08

 どよめきが波打つ。

 捜査関係者に目をやり、席を立って距離を取る者が続いた。感染という言葉に反応したのだ。事件現場に関わった3人の捜査関係者、シュウ、時田、川多部が並ぶ席から皆が離れた。

「感染の心配ありません。どうかご着席を」学術部長は場を鎮めようと早口になる。「EVEには安全装置が仕込まれております。一度作業を終えれば自壊システムが働いて無効になります。同じ前駆体起源のEVE-2でも同様です。適用者以外に感染することはありません。また、休眠遺伝子覚醒のケースはきわめて稀で、特別な体質の人間にしか起きません」懸命に自社製品を擁護した。

「その特別な体質ってのは、どの程度の割合で存在するのだ?」と医務官。

「選択的IgA欠損症をもつ方と考えられています。免疫グロブリン異常で、ウイルス罹患リスクが高まります。ですが、欧米人で850人に一人、日本人では15000人に一人程度の出現率です。また、変異の起きた方には、治療による復元の可能性があります」

 ざわめきに安堵が混じる。バケモノの大量発生はあり得ないようだ。

 シュウを盗み見る者がいる。彼がブーステッドマンである事を知る科学省次官だ。

 生体強化ナノマシンを体内に宿す超人エージェント──Aクラス・ブーステッドマンともなれば、その適合者は0.22%の出現率でしかない。そんなを持つシュウが、のせいで〈人喰い〉となった女性と重なるのだろう。

 入口近くまで逃げていた者たちも席に戻る。それでも椅子をずらして捜査関係者と距離を開けたりする。

 けっ。時田は嘲った。

「事件の原因となるEVE-2ですが、既に弊社にて同等物を作成し解析中です。EVE-2は医療応用ではなく、副次作用の方を強化して、休眠遺伝子覚醒を目的にしている印象があります。例えば、適応体質をIgA欠損症以外にも拡大する、とか」Eテクの社長が続けた。

「かの国のことだ、盗難は偽装で、兵器に転用する気かもしれん」首相補佐官は罵るように言い、捜査陣に目を向けた。「とりあえず現状の一匹を捕まえることだな」威圧するような目を川多部警部に投げる。「いつ捕獲できる?」

「人間じゃねえヤツ追ってんだよ。捜査の常識が通じねえんだ」時田が代わりに応えた。

「時田ッ!」警部の顔が蒼ざめる。

 首相補佐は目を剥く。何か言おうと口をパクつかせたが、思い直して背もたれヘ躰を戻す。ガス抜きのように息を吐いた。

「もう充分聞かせてもらった。捜査しごとに戻ります」警部に礼をして時田は席を立つ。「出ようぜ」シュウに声を掛けドアに向かった。

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