第57話 みゆりチャンは発情中。

せっかく片付けたっつーのに、バイト最終日の打ち上げは、サムの店でそのまま始まった。


(めっちゃ散らかしてんな…俺らは帰るが、海の家は明日もやるんだぞ?分かってんのかコイツら…)


俺は最初の、俺をイメージしたらしいカクテル以降は、ノンアルを飲んでるが、他の奴らは浴びるように店の酒を飲み続けてやがる。


…後から金払えとか言わねぇだろうな?

ぜってぇ払わんぞ?


サムも良い感じに酔っ払っていて、キッチンで豪華なツマミを作っている。

大和はもともと知り合いなんだろう、海の家のスタッフ達と騒いで、愛梨にたしなめられているようだ。


(…ん、みゆりはどこ行った?)


そう言えば、さっきまで楽しそうにスマホで写真を撮りまくっていた、みゆりの姿がない。


つい探して外を見ると、海の家から少し離れた波打ち際で、特に何をする訳でもなく、水平線を眺めているみゆりの後ろ姿があった。


別に用があった訳じゃないが、騒がしい所にいるのも嫌で、何となくみゆりのいる砂浜へ向かう。


「……?あ、真城クンー」


「…アッチは騒がしいから、来ただけだ」


別に何を言われた訳でもねぇのに、勝手に言い訳して、俺はみゆりから少し離れた場所でサンダルを脱いだ。


ザァ…っと波が足指の間を流れていき、その度に、動いていないのに動いているような…、そんな錯覚に陥る。


ついフラッとして、そのまましゃがみ込むと、みゆりが隣に座って来た。


「…おい、濡れるぞ?」


「えー?平気よ?だって下は水着だし?Tシャツなんか、別に濡れたって問題ないわよー」


…あ、そうか。

女共は水着で仕事してたんだよな。

それなら…。


「…ッと…」


もう後は民泊に戻って、風呂入って寝るだけだ。

俺は濡れるのも構わずに、服のまま砂浜に寝そべった。


波が打ち寄せるたび、足元、背中、後頭部の順で砂が動き、まるで自分が動いているような違和感を感じる。


そのまま目を閉じると、砂浜じゃなくて、まるで海の上で浮かんでいるようだ。


(…あぁ、気持ちいいな…)


陽キャが溢れんばかりにいる、騒がしい真っ昼間と違い、人気ひとけのなくなった夜の海は落ち着く。


耳に届くのは波の打ち寄せる音。

感じるのは背中を通って行く波の感覚。


目を閉じているせいか、視覚以外の五感がいつもより鋭い気がするな。


このまま眠っちまいそうだ…と思っていると、ふいに唇に柔らかいモノが触れ、俺は思わず目を開けた。


すると、すぐ間近にみゆりの顔がある。


「……??…お…、お前…まさか…今…」


自分の口元を押さえながら、全部を言えずに動揺していると、みゆりはシレッと舌を出した。


「え?なにー?」


「しらばっくれんじゃ…」


「ん?…したと思った?」


そう言うと、みゆりは仰向けに寝ている俺の上に、馬乗りに乗って来る。

ゆっくりとした動作で前髪を耳に掛ける仕草、そして唇を舐める仕草に、つい目を背けた。


「…おい…!」


「言えたら、もっかいシテあげてもいーよ?キ・ス」


「したんじゃねーか!!どけ!変態女!!」


そう言って、上にいるみゆりを退かそうとするが、怪我をさせた事を思い出して腕が止まる。


「…?逃げないの?それじゃあー…もっかいシちゃおっかなぁー」


「…んぎゃっ!やめろ!!」


クソ!俺のキャラじゃねえだろ!

近づいて来るみゆりの顔に、動揺し過ぎて変な悲鳴が出ちまった!!


(何とかこの場をやり過ごさないと…)


誰かコッチに気付かないかと海の家を見るが、二人で暗闇に寝っ転がってるせいか、誰もコッチに気付いていない。


ダメか…と思った直後、またしてもみゆりの唇が、俺の唇へと押し付けられた。


「……ッ」


逃げようと顔を背けると、みゆりは笑いながら、今度は俺の耳元にキスしてくる。

リップ音が頭に響いて、身の毛が総毛立つ。


そのまま首筋に押し当てられる、みゆりの柔らかい唇と、生温かくて少しザラついた舌に、俺は感じたくもない感覚を全身に覚えた。


(ぅ…、クソ…!ふざけんな…!!)


今度はみゆりの細い指先が、するりと俺のTシャツの中に入り込み、腹筋から胸元を撫で上げる。


くすぐるように優しく触れる指に、身体が勝手にビクっと反応する。


「…真城クンもさわっていいよぉ?私の胸」


「誰がさわるか!!退けよ!!」


顔を逸らしながら言うと、みゆりは笑顔のまま俺を無言で見下ろし、ふぅ…と息を吐くと、俺の上から移動して、隣に横になった。


「つまんないのー、普通ここまですれば、手ぇ出してくるよね?…え?まさか不能…」


「…やかましいわ!お前には恥じらいがねぇのか!」


怒鳴りながら身体を起こすと、みゆりは気にもせずに笑う。


「あはは!真城クンって純粋だよねぇー、もしかして女の子にも大和撫子を期待してる?」


「あのなぁ…」


ダメだ、コイツには言っても無駄だ。

そう思いながら白い目を向けると、海の家の方から名前を呼ぶ大和の声が聞こえて来た。

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