第7話プロローグ  〜sideユーリ



 ジャミール卿のお陰で直ぐに収集が着いたのは大変ありがたい事です。後で御礼を致しましょう。


「失礼を承知で申し上げます。お嬢様のお願いの件で、ファオルド様に少しご相談が御座います」


「いいよ。言ってみて」


「今回のお願いは少々大規模なお願いだと私の方で誠に勝手ではありますが判断致しました。お話し通りならば数名の専門家とその後、それらの販路に関する話しを通す為にも旦那様、奥様、ファオルド様にもご尽力賜りたく存じます」


「ミリアーナのためなら誰も何も文句は言わないし、咎もない。君が頭の良い人間だと言う事は分かっているからその君がそう言うのならそうなのだろうね」


 認めては下さっている。でもそれだけです。私がミリアーナお嬢様の専属であり続ける為にはジャミール卿のようにミリアーナお嬢様に何らかの価値を齎らす存在にならなくてはなりません。

 だからそこ、それはチャンスです。

 敢えて強調された語尾を推測するに多分、今のところ大した役に立ってないと言われているのでしょう。

 ファオルド様のおっしゃりたいことはよく分かります。確かにただお世話をするだけならこの屋敷に居る誰でも良いのですから。


「今回は、私の力もお役に立てそうです」


「そう?楽しみだね」


 これは試験だ。専属侍女でい続けるための試験。ミスをすれば多分…私は実家に帰らされるでしょう。


「ユーリ、ないない、ぶー!」


「大丈夫、そんな事しないよ?だってミリーの役に立つらしいから」


「ぶー!ぶー!」


 ミリアーナお嬢様の抗議が有れば残る事は可能かも知れない。でも、残れるだけ。そのご尊顔を二度と見られないかも知れない。


「まぁ、分かったよ。何かにまとめて置いて貰える?必要な物はこっちで用意しとくから」


「かしこまりました」


 手を上げて去っていくファオルド様はミリアーナお嬢様以外に優しくする事はない。でもだからこそ絶対に嘘は付かれない。勝手に誰かにやらせたりもしない。

 その部分だけは信用できるお方です。


 お嬢様は心配そうにうるうるとした大きな瞳を揺らされ私を見ています。滅多に泣かないお嬢様がこんなに我慢しておられる。

 …覚悟が決まった。絶対にミリアーナお嬢様の前から消えたりなんかしない。


 それからの行動は早かった。実家に辻馬車を送って資料を取り寄せた。

 お嬢様の“お願い”を叶えるためには今の実力では少々きついものがあったのです。なんとしてもファオルド様が人や材料の手配、根回しを終わらせる前に完璧な力を付けておかなくてはいけません。


「毎日やってはいたけど、こんな事ならもっと増やしとくんだったわ」


 夜寝る前に必ず魔力量の底上げのために練り上げと収束、変質、開放の繰り返しは行っていた。

 魔法は一朝一夕では使えません。

 使う量の魔力を練り上げ、それを使いやすいように収束(圧縮)。それに性質の変化を与えて、初めて魔法が生まれる。

 いかに使う魔力量を見極めて練り上げるか、収束までのスピードと変質の量、質、効果、そしてその一連の流れをどれだけ早く行うか、それが大切になる。

 今回は速さはどうでも良い。兎に角練り上げる量が必要です。それには魔力量を増やす他方法がありません。


 自身の魔力量を見誤ったり、使い方を誤れば即死ものです。だからギリギリを見極めて回復させ、またギリギリを攻める。これは完全な荒治療。強引な方法ではありますが、今は時間がありません。

 今の今まで呑気にしていた自分をぶん殴りたい気分です。


「絶対に…やって…ゃ」


 突然強い眠気に襲われる。どうやら成功したようです。





 それから一週間、全身に重くのしかかる魔力回復の痛みを押して仕事をしなくてはなりませんでした。

 もちろん、そんな事はミリアーナお嬢様と引き離されることに比べれば私にとってはなんの苦痛でもありません。

 全身が痛くともそんなのは微塵も感じさせてなりません。お嬢様にご心配をおかけするのも勿論ですが、何より魔術に関して天才であるファオルド様に認められる為には誰が見ても明らかに魔力量が増えていなければなりません。


「うん、まぁこんなものかな」


 …この先どれだけ頑張ってもファオルド様には遠く及びませんが、取り敢えずの合格は頂けたようです。


「ありがとうございます」


「資料の通りに集めたよ」


「感謝いたします」


 君に感謝される様な事じゃないんだけど、とファオルド様は悪態をつきましたが、その後は特に何か言われる事もなく。

 如何やら引き続きお仕事をお任せ頂けるようです。


「ミリー」


「うー」


「後で、ジャミールと一緒に僕の部屋に薬を取りに来てね」


「あの侍女のでございますか?」


「くちゅり」


「そうだよ。ギリギリまで魔力を使った後の回復の痛みはそれなりに差があるけど、たった一週間であれだけ増えたのなら、ほぼ空にしていたに違いないよ。多分飲み干したコップから滴る一滴の滴よりも少ない量だ。そこまでしたら通常の人間は動けない。いや、動いたら筋肉が切れ肉断裂を起こす。それ程の痛みを全く顔に出さない。それにそんなに器用にコントロール出来る事にも感心してるんだ。僕も経験した事があるから分かる」


「にーま、あーと」


「にーまからって言わないでね」


「うー」


「何のお話ですか?」


「ユーリ、いこいこって」


「お嬢様、お褒め頂きありがとうございます」


 これぞ至福の時間です。

 お嬢様にお認め頂けるこの瞬間の為に私は生きているのです。








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