第11話お嬢様の軌跡  〜sideジャミール



「皆さま、お初にお目にかかります、ウィルフォード・フォントリーナ伯爵が娘、ミリアーナ・フォントリーナと申します」


「「「「「…」」」」」


 何か間違ったかしら、と小首を傾げるお嬢様は不安になったのか、そっと後ろに控えていた私の顔を伺う。優しくゆっくりと首を振ると、安心したのか、こんにちわ、と笑顔で笑いかける。


 あぁ、分かる。分かるとも。

 ウチのお嬢様が誰よりも格別に可愛いから見惚れてしまう気持ちは。

 だか、挨拶を返さずお嬢様を不安にさせるなどあり得ない。このボンクラどもは友人となる価値もない。あ!頬を赤らめるな!くそ坊主め。

 …しかし…そうとも言ってられないのだ。お嬢様はご友人を欲しがっている。


「は、初めてまして…チュチュアンナとも、申します。…ミリアーナ様にお会い出来てこ、光栄です」


 この子は礼儀正しい。チュチュアンナは確かベイロード伯爵家のご令嬢。少しおどおどしてるがこれくらいが丁度いい。

 第一次通過。


「俺はロシナンテ!宜しく!」


 ロシナンテ。確かレイ子爵家の末息子。レイ子爵家は公爵の遠縁だから呼ばれたのか。確か招待状も送って来てたはず。

 しかし、格上相手にこの態度。品性のかけらも無い挨拶。

 不合格。


「ミッサーラ・マジスタと申しますわ。サラとお呼びになって。貴方とは一度お話ししたいと思ってたの」


 マジスタ。侯爵家か。ギリギリ及第点、と言いたいところだが却下。馴れ馴れし過ぎるし、お嬢様を下に見てる。どう言う教育をしたらこうなる。

 不合格。


 と言うか、その前にこの人選はなんだ。ゴミばかりじゃないか。


「チュチュアンナ様は普段どんな事をなさって居るの?」


「わ、私ですか?…私は小説が好きで…特にサイモンのファンで…」


「いいご趣味ね。わたくしもサイモンの本は何冊か読みましたわ。『ファボとカナリア』はもうお読みになって?」


「は、はい…あれは…」


「あら、私。サイモンなんて小説家知らないわ。他の話しをしましょう?」


 うん、私の目に狂いはない。この娘は不合格。ありえない。自分の無知を棚に上げて話の腰を折るなんて最悪だ。

 こんなのが貴族だと思われたらどうしてくれる。


「遅れてすまない」


「公子様、お待ち…」


「ねぇねぇ!マダム・フレンツェの新作のドレスなの!ご覧になって!」


「ミッサーラ」


「何よ、エセル」


 公子のこの反応…流石にこれは公子の人選ではないようだな。…しかし、なら誰が。


「これはこれは皆さん!お集まり頂き誠に有難う御座います。ライハット・マジスタで御座います」


 コイツか。

 この明け透け男め。思惑が全部顔に出てるぞ。

 ローエンバーグ公爵の弟がマジスタ侯爵である。元々ローエンバーグ公爵家は侯爵と伯爵の従属爵位を持っており、マジスタ侯爵領を弟に譲り、彼はマジスタ侯爵になった、と言うだけ。要はお下がりで名ばかりの侯爵という事だ。


「パパ!」


 公の場でパパ、とは本当に無能な娘だ。恥知らずもいいところ。

 お嬢様は…驚いて目が点になっている。完璧な淑女教育を受けたミリアーナお嬢様にとってこの光景は信じ難いものだろう。

 再び目が合う。

 私が首を振ると、ホッと胸を撫で下ろしたようでそのまま何も言わずライハットを見ていた。


「叔父様。私はミッサーラもロシナンテも呼んではいないのですが」


「あぁ、エセル。いや~、なんかの手違いで届いていなかったようでね。こうして予定を空けて来たんだよ」


 この叔父はダメだな。関わるだけ損。


「私は呼んでないと言ったのだが」


「え、いや…子供達の交流会と…」


「ライハット。見逃すのは此処までです。直ぐに連れて帰りなさい。いくら叔父と言えども招待状のない茶会に乗り込む無体を働いた罪は負ってもらいますよ」


 …。

 なんだ、やるじゃないか。

 弁えない者に対するこの絶対的な支配力。ローエンバーグ公爵家は安泰だな。


「公子様…わたくしたち向こうでお話しして来ても宜しくて?」


「あぁ、構わないよ。こんな物を見せてしまったお詫びはまた今度で良いかな」


「お詫びなんて。チュチュアンナ様と会わせて頂いてわたくし感謝しておりますもの」


 クッ。やられた。

 よく考えて見たら公子はコイツらを上手く利用したんだ。この公爵家に例え親戚とあろうと勝手に入って来れるわけがない。もしかしたら奴らが来たのもコイツの策略かもしれない。


 …ただ。チュチュアンナ伯爵令嬢。彼女を選んだのも多分公子だ。ミリアーナお嬢様のお友達としての人選は申し分ない。

 敢えて初めての相手を一人に絞る事で深い関係になりやすくしている。そこまで計算なのか…。


「先程のお話の続きを致しましょう。チュチュアンナ様」


「は、はい!」


 見た目に華はないが聞き分けも良さそうだし、趣味も合うようだ。多少おどおどしているが緊張して話せない程でもない。家格も伯爵で釣り合うし、なんと言っても“誠実貴族”と呼ばれるベイロード家だ。信用に値する人物だし、正直言って此方としてはとても扱いやすい家だ。

 何もかも上手い。そしてお嬢様の事を何より良く考えている。悔しいが今回も惨敗だ。悔しいが…。









 





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最高難易度乙女ゲームの悪役令嬢ミリアーナは何者か!? @renareere

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