第52話 声の正体。

民泊へ戻ると、確かにみゆりが待っていた。

…足は腫れている。


(あの足じゃあ、走る事も出来なそうだな…)


みゆりのアホが、俺を驚かすためにイタズラしたのかとも思ったが、民泊から肝試しの会場まで距離があり、いくら何でも無理だろう。


(マジで幽霊か?わざわざみゆりのフリまでして?)


今年の夏は随分と幽霊に縁があるらしい。

お祓いでも行った方が良いのか?


「…颯斗?どうしたー?」


「…いや、別に」


考えていても仕方ないよな。

こんな夏もあるさ、うん。あるある。


田舎に帰った時の幽霊とは違う、全く俺とは関係のない幽霊の事は忘れよう。


時間を見ると、ちょうど男風呂の時間だった。

こういう時は、熱い風呂に入ってサッパリして、無かった事にしちまうのが一番だ。


俺はまだ「リビングでおしゃべりをしてる」という3人を置いて、風呂に行く事にした。



♢♢♢♢♢♢



熱い風呂に浸かりながら、ぼんやりと今日の事を思い返す。

…当然、幽霊の方じゃなくて、みゆりと一緒にいた時に聞こえた、男の声の方だ。


(誰だったんだ?聞いた事のある声だったな…)


聞いた事はあるが、頭の中に直接響いて来た声は、滲んでいるような、反響しているような…、とにかく変な風に聞こえて、ハッキリと声まで分からなかった。


…まさかあの男の声も、幽霊とか言わねぇだろうな?


「…はぁ…」


広い湯船に、顎先まで身体を沈めて、仰向けに浮かぶ。

…やっぱり広い風呂は最高だな。


この風呂は露天風になっていて、屋根はあっても外にあるから、波の音が良く聞こえる。

辺りは暗いから、当然だが海は視認できないが、熱い風呂に浸かりながら波の音を聞けるというのは贅沢だ。


(…あの声…、幽霊…じゃないとしたら…?だとしたら、あの声はもしかして…)


ふと男の名前が思い付く。


だがそれを認める事は、今ここにいる俺の存在や人格を否定するのと同じで、俺は思考を止めるため、バシャっと熱い湯を顔にかけた。


「ふー…ッ」


深く息を吐いて目を閉じる。

そう言えば、前にいつもと違う変な気持ちに…と言うか、変な感情を覚えたときも、みゆりと一緒に時だったな。


(あの女…、迫って来すぎなんだよ)


確かに良い女だし、顔だって身体だって、男好きのする所だろう。

わざわざ俺なんぞに執着せんでも、他にいくらでも男が寄って来そうなもんだけどな…。


(美形なんて、好きでなった訳じゃねぇ…。俺は普通で良かったんだ)


結局、普通が一番だ。

ブサイクでもイケメンでも、どうしたって人目を引くし、人目を引けばトラブルも増える。


(…あー、山奥とかに隠居して、一人でのんびり暮らしてぇな)


夜空を見上げると、無数の星がよく見えて、俺は考える事をやめて、まるで降ってくるような星空を見上げていた。



♢♢♢♢♢♢



部屋に戻ると、大和が適当な雑誌を見ながらくつろいでいた。


「おう颯斗、長風呂だなー」


「悪いかよ。風呂くらいしか、一人でいられる場所がないんでな」


「お前ってホント一人が好きだよな、わざわざ自分からボッチになって楽しいか?」


「別に一人が楽しいワケじゃねーよ、俺が望んでるのは平穏だ」


一人でいるのが、一番トラブルなく穏やかに過ごせる。

…それだけだ。


そんな事を話しながら自分のベッドに腰掛けて、スマホを取り出す。

すると、愛莉からメッセージが入っていた。

開いてみると、ベランダで待っているから風呂から出たら来て欲しいという内容だ。


(…届いたのはちょうど5分くらい前だな)


せっかく風呂に入ってサッパリしたのに、また外に行くのか…。


(まぁ、部屋にいても大和コイツがいるから、ゆっくり出来るワケじゃねぇしな)


俺は愛莉に「これから行く」と返信すると、大和に一声かけてから部屋を出た。


ベランダは2階リビングの先にある。

あの変な声が聞こえたのもベランダだし、本当は行きたくないが、またあの声が聞こえるかどうか、気になるのも確かだ。


(お、いた)


窓から愛莉の姿を確認してドアを開けると、愛莉は黙って俺を振り返る。


(…ん?)


その顔はいつもと違って、怒っているような悲しんでいるような、よく分からない顔だった。

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