命のやり取り

 スレイの命を奪った後二人は盗賊達の根城へ突入した。

 そして二人の目に飛び込んできたのはあちこちに倒れ伏す盗賊達の姿。


「ペリオ草、ヤバいな」

「スレイが死んだので分かってたつもりだったけどあれ、かなりヤバかったのね」

「ほんとにな。よし一応全員の脈を確認するか」


 万が一にも生存者がいた時、おそらく重症を負っているであろう少女とその母を連れて逃げるのは不可能である為、動けないでいる今のうちに生死を確認しておかなければならなかった。

 そして、もし生存者がいれば――


「弥々。生きてるわ」

「わかった。やっとくから他行っててくれ」

「嫌。私も見るわ」

「……わかった」


 スレイ殺害に使った果実ナイフで確実に命を刈り取っていく。

 最初、スレイを殺す時はあんなにも躊躇ったのだが、今は一種の興奮状態にあるからなのか、はたまた自分に適性があった為か、どちらかは分からないが躊躇うことなく命を奪うことができた。

 そして盗賊から奪った短剣に持ち替え、次々と生存者を処理していきその数10を数える頃。


「これで8割いったか?」

「ええ……それにしても半数も生き残っているなんて」

「ああ、やっぱ盗賊ってとんでも――」


「ぃゃぁ……」


 突然聞こえてきた微かな声。普段なら気にも留めないほど弱々しい物であったが、その声に弥々は聞き覚えがあった。


「……なぁ、今の」

「ええ、急ぎましょう」


 残りのチェックは後回しにして二人は根城の外れ……あの二人が連れて行かれた場所に向かって駆けていった。


 布によって一応暖簾のれんの様に目隠しがされている場所。そこに飛び込んだ二人が目にしたのは、ボロボロになった裸体を晒している少女が腕輪をつけられた細腕だけの力で後ずさる姿と、少女に迫る腰に鍵束を下げたハゲ頭の盗賊だった。


「――ッ!クズがッ!」

「あ?……ガッ!?」


 一瞬の出来事。その光景にブチギレた弥々が、一息で両者の距離を喰い潰し首に短剣を突き刺したのだ。

 そのあまりの速さに、横にいた玲香はおろか助けられた少女ですら目をぱちくりとさせた。


「ふぅぅぅ……」

「ぁ……」

「あ、だいじょ、ぅ、……玲香頼む」


 謎の深呼吸をする弥々の耳が少女の掠れた声を拾い上げた。だから弥々は相手を安心させる様に笑顔を浮かべ、少女に手を差し伸べようとした、が……少女が、その瞬間ビクリと身を震わせたのを見てすぐに距離をとり後を玲香に任せ自分は外に出る。


「大丈夫。怖く無いわ。もう盗賊達は私とさっきのお兄さんが全員殺したから。もうあなたを傷つける人はいないの」

「ひぐ、ぅぅ……」


 中から聞こえてくる啜り泣く声。それを聞きながら弥々は先ほどの少女の顔を思い出し、自嘲する。自分は恨まれこそすれ、感謝されることなどないと。彼女にとってあのクズ達と同類なのだから。


「……そういえば、お母さんの方は……?」


 先ほど突入した背後の部屋(区切っただけ)には母親の姿は見当たらなかった。

 そのことに思い至った弥々は急いで周りを見渡し――一ヶ所だけ、盛り上がっている場所を見つけた。それを見て、まさか――そう思いつつ、近づいていき少しだけ土を掘り返すと。


「遅かった、か……」


 そこには、苦痛に歪んだ彼女の遺体があった。


「……間に合わず、助けられず、申し訳ありません」


 もう一度土を被せ、弥々は手を合わせて謝罪した。その言葉が彼女に届くことはない、それを知っていても弥々はそうしたかった。


「弥々ー」

「……いま行く」


 玲香の呼ぶ声。それを聞いた弥々は返事を返しながら立ち上がり――それと目が“合った”。

 それを理解した瞬間弥々は全力で叫び、駆け出した。


「玲香!今すぐ彼女を連れて逃げろ!!ダンギルに見つかった!!!」

「クハハハ!テメェか!この犯人はァ!」


 何故、この可能性に思い至らなかったのか、何故、気づかなかったのか……倒れ伏す男達の中に、あの大男が居なかったことに。

 よく考えれば当たり前の話だ。スレイは自分をNo.2だと言った。それはつまりNo.1がいるということ。そして当然そいつはスレイ以上に頑丈であるという事を意味するのだ。

 だから、No.1たるダンギルがバトルアックスを片手に突っ込んできても不思議ではないのだ。


「オオッ――!」

「うぉ!?」


 ブォン!と唸り声を上げて、自分を両断せんと迫るバトルアックスをすんで避け、それが辺りにあった骨組みを丸ごと吹き飛ばしたのを見て冷や汗をかく。


(ま、まじでこぇぇ。逃げたいんですけど)


 そんな弱音を心の中で吐きつつも、弥々は先ほどの攻撃で露わになった少女二人の姿を目の端に映し――不敵に笑う。


「ハッ!何怒ってんだよ。これは余所者を簡単に引き入れたお前の失敗だろ」

「ぁあ!?何言ってんだテメェ……

「バカの逆恨みは迷惑だって言ってるんだよ」

「……気に入ってたが、関係ねぇ。今すぐ殺す」


 やる気満々。濃密な殺気を放つダンギルに向かい、短剣をハゲ頭の首に忘れてきた弥々は、ファインティングポーズを取り相対する。

 そして――


「死ねぇ!」

「やなこった!」


 ――激突した。



      §



 玲香は幼馴染みである弥々と、殺人鬼であるダンギルによって起きている戦闘を前にし、動けないでいた。


「――ッ!う、動き、動きなさいよ、足!」


 弥々が戦う前にくれた言葉と、アイコンタクト。そこから今弥々が逃亡のための時間稼ぎをしてくれている事は分かっている。まぁ、だからといって、玲香は幼馴染みを置いて逃げるつもりなどさらさら無いのだが、その前に足を引っ張らない程度に離れた場所にこの傷ついた少女を連れていく必要があった。


「なんで、力が入らない――!」

「ぁ、ご、ごめんなさい。わ、私も……」


 けれども力になるどころか、ダンギルが発する濃密な殺気を受け、今まで真面に殺気など受けたことのない二人は腰が抜け動けなくなっていた。


「なんで弥々は動けるの……?」


 そんな二人の前では熾烈な戦闘が行われていた。


 ダンギルの戦斧バトルアックスが空気を切り裂き弥々に迫る。

 だが、弥々はそれを器用にすり抜ける様に避け、その代わりに戦斧は血に叩きつけられ地にひび割れを残す。


 そして弥々は戦斧を振り下ろして無防備になったその後ろ膝にカーフキックを繰り出す。

 いわゆる膝カックンの超強化版を受けたダンギルは思わず姿勢を崩し、そこに左回し蹴りで後ろから弥々の足が顎にクリーンヒット。脳が揺らされダンギルはフラつく。

 さらに弥々は追撃を掛けようと頭目掛けて腕を伸ばすが――


「かりぃ」

「クソ――ッ!」


 ――寸で飛び退きダンギルの剛腕をかわす。


 そしてまた最初から仕切り直し。

 その一連の流れを見ていたからこそ玲香はその言葉を溢す。


「差がありすぎる」


 そう、差がありすぎるのだ。

 先ほどの戦いだけを見れば、弥々が一方的に推している様に見えるかもしれない。

 けれど、その弥々が攻撃を中止せざるを得なかったその原因は、ダンギルのただ雑にぶん回しただけの腕である。

 そう、差がありすぎるのだ――基本スペックが。

 弥々は一時期、武術にハマった時期がありそのおかげでソフトウェアでは圧勝している。

 だが、ハードウェアが違いすぎるのだ。弥々は相手の急所を狙ってなんとかダメージを与えられるのに対し、ダンギルはただ一度、その体に当てればそれだけで勝利が決まる。

 これは、それほどにも不利な戦い。いや――


「体力が尽きて、弥々が殺される」


 負けが確定した戦いだった。

 だから――


「動かないなら――」



      §



 (勝てない)


 それが弥々の出した答えだった。


 例えれば、iOSバージョン1のiPhone14に、iOS最新バージョンのiPhone1が挑んでいる様なものであり、そんなありさまでは、まず最大スペックを引き出すことすら出来ず(弥々は体が出来上がっていない子供である)、そもそものハードウェアの差も相まって圧殺されてしまう。

 これが今の弥々の状況なのだ。


(けど、まだ諦めるわけにはいかない。なんとしてでも玲香達が逃げられるまで時間を稼がないと)


 だから先ほどからうるさいくらい鳴っている心臓の鼓動を無視して、また技をかけに行く。


 地を叩く音、粗末な衣服から覗きみれる筋肉の律動、動きの“熾り”を見て行動を先読みし、横合いから水平に振るわれた戦斧をスウェーで躱わす。

 そのままステップ、ではなく腰を落とし踏鳴ふみなりという重鈍な踏み込みを行う。

 そして腰を切り回転の運動を乗せた、内部に衝撃が浸透することで有名な掌底撃ちを水月みぞおちに叩き込む。が――


(これに耐えるとか理不尽すぎんだろ!)


 全く堪えていない様子のダンギルが放った上から迫る肘鉄を転がって回避、ついでに足払いもかけてみるがビクともせず、上から振り下ろされる戦斧を慌てて転がり回避する。


「クハハ!軽い軽すぎるゾォ!」

「黙れ、この馬鹿力がっ!」


 ダンギルが力任せにぶん回す戦斧を、弥々はひらりひらりと華麗に交わしていく。

 本人はめちゃくちゃ必死なのだが、側から見ればダンギルが弄ばれているように見える。

 そしてそれはダンギル目線でも変わらず、少しずつ苛立ち元々荒かった攻撃がさらに荒くなり、隙が大きくなる。


 そこを弥々は見逃さず、なんとか空手の花形三日月蹴りを叩き込むも、やはりというかダンギルは少し顔を顰めるだけでそのまま攻撃を繰り出してくる。

 隙の大きい中段蹴りを使った為、回避が少し遅れるが身を捻ることでなんとかがギリギリで間に合う。


(マジでこいつの体どうなってんだ!?三日月蹴りは思いっきり決まったんだぞ?肝臓を思いっきり蹴られて痛がらないとかもう人間じゃねぇよ。ああ、切実に武器が欲しい……)


 そう愚痴を心の中で溢しながらも表情は不敵に笑ったまま戦いを継続する。


(ああ゛!さっきから回避がギリギリすぎる!……いや、ギリギリ?)


 そして、自分の愚痴に疑問を覚えた弥々は、その違和感に気づく。


(回避がギリギリ間に合ってるんじゃない。あいつの攻撃がワンテンポ遅れている?……いや、よく考えてみれば当然だ。こんなに身体能力に差があるうえ、体力だってちょこまかと動き回ってる俺の方が消耗してる。本来ならもっと早くに勝負が決まっていてもかしくはない。それなのに未だ戦いが成立しているのは、あいつが遅くなっているからとしか考えられない。とすると――)


「はぁ、はぁ、はぁ……ダンギル、お前。鈍いな」

「ああ?」

「毒だよ。ペリオ草の毒が効いてきてんだろ?大方、戦いのせいで血行がよくなり毒が全身に回ったって感じか?」

「お前、何が言いたい」

「さっきからお前、俺を殺せるチャンスを何度も逃してるぜ?こりゃあ、時間が経てば俺の勝ち、かな?お前木偶の坊だし」

「て、メェええええ!!!」


 あっさりと弥々の挑発に乗るダンギル。

 もし、本当に毒が効いているのならばそのまま黙ってスレイの様に死ぬのを待てばいい。そう思うかもしれないが、弥々はそんな楽観はできなかった。

 ダンギルはあの中で一番酒を飲んでいた。にも関わらずここまで動けるのだ。行動を阻害されこそすれ死ぬ、それどころか意識を失うことすらないだろうと弥々は考える。

 だからこその挑発だ。ある程度相手が弱っていて且つ自分も余力がある今、短期決戦を仕掛けようとしているのだ。


 自分目掛けて突っ込んでくるダンギル。

 人はキレた時には自分にとって最も馴染み深い技を無意識に出してしまう。それを知っていた弥々は、横薙ぎに戦斧は振るわれる掛けて全力で自分も突貫。


「だりゃぁぁぁぁああ!!」

「予想、どおりっ!」


 完全に弥々の予想通りにダンギルは戦斧を振るい、その下を超前傾姿勢で走り抜ける。

 そして、弥々がかけたのはタックル。

 足払いは効かなかったが全身を使うタックルには流石に耐えられなかった様で、ダンギルは弥々によって引きずり倒される。


 そして弥々はブラジリアン柔術で――首を絞めにかかった。


「テメェ!」

「流石にお前でも、息ができなきゃ死ぬだろッ!」


 最後に弥々が選択したのは絞技。

 元々小柄な日本人が体格差を覆す為に作り上げた柔術、それをブラジル人がさらに発展させた究極系。

 いかな化け物でもこれならば殺せる――そう思ったのだが、


「はあ゛な゛れ゛ろ゛お゛ぉお!!!!」

「嘘だろ――ッ!?」


 純粋なるパワー。力技で固められた状態から抜け出し、そのまま弥々の腕を掴みぶん投げた。

 宙を飛んだ弥々はギリギリで受け身をとり着地するも、肺から空気が一瞬消えるほどの衝撃を受けてしまう。


「カ、ハッ!……はぁ、はぁ、クソ、どうすりゃ――」


 少し離れたところで咳き込んでいるダンギルを見て、これは本当に死ぬ……そう、思わざるを得ない状況にまで追い込まれた弥々。

 思わず頭が下がり、下を向いてしまいそうになったその時――


「弥々!」


 自分を呼ぶ声。それと同時にザク!と目の前に何かが突き刺さった。

 それは――


「短剣?」


 ハゲ頭を刺したままになっていたはずの短剣がそこにあった。

 何故?そう思い声の主の方を見やるとそこには、まだ腰が抜けていて立てないのであろう。地に伏せたまま此方を見る玲香の姿が。

 そして、その後ろには何かを引きずったような跡……そう。玲香は歩けないなら這えばいいと、匍匐前進で短剣に辿り着き、弥々に渡すタイミングを伺っていたのだ。


(こりゃあ、しっかりと期待に答えないとな………ありがとう玲香)


 短剣を抜き構える弥々。その双眸が写すのは、一時的な酸欠状態からまだ回復出来ていない大男。

 弥々は身長185㎝と日本人にしては大柄な方である。しかしダンギルはさらに大きく2Mはありそうな巨漢であるため、真正面から攻撃を仕掛けることができない。元々のリーチでも負けているのにそこに戦斧が加わるのだ。今自分が持つ短剣では余りにも長さが足りない。


 故に自分は頭を使う。


 ここは地球のリングの上ではない。


 今、ここは、戦場だ。


 余りにも小さいが、命のやり取りをしている紛れもない戦場なのだ。


 それも自分だけではない。二人の少女の命もかかっている。


 だから弥々はそれを握り込み疾風と化した。


ヒカミ弥々ィ!!」


 自分に向かって先ほどとは違い武器を持って駆けてくる弥々を見て、ダンギルは先程殺されかけるという屈辱を受けたことに対する怒りを露わにし――


「悪いな!」

「――ッ!目がぁ!?」


 顔目掛けて飛んできた黒い物……土に目を潰されてしまう。

 それを確認した弥々は勝利を確信し、真っ正面からダンギルに迫る。

 だが、もう一度言おう。

 此処は戦場である。

 何をしても良いし、何が起きても良い。

 だから決定的なミスを犯したとしても挽回しても良いのだ。


 音か、それとも気配か、何によってかはわからないがダンギルは真正面から弥々が迫っていることを感じ、咄嗟に戦斧を握っていた腕に力を入れ―――そのまま前方に向かって全力で振るった。


「まずッ――!」


 奇しくもそれは弥々のいる所に向かって迫り、その当人は攻撃体勢から回避行動に移ろうにももう間に合わない状況。

 このままでは上手くいって相打ち。下手をすれば自分だけ胴を両断され死ぬ。

 絶対絶滅の大ピンチ。


(せめて、こいつを道連れにッ!)


 弥々も死を覚悟したその時。


「【雷撃サンダーショック】」


 鈴を転がした様な微かな声が響いた。その瞬間、弥々の視界に光が走り――


「ガッ!?」


 ダンギルの戦斧がギリギリのところで失速。

 そして、その一瞬の差で弥々の短剣がダンギルの首を掻き切り


「ゴフッ!」


 大量の血を吹き出しダンギルは地に臥し――弥々は生き残った。


「かった……」


 弥々は三人の命を守り切った。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ハゲ頭が生きていたのは、見張り番だったからです。

あんまりお酒を飲まさせてもらえなかったんですよね。


金髪少女は16歳です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る