第56話 海の家バイト、最終日。

その日の夜、大和と顔が合わせづらくて、用もないのにリビングで時間を潰してから部屋に戻ると、既に部屋の電気は消えていた。


ドアの方に背中を向けて寝ているから、大和が起きているのか寝ているのかは分からないが、俺は念の為に電気は付けずにベッドへ行き、音を立てないように横になる。


チラッと大和を見ると、全く動いていない。

…寝てる、のか?


(安心したような…、さっきの言葉の真意を確かめたいような…)


真っ暗な中、大和の背中をしばらく見つめるが、動く気配はない。

間違いなく寝てるな。


(俺も寝るか…、明日でバイトも終わりだし、最後の最後でミスったらアホらしいからな)


…そう、明日で海の家のバイトも終了だ。

帰るのは明後日の朝だが、今夜と…もう一晩は、ここで大和と寝ないとならん。


(気まずく思う理由も必要もねぇのに、なんか気まずいんだよな…)


やっぱり原因は愛莉か?

だけど、別に大和が愛莉を好きだって(付き合うかどうかは別として、だ)問題ないだろ…。


(なんで一瞬、嫌な感じがしたんだ…)


…いやいや、愛莉は妹みてぇなモンだ。

その妹を、大和みてぇなチャランポラン野郎に渡すのが不安だった。それだけだ。

それ意外に、動揺する理由はない。


(そうだ、血の繋がった本当の妹だって、いきなり彼氏が出来たりしたら驚くだろうし、紹介された彼氏が大和だったら、普通に嫌だよな。特別な意味なんぞねぇよ…)


そう自分を納得させるが、どうにも考えが煮え切らないまま、その夜は過ぎて行った。



♢♢♢♢♢♢



次の日、さすがに3日目ともなれば、バイトもある程度は慣れてくる。

3人ともいつも通りに仕事をして、3日間の海の家のバイトは終了した。


「いやー、ホント助かったよ!正直なトコロ、このまま8月中、ずっとバイトしてくれると嬉しいくらいだ!」


閉店後、後片付けをしていると、サムが笑顔で背中を叩いて来た。


「…勘弁して下さいよ」


各テーブルを拭きながら、ワッハッハ!と豪快に笑うサムに苦笑いをしていると、サムはふっと真面目な顔をした。


「いや、本気さ。本当に助かった、それに君は未来の息子だしな、このままココで暮らしても良いんだぞ?」


…その話、蒸し返すのかよ。

俺はロリコンじゃねぇぞ。マリンは大和にくれてやれ、泣いて喜ぶぞ。

そんな事を思っていると、俺の背後にいた大和が俺とサムの間に割って入った。


「ダメだ!颯斗なんかにマリンはやらん!!」


「何言ってる大和、マリンの方から颯斗にプロポーズしたんだぞ?」


「颯斗はダメだ!こんなイケメンと付き合ったら、マリンが苦労する!!」


「しかしマリンは面食いだしなぁ…」


そんな事を話している二人を見て、俺は少しだけ安心する。


(…いつもと変わんねーな)


昨日の夜、話をせずに寝ちまって、今朝は今朝でバタバタしてたから話せなかった。

…良いんだ、話す必要はない。

忘れちまえば良いんだ、どうせ愛莉が大和を好きになる事はない。


(愛莉のおじさんからメッセ来てたが、愛莉の新しい部屋を見つけたって言ってたしな…、このバイトから帰ったら愛莉も引っ越す。そしたら愛莉と大和が会う事もないだろ)


連絡先の交換なんてしてないだろうしな。

俺さえ間に入らなけりゃ、大和は愛莉に会えないはず。


(…いやいや!何で邪魔する事考えてんだ!!二人の問題だろ、関係ねぇよ…!!)


ブンブンと首を振ると、大和が不思議そうに俺を見た。


「…?どうしたんだ?ヘドバンの練習か?」


「何で俺がヘドバン練習しないとならねーんだ、つーかヘドバンなら、左右じゃなくて上下に首振るだろ」


いつも通りの大和に安心しながら、いつも通りに突っ込むと、大和の後ろから愛莉とみゆりがやって来る。


愛莉は配膳用のトレイを持っていて、その上には洒落た飲み物が人数分乗っていた。


「お疲れ様です」と二人でサムに声を掛けながら、愛莉は拭き終わったテーブルにトレイを置く。


「これはキッチンの人達からのサービス…。3日間お疲れ様でした、の気持ちだそうです」


「それぞれをイメージして作ってくれたカクテルですって、素敵よねぇ」


…カクテルか。

あまり好んで酒は飲まないが、これはさすがに遠慮出来ないな。


「イメージか…、どれが俺のだ?」


トレイに乗っているのは、レッド、イエロー、ピンク、ホワイトだ。


「颯斗はレッドよ。甘いの苦手だって伝えたら、トマトベースのカクテルを作ってくれたの。…因みに私はホワイト、カルピスがベースね」


「私はピンクッ。この色ストロベリー…じゃなくてピーチかしら?」


「へー、じゃあ俺のがイエロー?…あ、レモンだ!サッパリしてて、メチャうまー!!」


それぞれが各々をイメージしたカクテルを手に取り、美味そうに口にする。


(…美味い、トマトがこんな味になるのか)


結局、最終日の夜くらいはゆっくり過ごそうと思っていた俺の当ては外れて、結局この夜も皆で騒いで過ごす事になった。

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