第9話 貨幣交換システムのない町
次の日、私はアンナさんに頼まれ、ハルトと町へ買い物に出かけた。
(牛乳と卵と挽肉とベーコンとトマトと好きな果物)
アンナさんからお金は渡されなかった。
私は言いずらかったが、お金を持っていない事を正直に伝えた。
アンナさんは数秒目を閉じたあと、悪戯っぽく笑った。
「何も心配いらないの。お店屋さんで、欲しいものを取ってくればいいだけだから」
私は不思議に思ったが、後払いのシステムか何かかと思い、先ずは肉屋に入った。
大きなガラス張りの冷蔵庫には、たくさんの種類のお肉が置いてあった。
私の手から離れたハルトはソーセージの前のガラスに張り付く。
「ぼく、これがいい」
「アンナさんに、挽肉とベーコンとだけしか言われてないから買えないよ」
しょげているハルトの横で、お肉を注文しようと私は店主を探した。
しかし、お店を管理しているらしき人はだれもいない。
(無人販売所?でも、お金を入れる箱も無い)
私は支払いに困り立ち往生していると、お店に他のお客が入ってきた。
お客はお肉を選ぶと冷蔵庫から取り出し、持参したバッグに入れて何事もなかったようにお店を出て行った。
その後も、お客は入れ替わり立ち替わりお店に来た。
皆、同じようにお金を払うこともなく、ただ、お肉を選び持って帰って行った。
私は困惑したが、意を決してそーっと冷蔵庫を開け、挽肉とベーコンを手に取ると、腕に下げた袋に入れた。
急いでソーセージも袋に詰めると、ハルトの手を引き、逃げるようにお店を出た。
次に、八百屋に入ると、そこにはやはりレジ係の人は見当たらず、お客は野菜を勝手に持ち帰っていった。
私は今度は幾分落ち着いて、真っ赤なトマトを袋に入れた。
次の鶏卵所では、鶏に餌をあげているおじいさんがいた。
「こんにちは」
「こんにちは」
おじいさんはにこにこしている。
「あの、卵を下さい」
「ああ、どうぞ」
おじいさんは、餌やりを続けている。
「あの、お金は?」
「ん?何だって?」
(耳が遠いかもしれない)
「お金は払わなくていいのですか?」
私は大きな声で尋ねた。
「オカネってなんだい?」
おじいさんはマジマジとカノンを見た。
「おお。ガイアの子か。思い出したわい。久々すぎて忘れていたよ」
おじいさんは大きく頷き、顔の中央にシワを集めて、満面の笑みを浮かべる。
「さあ、何も心配せんでいい。これを持って行きなさい」
網に入った8個の卵をカノンに渡した。
「ありがとうございます」
私はわけがわからないまま、養鶏所を出た。
急いで家に戻り、私はアンナさんに事情を聞いた。
庭で砂遊びをしているハルトを横目に、アンナさんは言った。
「ここアシュバールでは、貨幣による交換システムはないのよ。必要な物があればお店に行って、持って帰るだけなの。驚いた?ごめんね」
ペロッと舌を見せ誤るアンナさんは、明らかに楽しんでいた。
「そうですか・・・」
私は口を引き結んだ。
(どういうこと?お金で売買していないならどうしてるんだろう?)
「お昼の後、少しお散歩しながら町を案内しようか」
考え込む私を見て、アンナさんはそう言った。
ハルトとアンナさんと町を歩きながら私は人々を見る。
アンタレス星人やベガ星人が大多数で、たまに異なる宇宙人がいるようだった。
みんな生き生きとした目をしていて、表情は明るい。
赤々と実るリンゴの果樹園の横を歩きながらアンナさんは話した。
「通貨がない理由だったわね。どう言えばいいかしら・・・それはみんな好きで農作物を育てたり、お店をしているの。それはガイアでも同じかしら」
私は頷く。
「その日、お店に並ぶ品物は、お店の人の”お客さんを喜ばせたい”と思う分だけよ。それに、大事なのは、お店の人たち自身が満足していること。みんな自分が満たされること以外していないの。それもガイアでも同じかしら」
私は地球で働く大人達の様子を思い出した。
ママは去年、体を壊し専業主婦になり、パパの会社でも新入社員は、1年間で10人中1人か2人しか残らないと言っていた。
通勤中の大人達の目はどんよりしていて、足取りも重い。
「地球では、そうだとは言えない部分もあると思う。働いた事無いからわからないけど、大多数の大人達は疲れている気がする・・・働いている人達自身が満足しているとは、言えないと思います」
(自分が満足する以上に働いている?自分が望まない仕事をしているから疲れているの?それは何故?)
疑問が私の頭をよぎった。
リンゴの収穫をしているベガ星人は、真っ赤なリンゴを1つ手に取ると、衣服でやさしく拭い、そっと籠に入れている。
清々しい表情をしていた。
「それに、私たちの世界では盗んだり、私欲目的で買い占めしたりする人がいるし、好きに品物を持って帰るなんて考えられないです。そういう問題はないのですか?」
「ここではそんなことはあり得ないわ。個人だけではなくて、町全体の意識も持っているから」
(どうしよう。ごめんなさいアンナさん。全然わからない)
「自分が満足していれば、人も喜んでくれる。人が満足していれば、私も嬉しいの。みんな楽しみながら畜産業、水産業、農業、林業などをしているのよ」
私は返答に困り、愛想笑いを浮かべた。
「んーどう言えばいいかしら・・・」
アンナさんは人差し指を頬に当てながら歩き出した。
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