第59話 大和の思い。

「颯斗…お前さー、少し変わったよな?」


「…変わった?…俺が?」


急に何を言い出すのかと、つい上半身を上げると、大和は「あちー」と言いながら、被っていた毛布を足元に蹴り飛ばす。


「…ほら、お前って何に誘っても、いっつも興味なさそうじゃん?ずっと思ってたんだよ、お前のつまらなそうな顔を何とかしたいって」


「……はぁ?」


「初めて会った時は、もう少しフレンドリーで笑顔を見せてくれたりもしたけど、作った笑顔って感じがして嫌いだったんだよ。自分にしか興味ないって感じ?」


「……何が言いたいんだ?」


「うーん、…なんか上手く説明出来ないけど…会った頃のお前って笑顔で人を拒絶して、なんか腹ん中で周りを見下してる感じがしたけど…。今のお前と話してると、確かに口は悪ぃけど、ちゃんと人と話をしてる感じがするっつーか…」


「意味分かんねーな…」


何が言いたいのかさっぱりだ。

前の俺はそんなに人間味がなかったのか?


…正直、颯斗としてのはあるが、今の俺になる前の颯斗が何を考えて、そしてどんな性格だったのか俺は知らない。


共有してる記憶のせいで、女好きの遊び人ってイメージしかなかったが、元々の俺はどんな性格だったんだろうな?


性格や考え方も共有出来てれば、前の颯斗がどんな奴だったか分かるのにな…。

そんな事を考えてると、大和が俺を指差した。


「つまりだ、俺は今のお前の方が好きって事だ」


「何だよ、気持ち悪ぃな。まだ酔っ払ってんのか?…つーか、人を指差すな」


「んー?あはは、悪い悪い」


「…ったく…アホらし、とっとと寝ろ。二日酔いで寝過ごしても、俺は起こさねぇからな」


そう言い捨てて、背中話を向けて横になると、今度は素直に「あぁ、おやすみ」という声が聞こえて来る。


それ以降は話し掛けて来る事もなく、俺も次第に夢の中へと落ちて行った。



♢♢♢♢♢♢



翌朝、目覚ましが鳴る前に目が覚めた。

隣を見ると、大和はまだグースカ寝ている。


(…まだ6時前か…。もう一寝入り…は、出来なくもねーけど、今から寝たら、今度は寝過ごしそうだな)


どうせもう外は明るいし、ここで過ごせるのも、もう後少しだ。

別に名残惜しい訳じゃないが、早朝散歩と洒落込むのも悪くない。


大和を起こさないように着替えて外に出ると、朝日が眩しい。


(早起きも良いもんだな)


朝の爽やかな空気と波の音が、東京とはまるで違う。

東京で早起きしたって、車の排気ガスやエンジン音ばかりで、清々しさなんかねぇもんなぁ…。


見渡すと、綺麗な砂浜と遥か彼方まで続く海が見える。


海は太陽の光に反射してキラキラと光り、波が押し寄せる度に、無数の宝石が動いているみたいだ。


だが陽が落ちた夕暮れの海と違い、誰もいない朝の海は何だか見慣れない。

いつもは明るい時間は、混雑してるからゆっくり砂浜散歩も出来なかったからな。


それに空も本当に高い。

雲ひとつ無く、海同様に真っ青な空が、果てしなく広がっている。


飛行機雲が青空をさえぎるように、真っ青なキャンバスに白い線を描いていた。


特に何をするわけでもなく、波の音を聞きながら歩いていると、少し離れた岩場の影に座り込んでいる、見覚えのあるワンピースが見えた。


「…愛莉?」


あいつも早朝散歩か…、と思いながら近付くと、愛莉は俺に気付いて顔を上げる。


「あら、早いのね」


「…たまにはな。今日でもうこの浜辺ともお別れだし、見納めに少し散歩しようと思ったんだが…、お前もか?」


「そんなとこ、海なんて滅多に来れないじゃない?」


そう言うと、愛莉は立ち上がってワンピースの砂を叩き落とす。


「そういえばお父さんから、私の新しい部屋を見つけたってメッセージあったのよ、颯斗の方にも来た?」


「ああ、やっと一人の時間が戻って来るぜ」


マジでやっと自分のベッドで寝れる…。

おじさん、意外と早く行動してくれたんだよな、ありがたい。


「場所はどこなんだ?」


俺の住んでる地域の家賃は結構高い。

俺は大学への交通の便から住んでいるが、愛莉は学校がある訳でも、仕事がある訳でもないから、特にコレといった最寄駅がない。


(埼玉あたりなら安い物件ありそうだし、おじさんの事だから安いアパート探してるだろうな)


「あら…、聞いてないの?」


「そりゃそうだろ?いくらなんでも、そこまで俺に伝える義理ねーだろ」


愛莉は「そう…」と答えながら、目を逸らした。

その横顔は少し寂しそうに見える。


「……?今日戻ったら、荷物運ぶんだろ?引っ越しったって、荷物もほとんどねぇし、大学の友達に車借りて、運んでやるよ」


コイツが持ってる私物なんぞ、服の入った旅行用バッグと俺が買ってやった布団。それから日用品くらいのもんだ。


「…ありがと、それよりそろそろ戻りましょ。みゆりさんが起きちゃったら、また朝ごはん作り出すかも知れないわ」


「……!!…直ぐに戻るぞ!!」


時計を見ると、昨日みゆりが朝ごはんを作り始めていた、という時間に近付いている。

今日もみゆりが同じ時間に目覚めるとは限らないが、先に朝ごはんを作っておくに越した事はない。


俺は愛莉と顔を見合わせると、どちらからともなく頷いた。


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