11

 

     *


 連絡通路から地下街へ向かった時田と別れ、シュウはらせん階段で1階に上がった。

 途中で異変に気づく。エントランスは騒然としていた。

 すかさず高速転移する。奥の大柱の陰に移動した。吹き抜けを貫く柱の位置から、エントランスのほぼ全景が見渡せる。

 床に血の池が点在していた。池を作るほどに損壊したむくろが、中心に転がっている。

 イブ……ここへ来たのか? 

 悲鳴が交錯し人々が出口へ殺到している。

 どこだ。ナノを感覚器に集中。最高感度で周囲をサーチする。

 音、色彩、臭気──先鋭化した情報がなだれ込む。数千本の針と化した情報シグナルの受容は苦痛に近い。数秒が限度だ。

 エレベーターホール奥──上方!

 目を向けた場所にソイツは居た。

 高さ10メートルあたりの壁にヤモリのように貼り付いている。

 衣類は着けず保護色で皮膚を迷彩化している。

 そのときエレベーター扉が開いた。子供を抱いた凪沙とベンケイが出てくる。

 シュウは叫んだ。だが、間に合わない。

 イブは急降下して夫妻に体当たりすると、子供を奪って2階回廊へ跳び移った。

 シュウは駆け寄り、追おうとするベンケイを制した。「よせ。子供が危険だ!」

 火が点いたように泣く子に、イブは鋭利な刃先を向けている。人差し指から伸びた爪が刃物に変形している。

「シュウジ!」凪沙は絶叫した。

「ちくしょうッ、何だあの化物は」

「おちつけ。殺す気ならもうやってる」シュウは二人を手で制したまま前に出た。

 半透明だったイブの躰が姿を現す。身長は2メートル超。筋骨隆々の女子レスラーのようだ。盛り上がった肉体の所どころが破れ、増殖し過ぎた筋肉がのぞいている。胸と下腹を黒く発色させているのは、ヒトであり女性であった羞恥の残滓か。

「要求があるのか? 聞こう」ゆっくりした口調で語りかけた。

 耳まで開く口の端を、イブは上げた。

「ワタシについての会議をしていたようだな。手っ取り早くていい。オマエとは話ができそうだ」ガラガラ引っかかる声だ。声帯が変形したせいだろう。

「子供に危害を加えないと約束してくれ」

「そちらの対応次第だ」ステンレス鋼のような爪の刃を、少しだけ子供から遠ざけた。

 ──交渉はできる。第一関門はクリアだ。

 サイレンの音が近づく。大騒ぎになりつつある。

(ベンケイ──)ナノ通信でコールする。Aクラス・ブーステッド同士の近距離通信手段だ。承認され回線が開く。

(外へ出て警察に事情を話せ。刺激したくない)

(わかった。アニキ、信じてます──)

(シュウ、どうすればいいのッ)凪沙の通信が割り込む。

(とにかく騒ぐな。悲劇の母親って顔してろ)

 イブは要求を口にした。「Eテクノロジーズが所持するEVEが欲しい。ありったけだ。ニセモノは通用しないぞ。騙せば子供は死ぬ」


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