いーれーて!いーいーよ!

 それから三日後。二人は街道沿いにある森の中を歩いていた。


「ここら辺だよな?盗賊の根城って噂の森は」

「ええ。街道に近く、村からもそう遠くはない森の奥深くっていう話だったはずよ」


 弥々の問いにそう答えたのは、顔を白塗りにした厚化粧の女。(コウメ太夫を想像しよう)


「……なぁ、その化粧本当に必要だったか?」

「説明したことをするにはどうしても必要なのよ」

「絶対いらないと思う」


 元の顔の見る影もなくなってしまった理由として玲香があげたその話というのは――


『今私達が必要としているものは?』

『お金ではないでしょうか?』

『その通り。だけどそこで問題になるのが、私達にはお金を稼ぐ為のモノもツテもないって言うこと。法が存在しないに等しく、宗教の倫理観だけで秩序を保っているこの世界でこれは致命的』

『うん。それはわかったけど、何か方法があるんだろ?』

『ええ、古来よりお金に困った人間が取る行動は一つって知ってるかしら?』

『……?借金か?』


 ここで玲香は一呼吸おき。


『――犯罪よ』

『は?』

『犯罪でなくても、反社に加入or闇金に手を出す……まぁどっちも碌なものでない上に、足を洗うのもほぼ不可能なヤバいやつね』

『……そこまでわかってるなら何で盗賊なんかを?』

『ここが中世だからよ』

『と、いうと?』

『前世で足を洗うのが難しかったのは情報通信技術が発展していたから。でもここ中世では違う。電話なんて物はもちろん無いし、手紙だって上流階級でもなければそうそう使えない。身元特定に必要な写真だって存在しない。移動手段も馬がせいぜい。……こういう世界ならその組織から離れた場所に行くだけで、簡単に足を洗えるのよ。しかも相手は盗賊だし』

『なるほど』

『それに、私達は盗賊の“仲間”になるのであって、盗賊行為を行うつもりはないわ』

『ほほう?』

『お金と、この世界に馴染める服と、フーリさんから得た情報の裏取り、ついでに“新情報”を手に入れるのが目的。それが済んだらさっさと逃げるつもりよ』

『ふむふむ……なんか上手くいきそうだな!』

『でしょう?』


 という物だった。

 ここまでは弥々も納得できたのだが、それでもこの白塗り化粧は納得できない。17年に渡って見続けてきた顔でないからか、違和感が凄いあるのだ。


「それで、あの話がどう繋がるんだよ?」

「あなた盗賊に、仲間に入れて、って言ったら仲間にしてくれると思う?」

「思いません」

「だからこそのこの格好よ」

「確かに明らかにいっちゃってる人に見えなくも――ッ!」

「きゃっ!?」


 ザク!


 突然、言葉を切った弥々は咄嗟に玲香を抱き寄せながら地を転がった。

 その次の瞬間、玲香の胸が先ほどまで存在していた場所に“矢”が通過し背後の木の突き刺さっていた。


「ははっ、まじで盗賊がでたのかよ」

「あ、当たってたわね」


 立ち上がりながら会話を交わす二人。そこに空気を震わすよく通る声が響く。


「フハハハハ!よく避けたな奇人共!」


 二人を奇人と呼んだその声の主を見ようとそちらに目をやる。するとそこに見えたのは、そこまでボロボロの服を着ていない……いや、弥々達の地球基準で見るとボロボロであるのだが、フーリ婆とそこまで変わらない服を着た男たち、そして先頭にはその体には似合わないネックレスを何故かつけた大男がいた。

 それを認めた弥々は、何を思ったか玲香が止める間もなくとんでもないことを言い放つ。


「仲間にいーれーて!!!」

「「……………」」


 いきなりの幼稚園児発言。そして広がる沈黙。

 それを破ったのは、いきなり計画を台無しにされた玲香である。


「あんたいきなり何言ってるの!?バカなの!バカなんでしょ!?そうならそうと最初からいってちょうだいよ!!」

「ちょ、揺らさないで揺らさないで、目がまわるから」

「あんたは目が回って黙ってくれてる方がまだマシよ!」

「……ク、ククははははははっ!」


 いきなり始まったコント……喧嘩を見ていたその大男は何が面白かったのかいきなり笑い始めた。


「お前面白いな!いいぜ!、お前は仲間に入れてやる」

「おお!ありがとう!……ほら上手く行っただろ?」

「ええ、確かに、凄い、わね」


 簡単に加入が認められて、弥々は玲香にドヤ顔を見せた。それを玲香は非常に嫌そうにしながらも認め…だが、それを裏切る言葉が二人の耳に飛び込んでくる。


「だが、そっちは調べさせてもらうぜ。奇人っぽいが、そいつ――女だろ?」

「――おい。なにするつもりだ」

「クハハ!別に大したことじゃねぇよ。ただ色々いじって調べるだけだって。なぁ?」


 そう言って大男が後ろの男達に問いかけると「その通りでっさぁ!」と、声が返ってくる。

 それを見ていた弥々は嫌悪感で顔を歪め……腕を構えようとした時、玲香がそれを押し留めた。


「ねぇ、何で私がその調べ?を受けなきゃいけないのかしら?」

「そんなの決まってるだろ!お前が非力な女だからだよ!」


 その回答を聞いた玲香はニヤリ、と笑みを浮かべた。思わず隣にいた弥々が引いてしまうような。


「なら問題ないわね」

「あ?問題大有りだろうがよ」


「だって私―――魔術師だもの」

「「……ッ!」」


 その言葉を聞いた瞬間、男たちの笑みは引っ込み一様に唾を飲み込んだ。

 そして件の大男が、恐る恐る言葉を発する。


「それは、本当なのか……?」

「ええ、なんなら証拠を見せてあげましょうか?」

「ああ……あ、攻撃してくるなよ?」

「ええ、見せてあげるわ」


「魔術師」この言葉を聞いて、盗賊たちがいきなりビビり始めたのにはちゃんと理由がある。

 フーリ婆さん曰く、この世界には魔力が存在していてその魔力を扱って“魔法”を使う事ができる人間がいるそうな。因みに数は10人に一人くらいらしい。

 そして当然だが魔法を使える、というのはとんでもない戦闘能力を保有することになる。なんたって武器で切り掛かる前に魔法で簡単に殺されてしまうのだから。

 また、魔術師というのはある程度高位の存在を表す称号であったりするらしい。


 そんな魔術師という存在であると騙った玲香がカバンの中から取り出したのは、金属製のスプーン。

 それをまるで“マジシャン”のように、相手がよく見えるよう胸の前に持ってきた。そして


「私は魔術師といっても、戦闘術師ではなく錬金術師なのよ」

「錬金術だと?」

「ええ。だからこういう金属のものを操るのが得意なのよ。ほら――」


 そう言って玲香は軽々と金属製のスプーンを捻じ曲げる。


「――曲がった」

「「「おお!」」」

「まじかこいつ……マジックを魔法で通すつもりかよ」


 弥々は側で呆れていたのだが、それを他所に盗賊たちは大興奮していた。「本物の魔術師だ!」と言って。

 だがそんな中玲香の目についたのは、頭目であろう大男すら興奮していたのにも関わらず、周りと違って一人今も疑わしげな視線を向けてくる男だった。そして、そのいかにも狡賢そうな痩せ身の男が大男に断ってから前に出てくる。


「なぁ魔術師様よぉ。確かにあんたは、“戦士でもない”ようだし魔術師で間違いはないんだろうよ。だけどな?そうなると尚更俺らみたいに盗賊団に入りたがる理由がわからんのよ。そこんとこ教えてくんねぇかい?」


 本来魔術師というのは、しっかりと魔法の使い方を学んだ人間。言ってしまえば、前世でいう医者などの手に職を持つ、というもので食に炙れるということはほぼ無い。

 それこそ“犯罪”でも犯さなければ。


「実は、研究資金が足りなくなってしまったのよ。だからといって、更にお金を借りるわけにもいかないし、都市内で犯罪を行うわけにもいかない。そう思ったから、ある程度離れた場所の盗賊をさがしていたのよ」

「ほーん。……OK。俺はもう文句ないぜ」

「ありがとう。あ、あとこいつは私の護衛だから」

「わーてるよ。近距離ようのだろ?全く護衛まで自分の趣味に巻き込むタァ趣味が悪い。お、今のダジャレじゃん」(制服の事)


 ひひひ、と笑いながらそいつが引っ込むと代わりに大男が出てくる。そしてこう言ったのだった。


「俺、ダンギルが率いるこのダンギル盗賊団に加入することを許可するぜ!今からお前らは仲間ダァ!」

「「「おお!!」」」


 その言葉を聞いて弥々は心の中では顔を顰めながらも一応喜ぶのだった。……因みに、玲香は意味深に微笑んでいた…が、化粧のせいで怖いだけだったとかなんとか。

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