言語の壁

「なんで山なんてのぼってるのかしら」

「そこに山があるからさ」

「今のは愚痴で、冗談は求めてないわ」

「そんな!僕頑張ったのに!」


 そんな軽口を叩き合ってる二人は、山にたどり着いた後取り敢えず川を探しながら山頂を目指すことになった。

 その理由は――


『山、登るわよ』

『何故に?』

『ここら辺の地理を把握しなきゃ行けないでしょう。それにもしかしたら街らしき物が見えるかもしれないわ』

『おお!確かに!』


 といった会話があったからだ。


「なぁなぁ、この山におばあちゃんがいたりしないかね?」

「周りに人の痕跡がないのよ?いるわけ無いじゃない」

「いや、ほら古典でやった姨捨山的な感じでさ」


 姨捨山とは口減らしのために老人を少し離れた山に捨てるという昔話に出てくる物であり、弥有二ミュウツーはそれをイメージして言ったのだろうが、


「姨捨山は都市伝説よ」

「そうなの!?」

「ええ。実際には老人は大事にされていたし、場所によっては神聖視されたりもしてたみたいよ」

「へぇ……ん?でも、俺実際にあった山って聞いたことあるけど」

「それはあれよ。神聖な存在になった老人を同じ場所には住まわせられないっていうことで、村とは別のコミュニティを作ったのが、色々あって姨捨山として伝わったっていう話だったはずよ」

「ほほう。そう言うことか」


 なるほどなぁ、と呟きながら軽々と急勾配かつ木の根やら何やらで登りにくい斜面を登る弥有二ミュウツー。ついでに玲香にさり気なく手を貸すことも忘れない余裕っぷり。それを見た玲香は思わず半目になってしまう。


「あなた山登りに慣れすぎじゃない?」

「俺はほら、世界初の五大陸最高峰登頂者“植村直己”さんに憧れてた時期があったから」

「ああ……確か14歳の時だったかしら?」

「そうそう。まぁ結局一年後には火星に行きたいって言い始めたんだけどな!」

「あの時は本気で頭がおかしくなったのかと心配したわよ」

「ははっ!毒舌!“俺以外に言っちゃ駄目だぞ”!」


 弥有ニミュウツーの軽口に「わかってるわよ」と言い返そうとした玲香はしかし、森の開けた場所にいたその存在を目にしたことでそんな余裕は吹っ飛んでしまった。

 そして弥有ニミュウツーもそれを見て同様に目を見開いた。

 そこには―――


「あるじゃんか。姨捨山」

「あったわね。姨捨山」


 ちょん、と木の根元に座り込む一人の老婆がいた。

 それを見て二人は顔を寄せ、緊急会議を開く


「……とりあえず話しかけるか」

「ええ。流石にいきなり襲いかかってくるとかはないでしょうし」

「オーケー。じゃあ俺が行く」


 そうと決まれば早い、弥有ニミュウツーが茂みから出ていき老婆の前に立つ。そして、少し緊張で声を震わせながら声を発した。


「こんにちは」

「%’¥:¥)&’@a」

「……?」


 空耳かな?と思いもう一度話しかける。


「こんにちは?」

「@‘&)5;¥:#’%#」

「「……………」」


 定番の挨拶。日本人であれば通じないことはない最もポピュラーな言葉。にも関わらず帰ってきたのは全く理解できない単語群であった。


「おい玲香。やばい俺何言ってるのかわからんかった」

「安心して。私もよ」

「ウッソだろ!?マルチリンガルのお前でも無理なの!?」

「ええ。一単語も分からなかったわ」


 どこかわからない土地。そも植生や気候すらわからない土地で言葉すらわからない。流石に言葉が通じるくらいの転移特典はあるだろうと思っていた弥有ニミュウツーは思わず、黙り込んでしまう。


「……これ、詰みじゃね?」

「……い、いえ、条件さえ何とかなれば、何とかなるはず……よ」


 玲香も流石にこれには動揺を隠せなかったようで、接頭がどもり、語尾はかなり不安げに揺れていた。

 そして、何やらまだ手が残っているらしい玲香はポケットから鞄から爽健◯茶の“ペットボトル”と“スマートフォン”を取り出して老婆に近づいていき。


 ペットボトルを見せ

『ぽえけっでぃ?』

 スマートフォンを見せた

『ぽえけっでぃ?』

「うまくいった!」


 ペットボトルを指しながら老婆が発した言葉を聞いて小さくガッツポーズを決めた。


「なぁ?今の何だ?」

「今のは“これなに?”っていう魔法の言葉よ」

「そうか。……それが分かれば取り敢えず単語類は質問できるのか!」

「その通りよ」


 一度暗雲に包まれながらも一筋の光明が差したことで、玲香もテンションが上がっているのだろう。ビシィ!と弥有ニミュウツーに指を指した。

 そして珍しくテンションが上がっている玲香を見て、苦笑しながらも弥有ニミュウツーは早速それを使ってみる。


 まずは老婆を指差して


「ぽえけっでぃ?」

「?」


 次に自分を指差して


弥々ひさみ


 そして、もう一度老婆を指差し


「ぽえげってぃ?」

『フーリ』

「フーリ?」

『でー』


 老婆の名前と、ついでにyesそうらしき言葉を聞き出せた弥有ニミュウツーは玲香を振り返り、満面の笑みを浮かべピースをした。

 が、玲香は気に入らないことがあったのか弥有ニミュウツーの頭をむんずと掴んだ。

「痛いです」

「なに嘘教えてるのよ。あなたの名前は弥有ニミュウツーでしょうが」

「や、せっかく異世界に来たんだから心機一転改名しようと思って」

「へぇー?そんな簡単にピカイブ両親さんたちがつけてくれた名前捨てるの」

「まてまて!名前はちゃんと原形残してるだろ!?」

「何処にあるのよ。原型」

「それはな――」


 弥有ニミュウツー

 ↓

 弥が有る二つ

 ↓

 弥弥

 ↓

 弥々ひさみ


「と、いうわけさ」

「それなら良いわ」


 しっかりと説明をいたら玲香はその手を離してくれ、弥有ニミュウツーもとい弥々ひさみはほっと胸を撫で下ろした。


「ま、キラキラネーム可哀想だと思ってたから、反対するつもりなかったけど」

「おい」

「ちょっとやってみたかったのよ。名前を大切にする熱血キャラ」

「……熱血?」


「余計なことは気にしない」と言いながら玲香は老婆の前にしゃがみ込んで


玲香れいか

『フーリ』


 しっかり自己紹介を済ませた。


 そんでもって何とか現地の言葉を知る術を得た玲香は少しだけ考え込み、次の瞬間とても良い笑顔を弥々に向けた。

 それを見て久もは嫌な予感をひしひしと感じながら一応聞いた。


「なにを思いついた?」

「ちょっと此処で一ヶ月くらいサバイバルしようかと思って」


 予感的中……。弥々的にはサバイバルなんぞやりたくも無いので、何とか説得しようとする。


「……辛いよ?サバイバル。体は洗えないし、食べ物美味しくないし、虫いっぱいだし」

「その程度で根を上げてたら女が廃るわ」

「それは男……」

「此処が日本だったら、フェミナチに住所特定されてネットに晒されてたわね」

「まじかぁ……ってそうじゃなくて、サバイバルって本当に大変なんだって」


 弥々もガチのサバイバルはやったことは無いが、登山中に遭難した時はかなりキツかったことを覚えている。有る程度の道具が揃っていた状態ですらそうだったのだから、今の学校帰りの装備じゃ正直に言ってインドア派の玲香じゃ持たないと思い、もう一度説得にかかる。が――


「私が言葉を覚えてその間ミュ、弥々はサバイバル。一番合理的じゃない」

「や、サバイバルは精神面がどんどん追い込まれていってヤバいことになるんだよ」

「それなら大丈夫よ。だって――」


 一度言葉を切った玲香と目が合う。


「――あなたが居るんだもの」

「…………」


 眼差しと言葉から伝わってくる、まっすぐな信頼。それを感じた弥々は、頭をガリガリと掻きながらあー、と呻き声をあげ


「……わかった。俺もできる限り頑張るわ」

「よろしくお願いするわ。弥々」

「おう」


 こうして、初めての異世界人との交流はサバイバルの開始とともに始まったのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

弥々と玲香は恋人関係ではないです。幼馴染みです。

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