第9話お嬢様の軌跡 〜sideジャミール
時の流れは早いものでミリアーナお嬢様ももう13歳。幼少の頃の愛らしさも残しつつも街を歩けば誰もが振り返るような本当に美しいご令嬢へとご成長なされました。
この度お嬢様は王立の貴族学校セントフォース貴族学院にご入学なされます。
お誕生日パーティーはあれからも年一回開催されていましたが、やはりそれに参加された人は口を揃えて連れて帰りたいと申しております。大変穢らわしい。
特に2歳のお誕生日でミリアーナお嬢様に口答えしたあの坊主。
あんな態度を取ったくせに今ではいけしゃあしゃあと口説き始めたのだから油断ならない。王族であることを傘に着て私の仕事の邪魔をする。
あんなものに権力を与えるなどこの国も終わりかもしれない。
それと、旦那様に娘はやらん宣言をされたあの男。奴もやっぱり息子の嫁にと口説き始めた。あれだけ大見え切っておいて恥ずかしくないのか。
こいつも公爵家の家紋を傘にして偶然を装い、お嬢様の周りをうろちょろと小賢しい真似をしている。
他にも色々煩い輩がハエの様に沸いて出てくる。本当にやめて欲しい。
勿論ミリアーナお嬢様は礼儀正しい淑女にお育ちになられてたので、そんな輩達にも丁寧にご挨拶する。それに調子に乗っているのが更に腹ただしいが、当のお嬢様は全く相手にしていないと気づいていないのか?馬鹿どもめ。
…流石に心の声はお嬢様に聞かせてはならないな。
「ミル?どうしたの?」
「お嬢様、またラーゼス卿とその御子息がうろちょろと…」
「あら、それはそうですよ。私達は制服のお仕立てに向かっているのですから、公爵様がいても可笑しくありません」
いいや、それは可笑しい。現に今お嬢様は旦那様と一緒じゃない。もう貴族院学校に入るのだから侍従や侍女と私の様な護衛と来るのが普通だ。
「ミリアーナお嬢様、ジャミール卿のおっしゃる通りこれは普通じゃないと私も思いますよ」
「そうなの?お父様はお忙しいから来られないとお母様が仰っていたので普通はついてくるものなのかと…」
その通りなのだ。
旦那様はついてくる気満々で朝の御支度をしていたところ領内で賊が暴れる事件が発生し緊急で向かわれたのだ。
旦那様は泣く泣く、と言った感じではあったが、やはり領民を大切にするとても優れた主だと私は分かっている。
「では、公子様はお恥ずかしく思われていらっしゃるかも…?」
「貴族たるものその様な事でお顔に出されることも有りませんし、お嬢様がそれを言ってしまわれたら、公子様はお立場も御座いません」
「そうですわよね」
お嬢様は少ししょんぼりしてしまわれた。ユーリが言い過ぎなのだ。
お嬢様は勿論容姿端麗で清廉潔白。だが少し繊細なお方。優しく丁寧にお伝えしなければならない。
そんな気遣いも出来ぬのかこの馬鹿は。
「ミリアーナお嬢様がお気になさる必要はないとユーリは言いたいのですよ」
「あら、そ、そう言う事でしたの?てっきり私の常識の無さを嘆いているのかと…」
「ま、まさか!お嬢様!私如きがそんな事を思うなど一切御座いません!私は男爵家の末の娘で裕福でしたし、大切にされて来ましたが、優秀な姉達に劣等感を抱いておりました。日増しに自分の存在価値を見つけるために悪戯や我儘を言うひどい娘に…。心を入れ替えるために送り出された奉公先でお嬢様と出会い、私の全てがお嬢様になりました。生きる意味を見出したのです。それから…」
「ユーリ。わたくし、そのお話はもう100回は聞きましたわよ?」
早口で捲し立てるユーリの言葉に目元を緩めてクスクスとお上品に笑うミリアーナお嬢様はもう大丈夫の様だ。
それにしてもお美しい。
お優しいミリアーナお嬢様はお優しいすぎるが故に相手の思いも抱えてしまう。
しかし、表で一切の感情を出さないのが貴族というもの。痛かろうか、苦しかろうが弱みを見せてはならない。嬉しかろうか楽しかろうか騒いではいけない。常に優雅で可憐に振る舞う。それが貴族
家のご令嬢という存在だ。
それを完璧にこなすミリアーナお嬢様は貴族として振る舞われる度に心をお痛めになられているのではと心配になるのだ。
唯一素を出せる旦那様や奥様、ファオルド様、我ら使用人だけでもその捌け口とならねばならない。
「ねぇ、2人は“ここあ”って知ってらっしゃる?」
「私は存じ上げません」
「“ここあ”ですか?どんなものなのでしょう?」
「そうよね?知らないわよね?私も知らないの。また今度作ってみようかしら」
「はい!是非そうしましょう!」
お嬢様は特別なお方だ。
それは旦那様と奥様の大切なお嬢様だからと言う事ではない。お嬢様はこうして時々質問なさる。それが昔は“お願い”と言う形だった。
世紀の大発明と言われた“魔電”の開発もお嬢様がたった2歳の時の偉業である。
それによりこの世界の文明は1000年は進んだと言われているくらいの大発明だった。
お陰で人々の生活はとても豊かになった。ユーリはその手伝いを成し遂げた功績として未来永劫専属の侍女の立場を約束された。
それからも数々の商品を開発したが、そのどれもが大衆を喜ばせる事になり、流石の旦那様も架空名義では対応しきれなくなった。
なのでこれがお嬢様の偉業だと今は世界中の誰もが知っている。
そのせいでハエどもが沸いて仕方がないのだが。
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