04


     *


 御堂筋の歩道は6月の光を照り返していた。

 目前に、他を圧倒する建築物がそびえ立つ。ひねりを演出するメタリック・ネイビーの地上20階は、巨大複合企業ECHIGOYAの本社ビルだ。

 シュウにとっては因縁深い企業。ここで、本日午後1時から極秘会議が予定されている。世を騒がせる〈人喰い〉に関わるものだ。ただ、この件はただのバケモノ騒動では済まない。事前に得た情報では、背景に深遠な闇が拡がっている。

「シュウ!」 

 エントランスへ続く石段の手前で、女性の、ややハスキーな声が彼の名を呼んだ。

 顔を向けると、一組の男女が微笑んでいる。ベビーキャリアで幼児を胸に抱く女性と、壁のように立つ大男。

「……ベンケイ」思わず呟いていた。

「アニキ、お久しぶりっス!」ベンケイことかつらつとむ は、体育会系の後輩のように直角に躰を折った。

 プロレスラーばりの巨漢に最敬礼される一回り小さな男を、往来のビジネスマンが不思議げに見て通る。

 じゃあ、名を呼んだ女性の方は、まさか……「凪沙なぎさ、か?」

「やだ。久しぶりだけど、アタシ、そんなに変わった?」

 顔かたちではない。イメージがまるで違う。あのイケイケが影をひそめた。そこに立つのは、やわらかな幸福感に包まれる、おっとりした母親だ。記憶にある凪沙はどこにも居ない。

 何歳いくつになった? 歳月を数える。

 ──19か。

 19歳の母親は、20はたち過ぎの大男と手を繋いでいる。

「えーっと、その子の父親ってのは──」

「うん。ベンケイだよ」凪沙は躰を横向きにして子供の顔を見せた。

 青系の服にロケットのアップリケ。男の子だ。

 こんな時代に子供を持とうとする凪沙を頼もしいと思ったが、眼の前に居る子は、そんな雑念など吹き払うほど愛らしい。

 くりんとした瞳がシュウを見る。花のような唇に笑みが咲く。

「あ。シュウ、好かれてる」

「愛想がいいだけだろ」

「ううん。きらいなタイプだと顔そむけるもん、この子」

「かわいい子だ」心から出た言葉だ。「父親に似なくてホントに良かった」

「ひでえ」ベンケイは苦笑する。が、自身もそう思っているようだ。

 抱かれた子はシュウをじっと見つめている。

「きっと、ママの命の恩人ってわかるんだ」感心したように凪沙は言う。

「命の恩人はベンケイだろ」

「シュウのこと好きだから、名前に一字もらっちゃった。この子、周志しゅうじっていうの」当てた漢字を説明してくれた。

「夫の前で、ほかの男を好きとか言っちゃダメだろ」

「あ、だいじょうぶ。シュウは好きなだけ。愛してるのはベンケイの方」ねっ、と笑って夫婦はまなざしを交わす。でへへ、と大男はテレた。

 アホらしい。勝手にやってろ。

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