盗賊とは

 今、目の前で行われているそれは一体なんなのか。


 いや、わかるのだ。知っているのだ。その行為の名は。


 ただ、自分の脳が、“心”が受け入れることを拒否しているだけで。


 それを、その行為を――■■と呼ぶモノを弥々は受け入れられなかった。



      §



 ザッザッザっと一行が走り抜ける音がこだまする中、弥々は玲香に話しかけていた。


「なぁ、これついて行かなきゃダメな感じか?」

「ええ、多分私はマッドサイエンティストみたいな物だと思われてるから、ついて行かないとダメでしょうね」

「そう、か……」


 それはつまり、自分たちが盗賊行為を行うということであり“人を殺す”ということを意味する。もちろん、盗賊だからといって人を殺してばかりいれば討伐隊が組まれてしまうので大抵の場合は通行料と取る……つまるところヤクザ的行為を行うだけですます事が多いというのは玲香から聞いている。だが、だ。正直に言って弥々はそれで済むとは思えなかった。お金をとる事が多い、ということは取らないで殺すこともあるわけで……今の獲物に飢えたあの男達が、いつもは楽観的な弥々も通行料を取るだけで済ますとは今回ばかりは思えなかったのだ。


「お頭!もう少しで街道でっせ!」

「おう……見えた。おい!お前ら喜べ!今回は大物みたいだぜ!」

「「「おお!」」


 そんな弥々の心の内を知ったことかと言わんばかりに現実は動いて行き―――遂にその“獲物”にたどり着いてしまった。


 街道沿いのちょっとした高台。そこにダンギルは仁王立ちし、部下に手を振って何やら指示を出した。

 そのサインを見た部下達の弓を持つ者が構えて、馬車を引く馬目掛けて一斉に矢を放った。

 そうして放たれた矢は一直線に馬に突き刺さり、それに驚いた馬が暴れ出してしまう。それを「うぉ!?」と叫んだ御者の男がなんとかしようと、懸命に声をかけるがその努力虚しく馬は結局走り去ってしまい、馬車と御者とその中にいる人間だけが取り残された。

 そして――


「おい!お前らぁ!ここの道が誰のもんか知ってんだろうな!」


 ――ダンギル達による陵辱が開始された。



      §



 ダンギル達が近づいていくとそこには、恐怖のせいか引き攣った笑みを浮かべる一人の男がいた。

 おそらく商人として上手くやっているのだろう。首にはサファイアが埋め込まれたネックレスを付けていた。

 その男にニヤニヤとした笑みを浮かべ、肩にバトルアックスを担いだダンキルがズンズンと近付いていく。


「おい、お前ここの通りのルールは知ってるかぁ?」

「は、はい。存じ上げておりますとも。通行料をお払いすればよろしいんですよね」

「おお!よく知ってるじゃねぇか。感心感心!」

「はは、ありがとうございます。……それで、お代はこのくらいで――」


 通行料を払えば無事に通れる。それを確認できた男は弥々から見てもわかるくらい、あからさまにほっとしていた。

 そして男が握り拳一つ分の中から金属音がする巾着を取り出して、ダンギルに差し出そうとする。が、ダンギルはニヤニヤとした笑みを消さぬまま、肩に担いだバトルアックスを下におろし――


「おう。じゃあお代を貰おうか……お前の命ごとなぁ!」

「へ?――ぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!?」


 ――次の瞬間、男の腕が巾着ごと空を舞っていた。


「――ッ!!」

「ヒッ!?」


 その突然の出来事に弥々は驚愕し、玲香は悲鳴を漏らした。

 だが今男を嬲るのに夢中になっているダンギルをはじめとした盗賊達は、それに気づかずスルーした。


「あ゛あ゛!な゛、なぜ!金ははら゛う゛といっだだろう!!」

「クハハハ!バカかお前!元から俺たちゃお前の事は殺すつもりだったんだよ!つーかまず金だけで許すつもりだったら、馬を矢でいたりするわけねぇだろ!!」

「そ、そんな゛。金を゛、金を払えば安全だって聞いたのに゛」

「そうかそうか!誰だか知らねえが俺たちに肥えたカモをよこしてくれた奴がいるわけか!そいつに感謝しねぇとなぁ!!」


 その言葉にドッと盗賊達の間で笑いが起こる。だがその仲間になった、同類になったはずの弥々は、笑うなんてことはとてもでは無いが出来なかった。それよりも、今もなお片腕から血を流してどんどん青白くなっていく彼の、その瞳に宿る義憤や怨嗟の感情に近い物を己が内に感じていた。

 だが、そんな弥々を置いてどんどん状況は進んでしまう。


「お頭!馬車の中に女を二人見つけやしたでぇ!それもとんでもない上玉でっさぁ!」

「おお?そりゃいい!金目の者だけじゃなくて女まで手に入るたぁ運がついてんなぁ!今日は!」

「あ、ま、待ってくれ゛……家内と娘は見逃してぐれ゛……」


 禿頭の薄汚れた男達に、必死に暴れて抵抗する二人の女性が馬車の中から引き摺り出された。

 それを見た男は、絶対にこんな状況にした元凶であるダンギルになど頭を下げたく無いだろうに、もうまともな感覚が残っていない体を押して必死に、必死に頭を下げて懇願した。妻と娘は見逃してくれ、と

 だが、それを見たダンギルはますますその笑みを深め、楽しくてしょうがないと言ったように笑いながら言った。


「んんーそうだな……いいぜ。あの二人は殺さないでやる」

「そ、そうが!ありが――」


 妻子は助かる。それを聞き弱々しいとはいえ笑みを浮かべた男だが、続いた言葉を聞きそれは歪む。


「あの二人が俺たちへの“接待”を三日……いや、一週間してくれたらなぁ!」

「ぞ、ぞんな゛!」

「「ひっ――」」


 その言葉を聞いた男達は二人の女性を見た。……その姿は、肌が日本人のようにきめ細かく白磁のように真っ白で、金糸を編み込んだかのように輝く髪を持ち、蒼穹を詰めたかのような碧眼を涙に濡らしていて、なるほど確かに盗賊達が汚れた欲望を抱くには十分すぎた。


「クハハハ!んじゃ、テメェが持ってきてくれたモンはありがたく使わせてもらうからよ。安心していきな!」

「そんな゛!助け―――」

「ぁ……」


 溢れた声は一体誰のものだったのか、弥々だったかも知れいないし玲香だったかも知れない。はたまた彼の妻子の声だったのか全員の物だったのか……。

 ただわかるのは彼の首はあっさりと刈られ、宙に首とネックレスが同時に飛んだということ。そしてその命の灯火は消えたということ。

 最後に、弥々が最後の瞬間に彼の憎悪にも怒りにも“恐怖”にも見えたその瞳を直視してしまったということだけ。


「クハハハ!情けねぇ男だったな!娘を、妻を助けてくれ!って言っときながら最後は自分の命乞いだったぜ!」

「ホントですね!お頭ァ!面白いったらありゃしないっす!」

「ああ!まぁあいつも喜んでるだろうよ!この女達と違って、あっさり向こうに逝けたんだからな!」

「クソが――ッ!」

「ダメ。耐えて、お願い……」


 最後の瞬間、人間として正しく死に恐怖を感じた男をバカにするようなその言葉に弥々の頭に血が上り思わず飛び出そうとする――が、すんでのところで玲香に手を引かれて止められた。


 ダンギルの侮辱を、男の名を何度も繰り返し呼ぶ少女を見て「何故止めるのか、このままコイツらの蛮行を傍観するなんて認められない!」その様な義憤を覚えながら、未だ熱い頭のまま抗議の目を玲香に振り返り様に向けた。

 けれども、玲香の涙を湛え自分を案ずるその瞳を見た瞬間、弥々は頭から冷水をかけられたかのような気分になった。


「……わりぃ」

「ううん……私も、だから」

「……そか」


 いくら怒りを覚えようとも、人を殺すことをしたことも、今の今まで見たこともなかった二人が周りを殺人者盗賊に囲まれて出来ることなど存在しないのだ。それ故に二人はただ、強く拳を握ることしかできない。


 そこにダンギルの馬鹿でかい声が飛び込んできた。


「そうだ。おい!ヒカミ弥々。お前あの16くらいか?若い方最初にやらせてやろうか?」

「……いえ、自分は遠慮させて頂きます。新入りですから」

「そうか!そうか!お前やっぱいいな!気に入ったぜ!本当なら俺の言った事を否定したら殺す事にしてんだが、許してやるぜ!」

「――!ありがとうございます」


 その後弥々は馬車から荷物を取り出す作業を手伝う中で少女と一瞬目が合ったが、


『――ッ!』


 慰めの、励ましの、声をかけることすらできず、ただ目を逸らすことしかできなかった。


 その時の少女の顔を、その日弥々は忘れることが出来なかった。


 ただ。この日弥々と玲香は盗賊というモノの――正体を知ったのだった。



      §



 この日起きた出来事。


 それを防ぐことが出来なかったのは、回避することが出来なかったのは二人の責任。


 弥々は空想家である。

 よく突拍子もない夢や目標を打ち立て、それを実行していた。

 だがその様な言動は、この異世界という極限状況にきてから抑え出来る限り現実を見ようとしていた。


 玲香は現実主義的者である。

 幼稚園生の時、将来の夢でスーパーサイヤ人になりたいと書く弥々の横で、アップルジャパンホールディングスに入社すると書くくらいには。(その後10年で急成長)

 だから、肉体労働が何とかなれば後は自分の頭脳で上手くやっていけると思っていた。


 けれども二人の現実は、とても、とても甘かった。


 二人がいくら優秀でもまだ17歳の高校生。学校という限られた世界、未成年という法律に守られ、保護者に、学校法人に守られて生きていた子供にはまだ、本当の現実というものが見えていなかった。


 もし、見えていたら盗賊の仲間入りをするなんていうバカなことは考えもしなかっただろう。


 そんな二人が異世界に来て二か月。今日、保護フィルターのかかっていない“そのままの”現実を見た。


 それはつまり子供に与えられた権利を、安寧を手放したということ。


 それは今日二人が―――大人の世界に足を踏み入れたことを意味した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

子供っていいですよね。ある程度の自由は制限されますが、その代わり守られる。……作者はずっと学生でいたいと今でも思います。

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