大目に見てくれるだろう。
今度はポジティブな思考で、自分に甘い言葉をかけた僕は紗雪に仕立てられた服を着るのだった。
……なぜに待ち合わせ?
公園の時計台の前に立つ僕は数分前に紗雪に言われたことを思い出す。
『デートなんですから待ち合わせをしましょう!』
にこやかに笑いながら言う紗雪に僕は、素っ頓狂な声しか出なかった。
だってそうだろ?一緒の家に住んでいるのに待ち合わせをする必要がない。なんならこの時間すら無駄であると感じてしまう。僕は今すぐにでも紗雪に誕生日プレゼントである、デートに行いたいと思っているのに。
暫く手を擦り合わせて体を温めていると、温感をぐっと高める白のキーネックケーブルニットに、下にボリュームが出るロング丈の紺色のフレアスカートを着こなした白銀髪の美少女がやってきた。
耳に髪の毛をかけ、おまたせしましたと言う言葉を腰をかがめて上目遣いに見上げながら言ってくる。そんな行動をされれば胸が高鳴ってしまうのも自然のうち。なんとか胸の高鳴りを抑えた僕は落ち着いた口調で言葉を返す。
「似合ってるじゃん」
「ありがとうございます。月上さんも似合ってますよ」
「そりゃ紗雪が選んだからな」
「ですかね」
にへへと頬を緩ます紗雪は僕の手を取り、では行きましょうかと元気よく言った。
今に思ったことではないけど、なんでこんなに可愛いんだろうな。まぁ、理由は明確か。二次元の存在なのだからそりゃ可愛いに決まっている。それに俺のドタイプなヒロインを書いていたんだから可愛くないわけがない。
紗雪に釣られるように僕も笑みを零し、握られた手を握り返して隣を歩き始める。
「どこか行きたいところはある?」
「あります!遊園地に行きたいです!その次は水族館、次の次は街を歩いて、次の次の次は――」
このままでは無数に行きたい場所が出てきそうな紗雪の言葉を遮って口を開く。
「わかったわかった。行きたいところに行こうな。でも一日では全部回ることはできんぞ?」
「全部流し見でも良いので今日一日で全部行きたいです!」
一応僕のお金で行くんだけどな……?なんて言葉は目を輝かす紗雪を目の前に言えるわけもない。それに、君のために仕事を頑張っていると言った以上紗雪にお金を使うのは当然のことだ。
まぁ、そんな義務感がなくとも僕の意思で勝手に紗雪にお金を使うのだけど。
「わかった。じゃあ早速遊園地に行こうか」
「はい!」
ふと、僕は1つ不可解なことが脳裏によぎる。
この順番って、紗雪が三次元に来てから一緒に出掛けた場所の順番……?いや、流石に考えすぎか。少し離れた場所から行くなら自ずとこの順番にもなるよな。
一瞬紗雪になにか思惑があるのじゃないかとも思ったが、隣で歩く紗雪の楽しそうな姿を見た僕は特に気にもとめず、昔の紗雪に向けていた目で駅の方へ歩きだす。
電車に揺られ、5駅ほど離れた場所にある遊園地に到着した僕と紗雪はチケットを買い、平日のおかげで人が少ない遊園地に入っていく。
「平日は良いですね。人が少なくて助かりますよ」
「だな。今なら何でも乗れそうだけど、本当に乗らないのか?」
「はい。今日は見るだけでいいので」
見るだけでいい?せっかく遊園地に来たのだから乗ればいいのに。相変わらず手を繋ぐ僕たちの間には妙な静けさが流れる。懐かしさを感じるような目で乗り物たちを見やり、かと思えばチュロスを見てまたもや懐かしさにしたり出す。
どこか様子がおかしい紗雪に、僕は首を傾げて問いかけた。
「どうしたんだ?食べたいなら買うぞ?」
「そうですね……なら、買ってもらいましょうか」
紗雪の言葉を聞いて頷いた僕は繋いでいた手を離す。すると、なぜか名残惜しそうな目を向け始めた紗雪はチュロスを買いに行こうとする僕を止め、両手で慌ただしく僕の右手を握りしめた。
「や、やっぱりいいです!このまま歩きましょう!手を繋いで!」
「え、あ、おう」
ほんのり頬を赤く染める紗雪に動揺を隠せなかった僕はうろたえながら反応を返してしまう。
そんな僕を変だと思ったのか、先程の慌ただしさとは打って変わって紗雪はクスクスとほくそ笑む。
「ふふっ、すっごく動揺してるじゃないですか」
「そりゃするって……」
いきなり美少女に寂しそうな目で手を握られるんだぞ?動揺しない人なんて絶対この世にいない。
改めて手を繋ぎ直した僕と紗雪はチュロスを買わないことを決め、相変わらず懐かしさを感じる紗雪に疑問を持つ僕だけど、時折見せる紗雪の笑みでそんな疑問を掻き消す。
「あれ、遊園地に来て一番最初に乗ったやつですよね」
「紗雪がビビってたやつだっけ?」
「ち、違います!」
自然と僕も懐かしさに浸りながら紗雪と乗り物を指差しながら会話を楽しむ。
乗り物にも乗らず、食べ物も食べなければ遊園地などあっという間だった。だけど、会話が弾んだことで想定していた時間を数十分過ぎていた。
まぁ、今日一日遊べるし大丈夫か、という結論に至った僕と紗雪はゆっくりと駅まで歩き、水族館がある西向きの電車を待つのだった。
水族館でも紗雪は過去を思い出させるような言葉を僕に問いかけ、笑顔で魚たちを見ていた。
ただ単純に紗雪を見れば楽しそうにはしゃぐ女の子だけど、数年間隣にいたからだろうか。僕には紗雪の笑顔の裏に、儚さが見えてしまった。
僕の思い込みだということを信じたいのだけど、今日の紗雪の行動を見ていて気のせいだと断言することも出来ず、あっという間に日は暮れていた。
「あっという間でしたね」
「だな」
手を繋ぐ僕と紗雪はクリスマス色に飾られたイルミネーションの間を歩く。
都会だからか、電気代のことなんて気にせずあちらこちらの木や店から綺麗な光が放たれていた。
そんな光たちに目を輝かせる紗雪だけど、握る手の力が強くなることに僕は気づいた。
……焦っている?いや、怯えている?そう思ってしまうほどに紗雪の手には汗が滲み、小刻みに震えていた。
「なにかあった?」
「な、なにがですか?」
僕の言葉に明らかに動揺を表す紗雪だが、このまましらばっくれるつもりなのか僕から目を逸らして言う。
そんな状態で、それも手を繋いでる僕に知らないふりが通用すると思ってるのか?頭のいい紗雪なら分かってると思うけど無理だ。
「なにか、怯えさせることした?」
「い、いえ!本当に違うんです……。ただ……」
言いにくいことなのか。
言葉を言い淀む紗雪に、僕は近くにあったベンチを指差し、座ろうかという言葉も付け加えて言う。
僕の言葉に素直に頷いてくれた紗雪と、一緒にベンチに腰掛けて質問を投げかけた。
「さっきの続きだけど、『ただ』の後には何が来るの?」
正直すぐにでも聞き出したいという気持ちはあるけど、無理に言葉を引き出そうとすると言えるものも言えなくなるのは当然のことだ。だから僕は優しく、震える手を鎮めるように背中を撫でながら僕は声をかけた。
すると紗雪は空いている左手を右の二の腕を擦りだす。そして、ゆっくりと口を開きはじめる紗雪は少しか細い声で言った。
「私……なんで、この世界に来てしまったのでしょう……」
紗雪の言葉に僕はほぼ無意識に目を見開いていた。だって、こっちに来たときにその理由を述べていたのだから。
だけど、それは紗雪も分かっているようで、次いで言葉を紡いだ。
「私が月上さんを助けたいからこっちの世界に来たというのが私の意思です。ですが……私、月上さんを助けるどころか、金銭面的にも、楽しさすら与えることが出来ませんでした」
自暴自棄になる紗雪は手……どころか肩までもが震え始める。
これ以上自分を攻め続ければまずいと思った僕は慌てて紗雪の手を両手で包む。
「そんなことはない!僕は君がいてくれたから毎日が楽しかったし、毎日が幸せだった!朝も言ったけど、君のために働いているんだから金銭面なんて気にしなくていい!」
この言葉は僕の、僕自身の本心だ。何ひとつ嘘もついていない。でも、紗雪は小さく首を振ってくる。
「私のおかげで毎日が楽しいなら、光の宿ってない目なんてしない。それに、月上さんは自分を締め付け過ぎて私のことを見てくれなかった!」
きっと、これが紗雪の本心なのだろう。今朝言い淀んだ言葉を今口にし、今にも泣きそうな目で僕のことを見つめてくる。
僕は、なにも言えなかった。実際そうだったのだから。会社のことや会社での人間関係で一杯一杯になり、周りが見えてなかったのだ。紗雪が敬語になったときも特に質問をすることはなく、今では戻っているものの、自分を閉じきっていた紗雪の性格にも心配をすることもなかった。……いや、気づかなかったが正しいか。いつの間にか口調が変わり、いつの間にか自分を閉じきっていた。
昨日、紗雪の性格が戻ったということに気がついたのは電車の中で今までのことを振り返る時間があったからだろう。
ほんと……僕ってなんで生まれてきたんだろうな。
自分で創作した目の前の白銀髪美少女にすら気をかけられていなかった。なら、僕は他に誰のことを気をかけることができるんだ。
「……ごめん」
ただ一言、スルッと紗雪の手から離れた僕の手を見下ろしながら言葉を零す。
きっと、この時の僕も紗雪と同じで自暴自棄になっていたのだろう。思考を働かせることもせず、ただ紗雪に謝る言葉を探していた。
「今だから言いますけど。私、実は学校でいじめられていたんです」
「ッ……!」
いじめられていた?紗雪が?頭がいい紗雪が?運動もできて美人な紗雪が?
僕の中には戸惑いと怒りが入り混じったなんとも言えない感情が湧き上がっていた。だけど、自暴自棄になっている僕の頭は思考をすることもなく、ただ言葉を詰まらせることしか出来なかった。
「多分、月上さんは怒ると思って今まで言わなかった。でも、今なら月上さんはなにも言えない。だから……言った」
紗雪は怒りなのか悔しさなのか、何かを食いしばるように力強い声で言ってきた。
少し考えれば理由なんて簡単にわかった。裏口入学がバレたのかもしれないし、才色兼備で容姿端麗な紗雪を妬むものもそりゃいるはずだ。おまけに、この世界なんだから白銀髪の少女を見て差別が起きないわけがない。
堪える紗雪の声を耳にし、徐々に思考が働き始める僕は紗雪の顔を見て、もう一度謝る。
「ごめん、気がつけなくて……」
弱々しい声だったからか、紗雪は僕の手を両手で握ると首を横に振る。
「ううん。私がこの世界に望んできたのだから、謝る必要なんてない。私が謝るべきことだよ。本当に、ごめんなさい」
よく見ると、紗雪の目には涙が滲んでいた。そして目を閉じてニコッと笑うことで瞳から涙がこぼれ始めてしまう。
先程堪えていたのはこれだと僕は思った。もしかしたら堪えていたのは涙だけじゃないかもしれない。その理由は、紗雪の笑顔が吹っ切れたもののように見えたからだろう。
紗雪の謝罪に、言葉を返そうとする僕よりも先に紗雪が提案を出してきた。
「もしよかったら、場所を変えませんか?」
ただ話すだけなら場所を変える必要はない。だけど、紗雪の決心した目を見た僕は頷いた。
階段を登る。どこかも分からないマンションの階段を。
なんとなく、僕はこの後に起こることを予想して心の準備を整えておく。
15階建てのマンションに無断で入り、階段を登るのは罪悪感も来るし、体力的にも苦しかった。
ここ数年、まともに運動してなかったのが仇となったか。紗雪は……体力的に問題は無さそうだ。なんなら僕のことを心配して後ろを向きながら登ってるし……。
肩で息をしながら僕は後ろを向きながら歩くのは危ないぞとだけ紗雪に伝える。
紗雪自身もそれは分かっていたようで、二つ返事で言葉を返すと前を向いて階段を登りだす。
だがやはり僕のことは心配なようで、僕よりも数段下に降りた紗雪は下から監視するように僕のことを見てくる。
苦笑を浮かべながらも、手すりを使って屋上のドア前まで来た僕は倒れ込むように床にお尻をつけた。
「あー……しんどい」
「ほんと体力ないですね」
「ほんとにな……」
ハハハと乾いた笑い声で紗雪に言葉を返す。そして息を整えてから立ち上がり、屋上の扉を開けて紗雪と並び屋上に足を踏み入れた。
夜の屋上といえば満天の星空を想像する人が多いと思うが、少なからず僕の住んでいる地域では見ることが出来ない。
「……雪?珍しいな」
星は見えなかったが、空からはチラホラと小さな雪が降り始める。片手に1つの雪の結晶を乗せるけど、すぐに溶けてなくなる。そんな行動をしていたのは僕だけではなかったようで、隣に立つ紗雪も同じように片手に雪の結晶を乗せようとしていた。
「……ふふっ」
自分と同じ行動をしていた僕を見て面白かったのか、空いていた手で口元を隠しながら笑い始める。
僕も紗雪に釣られるように笑いだし、暫くして息を吐き、気持ちを落ち着けさせる。
「ねぇ月上さん」
「ん?」
「私ね。月上さんのことが好きみたい」
「……そっか」
突然の告白に、表情には出さなかったが僕の心には嬉しさが込み上げてきた。
だけど、それと同じぐらい僕の中には不安も込み上げてきてしまった。そのせいで、このような歯切れの悪い返事を返してしまったのだ。
「やっぱり……私じゃ、ダメですよね……」
僕の歯切れの悪い返事に、拗ねたように顔を俯けさせた紗雪がそう呟く。当然誤解だと問いただそうとする僕は紗雪の頭をそっと撫でながら口を開く。
「僕も好きだよ。紗雪のこと」
「ッ……!本当ですか!?」
「本当。でもね、それと同じくらい不安もあるんだよ」
「……不安?」
「もし、この恋が実ったとしてももしかしたら紗雪は明日にでもあっちの世界に戻るかもしれない」
何度も言うが、彼女は二次元の人間で僕は三次元の人間。どちらも同じ世界に住んでいたのなら僕は心置きなく付き合えたさ。来たときはまだ良かったけど、戻るときになんの突拍子もなく戻られてしまえば僕は会社にも行かず、家にも戻らず、ただ外を彷徨うと思う。そんな事を考えれば自ずと僕の中に不安が込み上げてきてしまった。
こんな思考に陥る僕が悪いと思っている。だけど、一度考えてしまったら――
フワッと女の子特有の匂いが僕の思考を遮断させた。いつの間にか僕は紗雪の胸に埋まっていたのだ。
「さ、紗雪!?」
当然、僕は驚いた声を上げる。だけど、離すどころか更に抱きしめる力は強くなる一方だ。
「なら、あっちの世界に行きましょうよ」
「あっちの世界……」
きっと彼女が言っているのは紗雪が元いた世界のことだろう。自分がこっちの世界に来れたのだから僕もあっちの世界に行けると思っているのだろうな。
冗談はよせよと言いたいところだったが、紗雪がこっちの世界に来たのは事実で、僕があっちの世界に行けない可能性もない。
……なら、可能性を感じてもいいのか?
「一緒に行きましょう。私は、ずっとあなたと一緒ですから」
こくんと頷いた僕の体はゆらゆらと揺れながら屋上の端へと向かい始める。
今朝、僕が言い淀んだ言葉は『僕が死ぬまで君のことを考え続けるよ』だ。当然あの時は死ぬつもりもなかったから余裕を持ってたけど、死んでも沙雪のことを考えられるのならまあいいか。
三次元で紗雪と辛い人生を歩むぐらいなら、二次元で紗雪と幸せな人生を歩む方が良いよな。
ふわりと臓器が浮く感覚がする。
悲鳴も聞こえてくる。
だけど、僕には紗雪がいるからなんでもいいや。
とある警察庁の最上階。タバコを吸うおじさんが資料に目を通して煙と一緒に息を吐いた。
「自殺ね。名前は月上斗羽、中学卒業後に会社につき、7年間働いていた……と。よくブラック企業で7年間も働いてたな」
素直に称賛を送り出すおじさんはタバコを咥え、資料と入れ替わりに机の上から複数枚の写真を取った。
「なんだっけか。探偵が上司から依頼を受けたのが始まりだっけか?」
マンションから飛び降りる前日、前々から様子がおかしかった月上だったが、いつもとは比べ物にならないほどにふらついており、極めつけには月上に見せられた写真。紗雪の裸の写真は全くの別物だったらしい。そんな月上に、その時は話を合わせていた上司もあまりにも気味の悪さに探偵に依頼したらしい。
そして早帰りさせた月上の後を探偵に付けさせたとかなんとか。
「その探偵が撮ってきた写真がこれねぇ」
複数枚の写真を見比べるおじさんだが、理由を知らないものには不自然な写真だった。だって、すべて一人なのだから。
窓から撮ったであろう食事の写真には笑いながら割り箸を握った月上が写っており、お湯の溜まっていない浴槽に裸のままで入っている写真。早朝にベッドの上で頭を抱えて誰かに叫ぶ写真や2人分のチケットを買ってで遊園地に入っていく写真。極めつけにはでマンションの階段を登っていく写真までもがあった。
だが、どの写真にも白乃紗雪と思われる人物が写っていなかった。
「こりゃ薬物のやりすぎだな。写真の至る所に薬がある。確かこっちの資料に」
写真を机の上に置き直し、もう一度資料を取って目を通す。
「あーやっぱり、こいつ薬自分で作ってるじゃん。そんな技術あるなら医療の研究してほしかったな」
月上は昔、会社と平行に大量の薬を作って販売していた。きっと、大量に育てていた植物が処理できなかったのだろう。家の中にまで入ってきた植物は月上のベッドまで伸び、寝て起きれば大麻を吸っている状態だった。
「まぁあくまで俺の予想だが、小説も書いてたらしいから幻想と現実が入り混じってしまったんだろうな。ま、もう終わった話だし良いか」
資料を机の上に投げ捨てるように置くおじさんはタバコを吸い殻に入れ、部屋を後にする。
資料から吹き出た風が1つの写真を目立たせるように周りの資料と写真たちを吹き飛ばす。
その写真に写っていたのは幸せそうに笑う、血に塗れた月上斗羽だった。
なんと、僕の家には白銀髪の美少女がいます。 せにな @senina
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