通行証獲得

@永礼 経さん。素敵なレビューをありがとうございます!

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「もう疲れは取れた?」

「は、はい!もう大丈夫です。あ、あの寝てしまってすみません」


 色々興味深い物が散乱していたあの洞窟とは打って変わって、綺麗な木漏れ日の照らされた木の側に寝かされていたリディアは目を覚ますと、早速玲香に謝り倒していた。


「別にいいわよ気にしないで。リディアさんが一番疲れてたんだから」

「で、でも、移動も夜の見張りも全部お二人にお任せしてしまって」

「だから気にしまくていいのよ。ほら、あそこに完徹した筈なのに元気一杯な人間がいるでしょ」


 玲香が差した先にはニコニコと満面の笑みを浮かべて、ロングソードの剣身を見つける弥々の姿が。弥々も男の子なので剣とか銃とかそういうのは大好物なのだ。


「えっと。可愛いと思います、よ?」

「……もう少し寝なさい。その間見ててあげるから、ね?」


 ここら辺に価値観の相違がある。地球原産少女である玲香は、正直刃物を見て笑みを浮かべる者などヤバい人という認識なのだが、異世界原産少女であるリディアからすれば、好きな物を見て喜んでいる普通の人。ついでに言えばその対象によっては可愛く見える行為なのだ。

 そこら辺の差異は、ある程度異世界の価値観にアジャストしてきている玲香もまだ適応できていないのだろう。……まぁ、これに関してはする必要があるとも言えないが。


「ほら弥々。リディアさん起きたから準備するわよ」

「りょーかい。リディアさんおはよう」

「お、おはようございます!」


 たまたま見つけた兎と木の実だけというなかなかに質素な食事をした後、弥々は前にバックを背負い後ろにリディアを背負った。


「大丈夫?体勢キツくないか?」

「あ、あの私歩きます」

「ダメよ。あんな事されたんだから体はボロボロの筈だし寝てある程度回復してても痛くて歩きにくいでしょう?」

「その、それは……そうですけど」

「ならそのまま背負われて、体力回復に努めなさい」


 乱暴されれば誰だって疲弊するし体中が痛くなる。ついでに言えば具体的にナニとは言わないが女性だけ初めての時痛む場所もあるのだ。

 そこら辺の気遣いは流石女性と言ったところだろうか。


 そしてそんなことは露知らず、ただ疲れているだろうからと思って100点の気遣いを見せている弥々は、玲香から聞くのを忘れていたことを思いだす。


「それでこれからどうするんだ?何にもまだ聞いてないんだけど」

「ここから一番近いところにある街、その一個手前の村に行くわ」

「そこは余所者が入っても大丈夫なのか?」

「ええ。街が近いからよく商人だったり出稼ぎの人間が来たりするみたいで問題ないらしいわ」


 街の近くならば丁度宿場街の様になっているのだろう。おそらく村以上街以下といった集落であるから、閉鎖的な風習はないと見ていい。

 だが、街道を通っているわけでもない三人が直接街に行かず、わざわざ村を経由するのは無駄という物だ、そう弥々は思う。


「じゃあ、なん――」


 だからそれを聞こうと思った時、弥々の耳はある音を捉えていた。


「どうしたの?」

「……何か、大きな生き物が近づいてくる」

「大きな生き物?」


 微かに聞こえる血を踏み鳴らす音。それは人間の中では大柄な方に入る自分よりも、あのダンギルよりも重い足音。


「あ、今、私も聞こえました」

「急いで逃げるか」

「そうしましょう」


 自分一人でなくリディアも聞こえたという事で、何かが迫っていることを確信した弥々たちは、急いで駆け出し始める。だが


「なぁ、さっきからどんどん迫ってきてる気がするんだけど」

「私もです」

「奇遇ね。私にも音が聞こえ始めたわ」


 走る方向を斜めに変更しても背後から近づくその音は変わらず聞こえてくる。さてはて、これはどうしようかと、弥々が一瞬だけ迷い結論を弾き出す。


「玲香。リディアさんと荷物よろしく」

「え?……一体何をするつもり?」


 物凄い聞くのが嫌なようで訝しげに、はたまたその先を言わせない為か鋭い眼光を放ってきた。


「多分後ろから迫ってきてるのって魔物だろ?ならさ今のうちに経験しとこうかと思って」

「そんなの許可できるわけないじゃない!」

 信じられない!と玲香は弥々を睨んでくる。弥々を危険に晒すことにトラウマめいた物を持つ玲香としては看過できないのだ。けれども――


「でもさ、このままじゃ逃げきれないし……まぁ、あと俺も試してみたい事があるんだよ。だから頼む」

「でも――」

「玲香さん。弥々さんが言っていることは正しいと思います」

「あなたね」

「それに万が一の時は私も魔法で援護しますから」


 それならと渋々納得した玲香は弥々から荷物を受け取りリディアは痛そうにびっこを引きながら目が届く範囲で離れる。


 少しずつ大きくなっていくドスンドスン!という足音。そして、自らの後方を腰を落とし睨む弥々の目の前にその茶色の姿を表した――


「イノシシ。しかもギネスレベルかよ」(ロシア・猪・最大で検索)


 見た目は普通の猪だ。ただ大きさがおかしい。四足歩行の猪であるにも関わらず顔の高さが自分と同じくらいにあるのだ。四足歩行なのに。

 そんな軽トラを連想させられる巨大イノシシは弥々目掛けて鼻息荒く突っ込んでくる。


(計画変更。真正面から止めるつもりだったけど、やめだやめ。こんなのとぶつかったら挽き肉になっちまう)


 重心低く構えていた弥々は、構えを変え踵を上げ軽快なステップを踏む。

 そして――


「ボアァア!!」

「は、あ!」


 突進してきたイノシシに合わせ、高さ3メートル近くというありえない跳躍を行いながら宙ででんぐり返しのように前に回転する。

 そして、落下に合わせて回転で勢いをつけた足を踵落としの要領で、イノシシの頭部目掛けて振り下ろし――


 ド、ゴォ!


 明らかに人の蹴りが鳴らしていい音ではない、硬い何かを砕く音が聞こえた。

 その攻撃を喰らったイノシシはと言うと、インパクトの瞬間顔が地面に叩きつけられ頭部は陥没。そのまま数メートル突進の勢いで滑った後停止して、ピクリとも動かなくなった。


「なに、いまの……」

「すごいです!」


 それを見ていた二人は真反対の反応を見せた。

 片方は信じられない物を見たかのような驚愕の声を、もう一人はテレビで見た神技を目の前で見れたかのような歓喜の声を。


 そしてその反応の元である本人はというと、使ったのは足なのに自分の手を握ったり開いたりしていた。


「やっぱり、身体能力が上がってる……」


 自分でも信じられないのか、何度も手に力を入れてみて確認を繰り返す弥々。

 弥々は先ほどの朝食である兎を解体する時まで気づかなかったのだが、この世界では生物を殺せばその分強くなるのだ。肉体的に。

 もちろん、この世界に来てから弥々は幾度と無く生物の命を奪ってはいるがその殆どが小動物だった。だが、である。


「弥々さんは、盗賊を10人以上殺したんですよね?」

「ああ。……だけどそれだけでこんなになるか?」


 たかが10人。そう言うと人権保護団体に怒られそうではあるが、この世界では“たかが”である。実際戦場に行けば殺す数は10人程度ではないのだから。

 そうなるとこの命がとても軽い中世の世界。此処には3mジャンプを助走もつけず行い、トップクラスの硬さを誇る頭蓋骨を砕く蹴りを行える化け物がウジャウジャしているとこになる。

 その事に思い至った弥々は背中が寒くなる。


「弥々さんはあのダンギルを倒していますから。それだけ強くなったのかと」

「ちょっと待って。何を倒したかで成長率は変わるのかしら?」

「はい。だって兎を殺しても何も変わらないですよね。でも人を殺すと僅かとはいえ強くなったことが実感できるんです。だから、殺した生物の強さが成長率に比例するって言うのが一般的なか考えです」


 あれである。経験値を得てレベルアップするゲームのシステムが存在すると思えばいいのだ。多分そんな単純な物ではないのだろうけど、とりあえず弥々はそう考える事にした。


「じゃあダンギルってかなり強かったのか?」

「はい。私は一度剣闘を観た事があるのですが、そこのベスト16に入れるくらいだとは思いました」

「それは……ぁ」


 大会ベスト16。その開催規模にもよるが確実に弱くはない。おそらくこの世界の上澄みに位置する実力者。そんな存在によく勝てたな、と弥々は思ったがそこで嫌な事に気づいてしまう。そしてそれは玲香も一緒だったようで


「ねぇ、毒が効いた状態でそんなに強かったってことよね」

「ああ、しかもスレイ曰く力が入らないっつってたから、運動能力ガタ落ちする系のやつだぞアレ。その状態でそれってことは、さ」

「……私達、すごく運が良かったのね」


 もしかしたらあったかも知れない展開を想像して身震いした二人は、取り敢えずイノシシの解体に取り掛かるのだった。


 しばらくして三人は美味しそうなところだけ取り、血の匂いが獣を呼び寄せてしまう為離れた場所で猪肉の燻製を頑張って作っていた。


「ふう。取り敢えずこれを作ったらまた移動か」

「そうね。この分のロスを取り戻さないと」


 別に先を急ぐわけでもないしゆっくりで良いだろう。そんな事を思った弥々は唐突にイノシシが来たせいで聞きそびれていた事を思い出した。


「そういえば、何でわざわざ村を経由するんだ?」

「それは―――」



      §


 薄暗くカビ臭い室内。薄明かりの中にフードを被った旅人の服装をした三人組と、指が一本足りない薄毛の男がいた。


「へへ。お代はしっかり頂やした。偶々ですが、三人分丁度明日には手に入ると思いやす」

「そうか。これからもよろしくな」

「へい。旦那」


 大量の銀貨と数枚の金貨。それを三人組の中の男から受け取った薄毛は、そそくさと部屋を出て行き少し時間を置いて三人組も出ていった。


 そうして三人組は暫く歩いてゆき、人通りの多い道を経由して一つのよくも悪くもなさそうな平凡な宿に入って行った。

 そしてとっていた部屋に入るなり先頭の男がフードをとる。


「ぷはぁ……生き返るぅ」

「何言ってるのよ。たかがフードを被ってただけで」

「でも、いつもより何となく息苦しいのはわかります」


 三人組がフードをとって見せた素顔はアジア人特有の平べったい顔の男女と、一目で外人だとわかる少女だった。


「それにしてもスレイから奪った情報がこんなにも役に立つなんて……すげぇな玲香」

「ええ。あの中で立場のある役職についてないにも関わらず幅を利かせられていたから、あいつが交渉人だと思ったのよ」

「すごいです。玲香さん」


 そう。スレイが酔っ払っていた最後の夜、玲香が彼から抜き出した情報というのは先ほど会っていた相手とのコンタクトの仕方だったのだ。

 では、そうまでしてあいたかった彼は一体何者なのか?ということだが、その正体はスレイ達から繋がる。

 スレイ達は盗賊だ。基本強奪した食料で生き延びているのだが、商人を襲えば当然食料以外の装飾品なども手に入る。そして彼らにとっては飯にならない物などあっても困るので売ってパンに変えようという発想に至る。

 そうした時に問題になるのが、高価なものは都市にでも行かなければ売れないということだ。

 当然紐付きである彼らは通行証など持っていない為都市には入れない。だから通行証を手に入れようとも正攻法では手に入らない。ならば商人から奪うという手もあるが、もしかしたら足がつくかもしれない。

 ではどうするか?……答えは簡単だ。裏から手に入れればいい。どこの世界どの時代でも汚職に手を染める輩はいる。そういった者に金を積んで裏ルートから正規の通行証を発行してもらうのだ。

 

 そしてその仲介役との繋がりを持っていたのがスレイであり、先ほどの男がその仲介役なのである。ちなみにリディアも裏ルートから通行証を手に入れようとしているのは、元々のはプレイの一環で絶望させる為に破かれてダメになってしまったからであったりする。


「じゃあ早ければ明日にも通行証が手に入る、と」

「ええ。そうすれば明日か明後日には都市に入れる」

「そうすれば職が見つかる。という事ですね」

「そうよ」


 順当に都市への入場の為の準備を進めている三人。

 だから弥々は明らかにリラックスした様子でベットの縁に座る。


「じゃあ明日まで此処でゆっくりできるのか」

「何言ってるのよ。これから魔女のところに行くわよ」

「え……あの魔女?」

「ええ。魔法使いという意味じゃなくて、私たちが知ってる方の魔女よ」


 白いお姫様が出てくる某有名アニメの魔女を思い浮かべた弥々は非常に嫌そうな顔をするのだった。



      §




 その頃。森の中に多数の足音が鳴り響いていた。


「団長!確認しましたが、盗賊団は全滅している様です」

「あちこちに死体が転がっており、刃物による傷を持つ者が半数、もう半数は口から泡を吹いて死んでいます!」


 従士からの報告を馬上で聞いていた50代ほどの男は髭を撫でながら確認の言葉を投げかける。


「ふむ。ここら辺の騎士団か衛兵が先に動いていたのか?」

「いえ。そういうことではないようです。刃物によって全員が短剣かナイフそのどちらかで心臓を貫かれています。おそらくかなりの少数の人間による襲撃があったのかと」

「また、半数が泡を吹いて死亡していることから、かなり毒に詳しい人間がいたと推測されます!」


 果たしてそんな人間がこの辺境にいただろうか、と男は記憶を探るが残念ながら条件にヒットする人間はいなかった。


「それで、エリザベート様とその夫と子、アイツの痕跡はあったのか」

「は!金髪碧眼の絶世の美女という条件に合致する女性の遺体と、灰の神に人の良さそうな丸顔という条件に一致する男性の遺体が発見されました!」

「ただ、もう一人の女性に瓜二つの少女はまだ発見できておりません!」

「そうか。遅かったか……」


 自分達が此処に来た理由。その半分が失われていたという報告を聞いて、男は目を伏せた。


(お助けする事ができず申し訳ありませんエリザベート様……ただ、もしかしたらご息女は生きているかも知れません。この惨状を引き起こした物達に保護されている可能性がありますから)


 そう、思っているととんでもない知れせが男の耳に飛び込んでくる。


「シグルス団長!大変です!破岩の騎士ダンギルが、首を斬られた状態で発見されました!しかも周りには激しく争った跡がっ!」

「それは本当か!?」

「はい!老騎士様が確認されたので間違えないかと!」


 老騎士。自分たちの中で最も高齢でありそれ故に一番多くの騎士や貴族達の顔を、そして損壊した死体を見ている者があのダンギルの死を断じた事に衝撃を受けた。


(あのダンギルを殺しただと?しかも、争った後があるという事は真正面から打ち破ったと言うこと……そんな人間が在野にいるというのかっ!)


 ダンギル。その人間を知るからこそ……いや、その人物が原因でここに来たからこそ殺されたというのが信じられず思わず表情に出てしまった。


「団長?」

「ああ、いや何でもない。ただ……あいつがいたのならば生存は絶望的だろう」

「はい。おそらく……」

「ふぅ……せめてもの弔いだ。奴らの協力者を洗い出して始末してから戻るとしよう」

「は!レキウス伯にも滞在延長の許可をいただいておきます」

「よろしく頼む。ダレイオス公には私が報告する」


 そう言って団員に号令をかけ集合させるシグルスの上には、鷲が雷の槍を持つ紋章が描かれた旗がはためいていた。


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あの時のダンギルは酒が入っていた上に+で毒ですからね

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