話が違う!

安里紬(小鳥遊絢香)

本編

 おかしい。


 俺は確か目覚ましのアラーム音で目が覚めたはず。まあ、確かに今、起きているわけだが。なのに、いや、きっと二度寝の最中だ。そうでないとおかしいんだ。だって、今いるところが何処か分からない。


 六畳の狭くて散らかった部屋から、木でできたログハウスのような部屋に変わっている。


 キョロキョロと見渡してみれば、腰までの高さの窓があった。いつもよりも硬めのベッドから降り、窓に近付いてみる。屈んで覗いてみれば、木々がたくさん立っているのが見えた。


 まさか、森の中……?


 ふと焦点を窓に合わせてみると、そこに可憐な女の子が映っていた。ふわふわのワンピースに身を包み、髪は肩上辺りでくるんと巻かれている。


 そうか、この子に聞けば、ここが何処か、どうしてこんなところにいるのか分かるかもしれない。よかった、よかったと胸を撫で下ろしながら振り向けば、誰もいない。もう一度窓を見れば、ちゃんと女の子は立っている。理解できずに首を傾げたら、窓の中の女の子も傾げた。


 まさか、これが俺!?


 ペタペタと顔を触れば、いつもはない位置に髪の感触。下を見れば見たことがないようなワンピースを着ているじゃないか。


 そうか! やはりこれは夢の続きだ。


 意味の分からない夢から覚めたくて 、パーンっと強めに両頬を叩く。


「いってぇ!!」


 ジンジンと痺れるほどの痛みに、思わずその場でしゃがみ込んだ。

落ち着け、俺。痛いということは、夢、ではない……?


 もしかして、これが今流行りの転生というやつだな。それなら、この異常事態も、男の俺が女になっていることも説明がつく。いや、そこで納得することがおかしいということ気が付かなかったことにしよう。

よく分からんが、とりあえず部屋を出てみるか。


 部屋のドアを開けて出てみると、大きなリビングのようなところに出た。誰かいないかと探してみても、誰も見当たらない。どうしたものかと悩んでいると、コンコン、コンコンとノックをする音が聞こえてきた。仕方なく音のした方へ向かい、そのドアを開けてみて、勢いよく閉めさせてもらった。


「白雪姫、このドアを開けておくれ」

「開けるか!」


 見るからに怪しい婆さんの姿に、俺の本能が危険を告げる。


「世界で一番美しい白雪姫に、誕生日プレゼントを持ってきたよ」

「は? 誕生日プレゼント?」

「そうだよ。とりあえず、開けとくれよ」


 いや、どう考えても、悪いお妃の変装した魔女だろう? 俺が白雪姫だとしたら、だが。


 チラッと見えたのは腰の曲がった婆さんだった。それに婆さんの言うことが本当なら、、貰えるのは毒林檎だということくらい、俺にだって分かる。


「死んでも開けん!」

「そうかい」


 お、諦めた。


 話を分かっているから、危機は回避したと安堵していると、突然ドーンッと大きな音とも目の前のドアが吹き飛んだ。


「受け取ってくれなくちゃ、話が進まないだろう?」

「いや、そんなの知らねぇよ!!」

「美味しい毒林檎だよ。さあ、お食べ」

「毒林檎って言ってるし!」


 しかも、差し出された林檎は赤でも青でもない。紫色の林檎だ。


「細かいことは気にしない」

「気にしろよ! ってか、食わねぇから。見るからに毒々しいだろ!」


 そもそも中身が男ってことで、この話にバグが起こっているのか?

婆さんに、はあっと盛大な溜息を吐かれたが、断固として拒否させていただく。


 そんな不毛なやりとりをしていると、婆さんの後ろから歌が聞こえてきた。見れば、七人の小人だと思われる奴らだ。どうやら帰ってきたらしい。


「白雪姫、目が覚めたんだね。あれ、お客さんかい? 上がってもらいましょう」

「待て、敵を家に入れるな!」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

「婆さんもお言葉に甘えるな!」


 そんな俺の絶叫はことごとく無視され、七人の小人と婆さんは家の中に入ってきてしまった。


「白雪姫、今日はあなたの誕生日パーティーですよ。美味しいものを買ってきたから、どうぞ、そこに座ってください」


 七人の小人のうち、何番目かは知らないが一人の小人がそう言って、一つだけ大きなダイニングチェアを指さした。この中に婆さんがいることが腑に落ちないが、とりあえずパーティーをしてくれるというなら、座ってやろうじゃないか。


 童話の世界ということは、見たこともないようなご馳走かもしれない。少しワクワクしながら待っていると、目の前のテーブルに置かれたのは、まさかの林檎。


「何故、小人から林檎!?」


 しかも、今度はピンクだ。普通のピンクどころか蛍光ピンクときた。


「美味しい林檎だよ」

「いや、見るからにおかしいだろうが! こうなると小人が敵なのか味方なのかも不明になってきたぞ!」

「ふふふふふふふふふふ」


 俺以外の全員が不気味に笑って、婆さんからの紫の林檎と小人達からの蛍光ピンクの林檎がダイニングテーブルに並べられた。


 本当にこれが誕生日プレゼントなのかよ。明らかに毒殺を企てているようにしか見えないんだが。


 並んだ林檎を眺め、どうやって逃亡しようかと真剣に悩み始めた頃、突然リビングにあった窓が大きな音を立てて粉砕された。


「今度は何だ!」

「姫、お待たせしました」


 窓から入ってきたのは、白い豪奢な衣裳を身に纏った王子だった。


「登場、早くないか!? まだ、林檎を食ってないし、眠りについてもいない!」

「姫に誕生日プレゼントを持ってきました」

「無視か!」


 前に並ぶ二つの林檎の隣にコトンと置かれたのは、虹色の林檎。


「わあ、綺麗……っていうか、ボケッ!」


 この世界には普通の林檎は無いのか?


「さあ、遠慮せずに召し上がれ」

「遠慮させていただく!」

「さあ、ワシの林檎を」

「さあ、僕たちの林檎を」

「さあ、私の林檎を」

「さあ、さあ、さあ!」

「うるさーい!!」


――

――――


「正人、起きなさーい」

「はっ」


 今、正人って言ったか?


 目をパチリと開ければ、そこは見慣れた自分の部屋。そうか、やっぱり夢だったのか。


 むくりと起き上がって、自分の顔や身体を触って確認してみる。髪は短いし、服のいつも着ているパジャマだ。よしよし、と今度こそ胸を撫で下ろし、リビングへ向かった。


「おはよう」

「正人、おはよう」


 性別も男に戻っているし、名前も合っている。目の前で朝食の準備をしているのは、まぎれもなく母だ。


「正人、誕生日おめでとう」

「え、あれ、今日って俺の誕生日?」

「何を言っているのよ。忘れたの? はい、これ。お母さんとお父さんからの誕生日プレゼント」


 準備された朝食の隣におかれたのは、それはそれは美しい真っ赤な林檎だった。


「さあ、お食べ?」

「やめてくれ! もう、林檎なんて見たくもない!!」





*終*

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話が違う! 安里紬(小鳥遊絢香) @aya-takanashi

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