第58話 最後の夜。
振り返ると、大和が近づいて来る。
…おぼつかない足取りで。
(こりゃ相当飲んでんな…)
思った通り、大和は俺たちの近くまで来ると、足をもつらせて、砂浜に顔から突っ込むように倒れた。
「…いてて」
「おい大丈夫か?」
「へーきへーき、それより、そろそろ皆んな帰るってよ?」
…どうやら、さっきの俺達の様子は見ていないらしい。
(良かったぜ…、コイツが見てないって事は愛莉も見てな…)
…?
…ん??
何で今、愛莉を気にしたんだ俺は。
女に襲われてるなんぞ、確かに人に見られたくない現場だが、別に愛莉に限った事じゃないだろ。
(あー…、アレか?家族と見てた洋画で急にSEXシーンになって、ついテレビを消して話題を変える…みてぇな?)
…って違うだろ!!
「はぁ…」
みゆりを見ると、平然とした様子で、ふらつく大和に手を貸して歩いている。
「真城クン?早く帰ろうよー」
「…ふん」
みゆりの言葉に返事をせずに、鼻であしらいながら二人を追い掛ける。
だが何故か、みゆりの唇の感触が消えず、俺はみゆりが唇を押し付けた首筋に手を当てた。
その瞬間、みゆりのアホみてぇにデカい胸と、脳内に響いた男の声を思い出してしまう。
(その女はお前のモンだ。…か…)
実際そうなんだろう、みゆりは俺に惚れてる。
これは自惚れじゃなくて、確実だ。
さすがの俺にだって、それは分かる。
(けど…、悪いなみゆり…、やっぱり女は信用できねぇ)
目の前で大和と話しているみゆりの顔を見ながら、俺は聡太と時と何も相変わらず、未だ新見晴子に囚われている事を思い知った。
♢♢♢♢♢♢
それから皆んなで民泊へ戻ると、さすがに深夜になっていた。
時間外ではあるが、酔っ払ってる大和に風呂の用意をさせ(させたのは愛莉だぞ)、女共は風呂に行っている。
海に入った俺も、風呂に入ってからでないと、さすがに寝る事は出来ずに、二人が風呂から出て来るのをリビングで待つ事にした。
ゲームでもするかとスマホを手にしたものの、考えてる事は違う事だ。
(海の家にバイトに来てたった3日…、色々あったな)
思い返せば、今年の夏はずっと愛莉と一緒にいたな。
マンションは勿論の事、田舎に帰った時も今回も、愛莉と会わない日はなかった。
(大和の野郎…、愛莉に惚れたみてぇな事言ってたが…)
もともと惚れっぽくて、直ぐに女と付き合っちゃ、直ぐに別れ(フラれ)る男だ。
(縁がないと言うか何と言うか…、とにかく一人の女と続かないんだよな)
…そういや、俺が大和とつるむようになったのも、女が原因だったな。
当時の女と別れて、新しい女を見つける合コンを開くのに、大和は俺に声を掛けて来た。それが出会いだ。
(それ以降、何かっつーと絡んで来るようになったんだよな)
あの時、大和に見つかっていなければ、今頃は平和な生活を送っていたはずだ。
こんな海になんぞ来なかっただろうし、合コンだって行かなかっただろう。
(調子が良い大和の奴には、正直ムカつく思い出ばかりだが、憎めねぇ奴だってのも確かだ)
…まぁ、奴から離れて行ったら、こっちから話しかける事はねぇだろうがな。
そんな事を考えていると、どうやら風呂が空いたらしい。
愛莉達が出て来た。
さすがのみゆりも疲れたのか、俺に「おやすみー」と一声掛けるだけで、愛莉と一緒に部屋に戻って行く。
愛莉も「明日寝坊しないでよ」と、クギをさすだけだった。
#大和side ────
眠れない。
身体は疲れてるのに、眠気だけがやって来ない。
俺はこんな風に疲れてる時、結構あっという間に寝れるタチなんだけどなー。
チラッと、風呂から出て来た颯斗を見る。
暗闇の中、スマホの明かりが見えるから起きてるんだろう。
「なぁ、颯斗ぉー。寝れないんだけど」
「…知るかよ、俺は寝るぞ。明日は早ぇんだ」
「俺を残して寝る気かよー!ありえねーよ!」
「うるせーよ、ありえねーのはてめぇだ」
「俺を寝かせろって!!俺が起きてるうちは、お前も寝かせねーかんな!!」
このまま颯斗に先に寝られたら、暇で仕方がない。
起き上がって颯斗を見ると、颯斗はジロリと俺を見た。
「…暴力に訴えて良いなら、今すぐ寝かせてやるぞ」
「静かにします、ごめんなさい」
慌ててまた横になる。
コイツは本気でやりそうだから、とりあえず謝っておく。
#颯斗side ────
こっちは疲れてるってのに、起きてる間はマジでうるさい奴だ。
もう無視して寝ようと背中を向けると、大和はとんでもない事を言い出した。
「だってさー…、マジで眠くねーんだって。あんなに飲んだのになー。…あ!颯斗が相手してくれねーなら、女の子達の部屋に…」
「…行ったら殺す」
いつもより数オクターブ低い声で言うと、大和は「ひゃっ」
と短い悲鳴をあげて布団にもぐった。
「……もー、冗談だよー」
そう言いながら、顔の半分だけを布団から出すと、大和はふっと真顔になった。
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