就職活動

 私ことセスティ・フローレスは陛下直属である魔物征伐軍レキウス伯爵領駐屯地。その最高権力者である1000人隊長だ。


「それで?こいつらか。軍への入隊希望者は」

「ハッ!この三人でございます!」


 通常、私のような権力者はわざわざ新人の採用に、しかも募集期間でもないのに顔を出したりはしない。そして私は女だ。やはり男ではないということで、色んなところか睨まれている以上このような舐められる行為はなおさらしない。


 なのに何故出てきたのか。それは――


「よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします!」

「フローレス千人長ですね?よろしくお願いします」


 この三人の容姿が問題なのだ。


 服は庶民の物ではあるが、ある程度上等な仕立ての旅の服。ここまではいい。けれども明らかに容姿が一般庶民ではない。


 金髪の少女。おそらくこの国の高位貴族の娘。所作が貴族の令嬢が習うように綺麗であるし、誰かはわからないけれども見覚えのある顔をしている。


 次に黒髪の少年。異国風の顔立ち。おそらくオリエント……いやそれよりも遥かに東かもしれないが、とにかく異国の貴族。それも騎士に相当する家出身なのだろう。隠そうとしているようだが、明らかに歩き方に隙がない。……あと、足運びが私と違う。これも異国の戦闘術なのだろう。


 最後に黒髪の少女。この少女も少年と同郷。ただ、戦士ではない……いや、少年が護衛で少女がお嬢様ということもあるか。まぁ、おそらくこの少女も普通ではない。


 まぁ貴族の子女が入隊を希望すること自体はある。けれども問題なのが、貴族の子女が何の前連絡もなしに入隊を希望していると言うことだ。


「……なるほど。三人の熱意はわかった」

「じゃあ――」

「だが、その前にに聞いておきたいことがある。軍人というのは危険な仕事だ。それに就こうとしている事を家の人は知っているのか?」


 そう。ここが、ここが重要なのだ。これでもし、この子達が了解をとっていなかった場合、若くついでに女である私の首など簡単に飛ぶ。


「私たち両親はいないんです」


「……三人ともか?」


「「はい」」


 ふぅ……嘘はついていない。だけれど最近貴族家が取り潰しになったという話も聞いていない……これは、いないということにしろ。そういうことか


「わかった。三人の入隊を認めよう」


 二人が嬉しそうに礼を言ってきた。うん。二人は性格が良さそう。黒髪少女……黒小女は生意気。私の嫌いなタイプだな。


「……ただ所属部隊を決める為に試験は受けてもらう」

「「はい!」」


 文句も内容でよろしい。貴族の子女という事で苦労しそうだが、これならまだ大丈夫そうだ……それで、黒少女はどうした?


「一つお願いが」

「何だ」

「リディア。金髪は以前、男に乱暴をされかけた事があり男性が苦手です。なので女性が多い部隊があればそこに入れてもらえないでしょうか」


 なるほど。どのような理由があって軍に入れたのか分からないが……軍に入れておいて娘を傷物にしたくない、などという腑抜けた貴族が裏にいるな?ふむ、これで大分絞り込めた。まぁ、絞り込めたと言っても3割減っただけなのだが。


「……いいだろう。女性騎士で編成した精鋭部隊が存在する。そこに入れてやろう」

「ありがとうございます」

「ありがとうございます!」


 何がありがとうございます、だ。ほぼ命令だろうに。


「あ、言い忘れていましたが弥々は大丈夫です」


 つまり、この少年を金髪少女と同じ隊に入れろと……いや、この黒少女もか。


「わかった。それでは、ザック100人長。後はよろしく」

「はっ!了解いたしました!」


 とりあえず、相手が誰か分からなければあの三人に対する扱いを決められない……もしかして、これは余計な仕事を増やすという新手の嫌がらせか?


 そんな事を思いながら私は仕事に戻って行った。……彼らの身辺調査をしようと思いながら。


 §


「美人だったな。フローレス千人長」

「はい。すっごく綺麗でした」

「バカ言ってんじゃないわよ。ほらどこかに着きそうよ」


 目の前を先導するザック百人長の後を追い廊下を歩いていると、開けた学校のグラウンドのような場所に出た。


(ひろ!?)


「……ここでお前らの実力を調べる。そして、どこの隊に所属させるのかを決める」

「じゃあ早速やりましょうか」


 男のぶっきらぼうな声に続き、何やら高い女性のような声が聞こえた。


「何故、お前がここにいる」

「フローレスに頼まれたんです。それに何やら私の女性騎士百人隊に入る子がいるという話ですから見にきたんですよ」

「……ふん。ならいいが。静かに見ていろよ」

「ええ。わかっていますよ?」


(ザックさんは、この人が苦手なのかな?)


 その女性は緑の髪に緑の目をしていて、何処か浮世離れした雰囲気を漂わせており……ちょっと弥々も苦手かもしれないと思った。あと、

 何故か動きにくそうなローブを着ていた。


「私は女性騎士が所属する百人隊。その隊長をやっているミーティアと申します」

「リディアと言います!」

「玲香です」

「弥々です」


 三人の自己紹介をうんうん。と頷きながら聴きさらっととんでもない事を言い放つ。


「三人とも素直で良さそうです。これなら、うちの隊にも馴染めそうですね」

「俺は男ですよ?」

「……?フローレスちゃんからは私の隊に入れるようにと言われていますよ?」

「はい!?」

 流石におかしいと思ったのか、仏頂面のザックが割って入る。


「おい。流石にそれは間違えじゃないか?」


(そ、そうだ!ザックさんもっと言ってくれ!)


「いえ、私も確認しましたけど間違いではないそうです」


(んなバカな……俺、女性だらけの場所で生きてける自信ないんだけど)


 誰だってそうだ。如何に女性に飢えていようとも女子校にたった一人ぶち込まれることになったら誰だって逃げたくなる。


「………ふぅ。ならこいつらの試験はお前が行え」

「いいんですか?」

「お前の隊に入るんだ。部下の実力は自分で測ったほうがいい。それに俺も忙しいからな」


 そう言い放って唯一の味方ザックさんがいなくなり、弥々の周りは女性比率100%になる。


「では、私が試験を引き継ぎますね。それで試験内容ですが……ちょうどこれから私たちの隊がここを使用する時間なんです。だから、私じゃなくて彼女たちと戦ってもらいます」


 そう言って彼女が指差した方向を見ると……鎧を着た女性たちが続々とグラウンドに入ってきた。その女性達にミーティアは大きな声で話しかける。


「皆さーん。ここにいる三人が新しく入隊するそうなので試験よろしくお願いしまーす!」


 その言葉を聞いた女性達は互いに顔を見合わせて、とりあえずこちらに走ってくることにしたようだ。……弥々に鋭い視線を向けながら。


(胃が痛い)


「百人長。私はこの少女二人は納得できます。ですが、この少年は何故入れるのですか?」

「それが分からないんです」

「分からない?」


(ああ、声に険があるとかそういうレベルじゃねぇ。胃が捩れる……)


「はい。ただフローレスちゃんの意図はこの試験でわかるのではないかと思ってます。なのでよろしくお願いしますね?」

「了解しました」


 ビシッ!と敬礼を返した赤髪のお姉さんは弥々達に向き合い、ガンを飛ばしながら話し始めた

 。


「では、十人隊長である私、アリアが模擬戦相手を務める。異論はあるか」

「「ないです!」」

「あります」

「「――ッ!?」」


(おおい!?何言っちゃってんの玲香さん!?赤髪お姉さんキレちゃうよ!?)


 そんな弥々の懸念通りアリアは目を釣り上げて獰猛に笑った。


「何だ?言ってみろ」

「私戦えないので模擬戦は無駄です」


(そういえば、玲香って運動神経は並だったな。ついでに言えば格闘技もやってなかった)


「………何で入隊を希望した?」

「もしかしたら魔法を使えるかもしれない、そう思ったからです」

「……おい、魔力球体を持ってこい」


 盗賊の仲間になる時、玲香は魔法が使えると自称しただけで実際に使えるわけではない。その存在を知っているだけである。その為、今更格闘術など習いたくない玲香は魔法に賭けることにしたのだ。


「持ってきました」


 そう言って、アリアに手渡されたのは拳大の透明な水晶玉。


「これは魔力球という。一応魔力の有無を確認するための物だが、実質的には魔力がない人間にそれを納得させるための物体になっている。普通魔力持ちは自覚症状があるからな」

「そうなんですか。ではお願いします」


(皮肉に対してブレないな)


 玲香が水晶に触れるとピカッ!と水晶が一瞬光った。


「これは?」

「今まで魔物や人を殺した経験は?」

「ないです」

「魔力持ち……しかもかなり才能がある。魔力量が初期値にしてはかなり多い方だから」

「ふふん」


 何故か得意気な玲香。


(地球出身なのに魔力を持ってる……つまり俺も魔法を使える可能性はある?具体的には空を飛びたい武空術的に)※ドラゴン◯ボール


 そして期待する弥々。ウキウキと魔力球を受け取るも……


「光らない?」

「魔力がないってこと」

「まぁ気にする必要はありませんよ?魔力持ちは世の中の10分の一ですから」

「私は持ってるけどな」

「プッ」


(いや、うん分かってた。基本、俺は脳筋キャラなんだ。そう、基本………例外が来るかもって思ったんだけどなぁ)


 弥々は落ち込んだ。とても落ち込んだ。具体的には空を飛べないことに落ち込んだ。後ついでに玲香に笑われたのが地味に傷ついたのだった。


 §


 そして魔力球は使わなかったリディアから模擬戦が始まろうとしていた。


「リディアって言うんだったか?」

「はい」

「戦い方は自由。魔法でも何でも使ってきていい」

「何でもはダメです。解毒ができない毒および後遺症が残る物は禁止です」

「だ、そうだ……準備はいいな?」


 借りた槍を構えるリディアと、大剣を構えるアリア。

 その二人を囲うように弥々達が円を組み、その中央でさながら決闘のような雰囲気が漂い始める。

 そして、審判役のミーティアが上に手を挙げ――


「では、開始」


 ――振り下ろした。


「【雷撃サンダーショック】」

「――ッ!」


 開始と同時に瞬く閃光。一条の雷がリディアの指から放たれアリアに直撃した。

 これはあのダンギルでさえ一時的に硬直した雷の魔法。横で見る弥々も決まったと思った。けれども


「おいおい。いきなりかよ。それにしても凄い一撃だったぜ」

「えっと、あっさり耐えられた上でそんな事を言われても……」

「はは!私はこの百人隊No.2だぞ?そう簡単に負けるかよ」


 アリアは、自分の周りに薄く水のカーテンを張り感電を防いでいた。

 次はこちらから行くぞ、そう言った次の瞬間にはリディアの目の前にいて


「ハァ!」

「ウッ!?」


 技術も何もないただの力任せの一撃。唐割りに振るわれた大剣を遅れながらも柄を当てて受け流すことで何とか避ける。

 しかし大剣による衝撃波と無理な回避のせいで体勢が崩れてしまった。


「【水刃】」

「【放電】」


 そこにアリアの放った超高圧の水が迫るが、リディアは電気をぶっ放すことで蒸発させ相殺。更に【雷球】で立て直す時間を稼ごうとする。が


「効かない、よ!」

「あっ……」


 今度は水の道を作りあらぬ方向に雷級を放電させ、その間に接近、牽制のためリディアが槍を突き出すもアリアはその大剣で上に弾き飛ばし武装解除。

 そして――


「終わりだ」

「はい!アリアちゃんの勝利で決着です」

「………」


 首は刃を突きつけられ決着。あまりにも一方的な試合展開にリディアは落ち込む。

 けれども、周りで見ていた人の評価は違うようで、ミーティアはリディアを褒め始める。


「リディアさんは魔法が素晴らしいですね」

「ああ。咄嗟の魔法選択もうまいし、それ自体もかなりの威力があった」

「しかも希少な魔法剣士です」

「ああ、だからまだ粗末な槍をどうにか出来れば十分使える、と私は思った。」


 お粗末な槍……そう言われたリディアは自覚があるのか顔を顰めた。

「リディアさんは槍を誰に習ったんですか?」

「えっと、お母さんが素振りの仕方を教えてくれただけで、それ以外は、やってないです」


(受け流しの技術って結構高度な筈なんだけど……リディアって天才さんだったかぁ)


「リディアさんは合格です。これからよろしくお願いしますね?リディアちゃん」

「こちらこそよろしくお願いします!」


 ぱちぱちぱち、と誰かが拍手を始めこの試験を見ていた女性達全員が笑顔でリディアを歓迎してくれていた。


(なるほど……この人達さてはいい人だな?)


 §


「そんじゃ次はお前だ、クソガキ」

「クソガキ……優しいお姉さんは何処へ?」

「間違ったエロガキな。死ね」

「なぜ!?」


 何故か殺意増しましのアリアに慌てている弥々を玲香は内心面白がりながら観戦する。

 弥々は玲香からすれば何処がいいのかさっぱりな長剣を構え、アリアは大剣を構えていた。

 そして――


「ハッ!」

「のわっ!?」


「死ねぇい!」

「ぎゃッ!?」


「弱すぎじゃないかッ!?」

「俺剣使ったことないし!」


(あいつ弱すぎね。素人目でもなってないのがわかるわ……まぁ“楽しそう”だかいいけど)


 もう、見てられないほどに追い詰められており、避けるのが精一杯。リディアのように武器を使って受け流すことも出来てないし、動きがなんか……ドタバタしているのだ。

 そしてついに


「獲った!」

「Noooooooo!」


 弥々の剣が弾き飛ばされた。

 リディア以上に何の見せ場もない試合。流石にお優しいお姉さん方もゴミを見る目で弥々を見つめている。(受験会場に迷惑な騒ぐバカがいる感じ)


 弥々の武器を弾き飛ばしたことで気を抜いたアリアは、流れ作業でその首に剣を突きつけようとするが――


「ハッ!戦うのももったいね―――ッ!?」


 武器を無くし、無防備になった筈の弥々の手が一瞬ブレた。

 それを咄嗟に大剣の腹で受けるも、剣を握るこちらの手が痺れたことに驚愕する。


「何だ、お前」

「アリアさん何でもありって言ってたので素手を使ったんですけど……もしかして駄目でした!?」


 何を勘違いしたのかいきなり慌て始める弥々。

 アリアは何故いきなり強さが変わったのかを聞いていて、素手を注視したわけではないのだが……弥々はちょっと天然が入ってるのだ。


「いや、何でもない……それより早く続きをやろうぜ。私も素手でやるからよ」


 そう言って大剣を円の外に向かってぶん投げファインティングポーズを取るアリア。

 彼女に真正面から相対する弥々も、今度はしっかりと構え集中する。


(何であいつは必ず遊びを入れようとするのかしら?最初から全力の方が効率いいでしょうに……弥々の悪癖ね)


 さらっとディスる玲香の目の前で、二つの影が再び交差した。


 §


「あー負けた」

「はぁ、はぁ………まじでお前何なんだ……」


 殴ったり蹴ったり、取っ組み合ったりさながら総合格闘技の試合のようなことを20分近くやり続け、最後はアリアが力任せに弥々の腕を掴みジャイアントスイングを片手でやってのけ、結果弥々が吹っ飛ばされたことで終わった。


「ヒサミさんって強いんですねぇ……正直最初は期待外れでガッカリしたんですけど、まさかうちのアリアとあそこまで張り合うなんて驚きました」

「格闘は得意なんです」


「格闘技がこんなに出来るなら大丈夫そうですね。ヒサミさんあなたの入隊も認めます。……なのでこれからよろしくお願いしますねヒサミ“ちゃん”」

「ありがとうござ……ちゃん?」

「はい。弥々ちゃん♪」


 弥々も男の子だ。流石にちゃん付けは……そう思ったのだが、ニコニコと一切の悪意なき笑顔で微笑む彼女を見て口を閉じる。


「あっはい。よろしくお願いします」

「はい。よろしくお願いします」


 笑顔で黙殺したミーティアは今度は玲香の方を向き直り


「レイカ“ちゃん”もよろしくお願いしますね」

「……よろしくお願いします」


 とりあえず三人は職を手に入れることに成功したのだった。

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