こころ

「何故、見捨てたんだ」


 しゃがれた声が聞こえた


「違う。あの時は何もできなかったんだ。見捨てるしかなかった」


 弥々は目の前の青のネックレスをかけた男にそう弁解じみた口調で言った


「でも、お前は勝てたじゃないか。なら後ろから不意打ちを仕掛ければ助けられたんじゃないのか!」


 確かにあの時アイツはいたぶる獲物に夢中だった……でも、逆に精神が高揚して感覚が鋭くなっていたはずだった。それに――


「でも、あの時は玲香が一緒にいた。巻き込むことは出来なかった」


 そう。だから仕方がない。


「ならなんで私を助けてくれなかったの。あの時貴方は一人だった」


 確かにあの時玲香はいなかった。賭けではあるが助けられたかもしれない。


「それは……」


 クワッと目を見開いた男が喚き散らす。


「そうだ。お前は俺たちを見捨てたんだ!リディアが助かったのはただの偶然。お前は俺たち

 “三人”を見捨てようとした!お前は彼女のように行動を起こさなかった!お前はただ……彼女に乗っかっただけ」


 異世界に来て自分から行動した事はあっただろうか?全て大事な決断を頭がいいから、それだけの理由で押し付けてやいなかっただろうか?


「それ、は…だけど……」


 何も言い返せない


「お前が“殺した”んだよ」


 とどめの一言が言い放たれた






「………汗、すごいな。一体どんな夢を見てたんだか」


 目が覚めた弥々は気持ちの悪い服を脱ぎ、なんとなしに窓から外を見る。


「今日都市に入るのか」


 昨日見たこの村に集まる多くの人々。けれども都市にはもっと多くの人が、それこそ東京と変わらない数の人がいるのだろう。そう思う。


「入ったら何しようか………」


 そんな弥々の呟きは朝日に溶けて消え、反対のベットから人が起きる気配を感じた弥々はとりあえず服を着るのだった。


 §


 美魔女……ではなくて魔女さんに薬を貰った弥々達は、非合法に手に入れた通行証を握っていた。


「じゃあ覚悟はいいかしら?」

「ああ。最悪捕まっても俺は恨んだりしない」

「私もです」


 三人で円を作り目を合わせて頷き合う。そして、気合を入れた俺たちは宿の外に出て、村を出て都市へ向かって歩き始めた。


「あ、そうだ。二人はフード被れよ?美人すぎて目立つから」


 二人は美人である。玲香は元々日本でもアイドル並みに美人だった。弥々曰く表情に乏しいのが玉に瑕だったが、それでもかなりモテた。


(そのとばっちりで、一部男子からはガン無視されたけどな)


 それを思い出して思わずため息を吐くくらいには凄かったのだ。

 そしてその美貌はこの世界に来てからさらに際立っている。

 それは何故か?答えは文明の差だと弥々は思っている。

 この中世において乳液やら、保湿剤なんて物は存在しない……というかむしろ体に悪いもの使ってたりとかなり滅茶苦茶だ。ついでに言えばニキビ予防とかそういうのも無い。

 あと、風呂である。もうそこら辺が酷い。公衆浴場だが当然水は汚いしシャンプーなんていう上等なものはない。

 そんでもって栄養状態だってよほど裕福でなければ良くはないし、貴族でも栄養が偏っていることなんてざらにある。

 そんな状況では当然乙女の命である「お肌&髪」は痛むし綺麗ではなくなってしまう。


 そして、そんな世界に来た玲香だが髪は少し傷んでしまってもお肌は特に問題なく綺麗なままだ。それを弥々が聞くと


「手にハンドクリームは塗ってたけど、それ以外は特にやったことないから変わらないわね」


 と、世の女性全員を敵に回す発言をした。玲香は栄養だけでこの肌を手に入れたらしい。


 そしてリディアだが……正直何でこんな美人なのか弥々もわからない。

 別に特別な事はしておらずこの世界で一般的な布で体を拭くだけ、ベタつくのが嫌だから香油は使わない。なのに髪は黄金に輝いていて、肌はきめ細かくシミやらニキビは見当たらない。


(うん。意味不明だわ。リディアさんはアレだ。世界のバグだ)


 まぁ、そういうわけで二人は非常に目立つ。ハリウッド女優とかミス・ジャパンが街中をあるいているようなものだ。


「はい!」

「わかってるわよ……待って、あなたも被るのよね?」


 素直に二人が頷いてくれたことで面倒なテンプレは回避できる。そう、安心した弥々に玲香が何故か聞いてきた。それを不思議に思うも一応返す


「被るわけないじゃん。俺は整ってる方だとは思うけどアレだよアレ、雰囲気イケメンって奴だから。今だって目線を集めてるのは二人だろ?」

「…え?」

「はぁ…取り敢えずあんたも被りなさい」

「え、いや、何で?」

「説明しても無駄だってわかってるからしないわよ。とにかく異論は認めないわ」


 パサリと強制的にフードを被せられた弥々は、不服そうにそっぽを向いてしまう。

 それを後ろから見る二人は声を潜めてこそこそと話をする。


「弥々さん。アレ本気ですか?」

「ええ、本気だから困るのよ」

「でも普通気づくと思うんですけど……」

「実際あいつのいう通り、顔自体は人形みたいとかそういう事はないせいか自分じゃ気づかないのよ」

「ああ。確かに弥々さんって表情が付いている時視線が集まりますよね」

「ええ。それのせいで一体どれだけ私が苦労したことか」


 まぁ、世の中には立ち姿や表情、声色で幾らでも化ける人間がいる。そういうことである。



 §


 都市の門に続く行列。それに並びようやく順番が来た時フードを外せだの何だの言われやしないかと身構えていたのだが


「通行証は?」

「三人分だ」

「ふむ……問題なし。通っていいぞ」


 拍子抜けするほど簡単に通れてしまった。


「……何か簡単だったな」

「……私も驚いてるわ」

「戦時中でなければあんなものですよ?」


 あんなにも苦労して準備したのに、その結果はあまりにも簡単だったせいで納得がいかない二人だったが、まぁ取り敢えず中に入れたのだから飯でも食べようという話になり、豚の子豚亭というあまり頭の良くなさそうな店に入った。


「塩がうまい……」

「ええ。久しぶりにまともな味付けの料理を食べたわ」

「一体お二人は何をされていたんですか……」


 村の宿屋では、通行証を手に入れる為にいくら掛かるか分からなかった為食事はつけなかったのだ。それゆえにフーリ婆さんと別れてぶりのまともな料理である。(盗賊達のは料理とは言わない)


「まぁわりかし普通だったよ。向こうでは」

「ええ。東方から来たのだけれど……特にこれといった事はやってないわね」

「へぇ。東方から……それでは何をしにこちらに?」


 リディアのことは疑っているわけではないし、短い付き合いではあるが信用しているが、おおそれと異世界から来たなど言えない為どう説明したものか、と二人は悩む。


「何をっていうか何というか」

「事故でいつの間にかこっちに来ていたというか……」

「ああ。乗る船を間違えたんですね?」

「「そう(よ)!」」

「二人ともおっちょこちょいですね」


 そのリディアの言葉にちょこっと傷つく二人。


「それでは、お二人はやはり此処に住むんですか?それとも旅に?」

「私としては定住したいわね」

「俺は冒険者ギルドとかに登録して、ある程度稼ぐまではここにいたいって感じ。まぁ、取り敢えずしばらくは滞在する予定」


 冒険者ギルド。先日見た巨大イノシシなどの魔物を依頼を受けて殺すことを生業とする人たちの集まり。そして世界各国に存在している……という設定で、異世界物の小説には必ず出てくる超組織である。だが、それはあくまでも物語の中の話である。


「冒険者ギルドってなんですか?」

「え?ほらアレだよ。かくかくしかじか(略)」


 不思議そうに聞いてきたリディアに弥々が全力で噛み砕いて説明する。


「そんな組織は聞いた事がないですね」

「そんなバカな……」

「………まぁ、ありえないと思うわよ?」


 夢想家らしく冒険者になって一攫千金!を目指していた弥々にとって衝撃の事実。


「な、何でありえないんだ?」

「だって、国家を超えて存在する超組織とか普通に不可能よ?」


(でも、国連とかあるじゃん)


「地球にも国連はあったけど、各国の莫大な寄付で成り立ってるのよ?一体いくら仲介料としてピンハネしているんだか」


 弥々の反論は口にする前にあっさりと玲香の言葉で粉砕されて。


「そもそも、一つの国家と言っても差し支えないような組織が自分たちの首を狙える都市内に存在するっていう時点で、普通貴族達が全力で潰しにかかるわよ」


(でも、魔物への対処は?)


「で――」

「そもそも、貴族っていうのは俺が守ってやるから税金という名のみかじめ料を出せっていうヤクザ的行為から成り立ってるの。なのにその民衆を守る役割を民間組織がやったら、貴族の存在意義がなくなるなじゃない。個人で雇われる傭兵的に存在はいてもそんな超巨大組織になる前に潰されるわよ」


「……じゃあ魔物は兵士が?」


「こちらでは魔物征伐軍という国王様が派遣してくれる軍事と各領主の騎士団が魔物を討伐しているんです」


(俺のロマンが、消えた……)


 全国男子の夢がここに消えた。


「このバカは放っておいて私たちがどうするべきか考えましょうか」

「はい。生活基盤は大事ですから」


 意気消沈し机に突っ伏す弥々の横で女性陣は話を進めていく。


「多分、私たちじゃまともな職にはありつけないと思うのよ。多分つける職は土木関係かしら」

「でも、玲香さんお金の計算をすっごく早くしていませんでしたか?」

「確かにしていたけど?」

「それなら商会で雇ってもらえるかもしれません。頭がいい人は貴重ですから」

「でも私文字はわからないわよ?」

「それなら大丈夫です。下積みをしながら文字を教えてもらいます」

「そんな都合のいいことあるかしら?」

「……その、言うのを“忘れていた”んですけど、この街に父の知り合いがいるはずなんです」


 リディアが非常に言いにくそうに言ったその言葉を気いて、玲香が冗談だったら許さないわよ、とその重苦しい雰囲気でリディアを威圧し始めた。本人は無意識に。


「……それ本当?」

「はい。だからそこに行って事情を話せばその位はしてくれるかと……」


 コネ就職の道が見えた!と玲香は喜び勇んだ……心の中で。表情はあんまし変わってない。


「じゃあ、お言葉に甘えて――」

「待った。俺はそれなしで」


 ジロリと玲香が睨む


「リディアさんの世話になりたくないとかいうくだらないプライドは捨てなさい。今はそれよりお金よ」

「ちげぇよ。俺だって最初はいいな、って思ったし。けど俺は、さ……その魔物征伐軍に入ろうと思うんだ」


「魔物征伐軍に入る」その言葉の意味を考えているのだろう。しばらく玲香は考え込んだが、結局わからなかったらしく顔を上げる。


「何故?理由は?」

「俺さリディアさんの両親を見殺しにしただろ?」

「だからそれは――」

「俺の考えすぎ。玲香の言ったことはわかってるよ」


 そう、その事はわかっている。あの日洞窟で言われたことで頭では理解した。


「ならどうして?」

「それは………」


 何故リディアの両親を救えなかった事と魔物征伐軍に入隊することが結びつくのか。


(何故……ただ、あれから三人の親子をみるとどうしても彼と彼女が被る。多分……俺は本心から納得していない。きっとそういうことなんだろう)


「ここ数日考えてたんだ。多分、俺は何かを守ることで、この懺悔を罪を償いたい。そう……思っているんだと思う。失った命は戻らないし、俺が彼らを見殺しにしたという事実は俺の中では変わらないってことも分かってる。だけど……」


 もう一度考える。今自分の中で思っている事は正しく本音であるのかどうか。


「……命を助けることで、少しでも同じ目に遭う人を減らしたいと、そう思った」

「詭弁ね」


 玲香には切ってそう捨てられた。


(うん。なんとなくこうなる事は分かってた……でも、どうやって説得しようか……)


 己の幼馴染みの性格は誰よりも知っている弥々は、どうしても正論を言っている彼女を説得する術が思いつかなかった。


「……でも、すごくいい事だと思います」

「リディアさん……」

「私は、お二人に助けてもらって、そのままお世話になっている居候というか、寄生虫というか……とにかく私が、意見できる立場じゃない事は分かってるんです」


「ならなんで口出すのよ」と言わんばかりに玲香は鋭い眼光をリディアに飛ばす。



「でも、もし弥々さんが、決して幸せな事じゃないけど、自分たちの死を、意味を考えて、俯いて腐るんじゃなくて人助けをしよう。そう思ってくれた。それを知ったらきっと、きっと……」


 最初は玲香に負けないように強く、そして最後は涙を堪えつっかえつっかえながらも、自分の考えを言った。


「……喜ぶと思うんです」

「それは……」


 だから何だ、玲香はそう言いたかった。けれど何故だかその言葉は出てこなかった。


「だから、弥々さんが軍に入るなら私も……一緒に入ります」

「……その言葉は嬉しい。すごく嬉しかった。でも、リディアまでついてくる必要はないよ」


(あの二人が喜んでくれる。その言葉で俺の中の覚悟は決まった)


 だけれど、自分の自我エゴに彼らの一人娘を付き合わせたいとは思えなかった。それに――


「軍は男社会だろ?女性もいるにはいるんだろうけど……リディアは男は大丈夫なのか?」

「それは……リハビリだと思って頑張ります」

「俺としてはそんな苦労をしないでも、その知り合いの所で無理せずゆっくり男性恐怖症を直していって欲しいんだけ――」

「いやです!」


 珍しいリディアの大声。助けられたという負い目からかいつも何処か遠慮している彼女のその声を聞いたのは、あの日助けた日の洞窟の時以来だと弥々は気づいた。


 だから絶対に譲れない何かが彼女の中にあり、それを今自分は超えそうになったのだと気づく。

 それゆえに何を言うべきか分からず、リディアの大声で騒がしかった酒場に沈黙が広がる。


 しばらくして周りも興味を失ったのか少しずつ喧騒が戻っていく。そしてそれに合わせて、玲香は深く息を吐き言葉を紡いだ。


「分かったわ。とりあえず弥々の軍入隊は認める」

「いいのか?」

「いいわよ。それに元々あなたの未来だし私に決める権利はないもの」

「……ありがとう」


 弥々は深々と頭を下げた。自分が玲香の気遣いを踏み躙ったことを理解しているから。


「あと、リディアさん」

「は、はい!」

「……あなたの方は私がある程度フォローする。あと軍の方にも事情を説明して女性の多い部隊にして貰えないか掛け合うわ」

「それって……」

「フォローすると言っても私一人じゃ無理。だから軍からの助力が得られない場合は認めないわ」

「ありがとうございます!」


 つまり、軍がフォローをしてくれるのであれば認めると言うことである。


「別に感謝する必要はないわ。ただ貴方を弥々が気にするから、私も気にしただけよ」

「それでも、です」


(……ツンデレだなぁ)


 リディアは地球で誰かを助けた時、いつもこう言うのだ。多分ツンデレなんだと弥々は思っている。


「じゃあ食べ終わったら宿探し。その後その魔物征伐軍について調べるわよ」

「おう!」

「はい!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


玲香としては弥々に傷ついて欲しくなかった。

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