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     *


 ウイルスは単に感染するだけの厄介な存在だろうか。そうではないことが判明している。〈生物の進化を促す〉働きが明らかにされている。これは〈ウイルス進化説〉と呼ばれる。

 ウイルスは生物の生殖細胞に感染すると、宿主ゲノムに取り込まれる事がある。そのため、生物ゲノム中にはウイルス由来の領域があり、そのようなDNA配列は内在性ウイルス配列(EVE:Endogenous Viral Elements)と呼ばれる。実のところ、ヒトゲノムの構成比は、ヒト典型的配列よりもウイルス配列の方が大きい。

また、タンパク質の設計図となる部分は、全ゲノムの僅か1~2%にすぎない。残りの大部分は役割も働きも解明されていない。

 DNAという文字で書かれたゲノム──生体のシナリオは、筋書の99%が不明のままなのだ。


 ――眼鏡をかけたひょろ長い男が進行役になり、ゲノムとウイルスに関する学説から本題へと話を繋いだ。削げた頬から細い声を絞り出すのは、ECHIGOYAグループの科学部門、Eテクノロジーズの学術部長だ。

「わが社が開発中のウイルス型ナノマシン〈EVE-1〉は、あたかもウイルスのように動作してヒトゲノムに外来ゲノムを書き込みます」

 壁に設置されたスクリーンには、アデノウイルスを模した正20面体のナノマシンが映し出されている。説明によれば、EVE-1は遺伝子病治療を目的とする医療用ナノマシンだ。

「このEVE-1に重大な副次的効果が認められたため、現在、開発を中断しております──」

「副次的効果だあ。ロクでもないもん造りやがって。それが洩れ出たのか」学術部長の言葉を遮ったのは時田刑事だ。代表で来ている。

「時田!」隣に座る川多部かわたべ警部が叱るが、当人はどこ吹く風だ。

「も、洩れたわけではございません。説明が前後しますが、問題を起こしたモノは協力企業に提供したEVE-1の前駆体と思われます。業務完了後に廃棄処分されたのモノが、廃棄されずに持ち出され、加工されたと推測されます」失言は無かったかと、コの字配置されたデスク正面にチラチラ目をやる。

 そこにはECHIGOYAの重役とEテクノロジーズの社長が並ぶ。グループトップ鷹峰 政虎の姿はない。

 大阪都心を震撼させた〈連続首無し殺人〉は、社会の動揺を考慮し、〈犯人が喰った〉という事実は公表されていない。あくまで殺人および死体損壊というプレス対応だ。真相を知るのは、この会議室に集まる10名と捜査関係者だけ。

 被害者は何者かに喰われ、喰った何者かは人間ではない。おそらくはゲノム改変を受けただという真相。

 ヒトゲノム改変の可能性をもつEVE-1は捜査対象となり、この会議に至った。

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