第6話プロローグ 〜sideユーリ
お嬢様の朝は少し遅い。
当然ながらよく食べ、よく寝るのが仕事だからです。
だから、こう言った不足の事態の為に私はいつもお嬢様の起きられる1時間までには部屋へ入って五月蝿くならない軽い掃除か寝顔を眺めるなどをして時間を潰しております。
だから、今日も例に漏れず同じくそうしていました。
お嬢様の誕生日の後、ぷるんは旦那様にも奥様にも坊ちゃんにも大変好評で善は急げと直ぐに試作が始まりました。
当然、ぷるんを売り出す為です。
こう言った事はよくある事でして、ミリアーナお嬢様が特別だと何度もお伝えしているのはこうした事も要因です。
当然ですが、これ以前に売り出した商品は信じられない売り上げを叩き出し、既に余りある資産や権力が王族すら抑え込める程になっているのだから怖い話しです。
何でもお嬢様が以前にお造りになったとある商品を王妃様が大変気に入り、王室の権限をフルに利用してまで買い求めたが、常に品切れで結果旦那様に泣きついたのだとか。
それがヨーヨーと言うお菓子でした。
ヨーヨーは牛の乳を使ったお菓子でカビないように発酵させるのに大変苦労したそうです。
数ヶ月かけた研究の末に完成した物は白く柔らかな塊。味も酸っぱく、その良さは凡人には直ぐには理解できなかったのですが、お嬢様はそれにお砂糖を入れて食されていたのですが、何故か奥様の分だけ蜂蜜という東方で甘味料として使われている甘ったるく、紅茶に入れるくらいしか需要のなかったそれを入れてお渡しになったのです。
お嬢様を信じている奥様は当然疑う余地すらなく口へ運ぶと、蜂蜜独特の甘ったるさが中和されてほんのりとした甘味と元々の酸味が口の中で上品に広がる、とそれはそれは流暢にお話になられたのです。
同じものを口にされた料理長も大変感激しておりまして、ヨーヨーを使ったお菓子もたくさん開発されて、こちらは特に男性に喜ばれました。
甘味が苦手な殿方は奥方や家族、婚約者などとお茶を楽しまれる際に出る砂糖の塊のようなお菓子を食べるのが大変苦痛だったそう。しかし、このヨーヨーでできたヨーヨーケーキはその酸味のお陰かさっぱりとしたあまみで甘味が苦手な方にも良く好まれる一品となったのです。
そして何よりカミラ様が大変なことになりました。何週間も出ていなかった…んっ。はい、あれが解消されて食した日からお手洗いに長く籠る事がなくなったのです。
これには使用人一同お嬢様に大変感謝致しました。カミラ様は毎朝の忙しい時間に使用人トイレにお篭りになっていたのです。
これで朝のトイレ争奪戦がなくなったのは言うまでもありません。
と言う前置きでお分かりになられましたでしょうか。王妃様もそれはさぞお困りになられていたようです。
「ユーリ、およ」
「はい、ミリアーナお嬢様。おはようございます」
「ユーリ、おねないなの」
来ました。
実はかなり久しぶりの“お願い”でございます。確か前回は三ヶ月ほど前でした。以前は数週間おきにはあった“お願い”がない事に私、ユーリ・カルミナは少し寂しかったのです。
「はい。喜んで」
「んーと、わかなの」
「それは材料が、ですか?」
「ななえ」
「そうですか…後から付けるのは難しいでしょうか?」
「いーい?」
「勿論でございます!」
これは久しぶりの大仕事になりそうだ。お嬢様の“お願い”で名前が初めから分からないと言うのは初めての事だったからだ。
それからお嬢様のお話に耳を傾けて、少しずつその“お願い”の正体の概要を把握します。
「専門家が必要かもしれません。旦那様にご相談して参りますので、少々お時間を頂けますか?」
「あい」
お嬢様の“お願い”なので当然直ぐに許可は降りるはずですが、カミラ様のお言付け通りお部屋でジャミール卿と二人きりには出来ません。
当然、ジャミール卿本人に誰かを呼びに行かせる事も私の立場では出来ません。
専属護衛騎士と専属侍女の立場は対等ですが、元々の家格がジャミール卿の方が上です。
お嬢様の“お願い”の為にも一刻も早く旦那様にご相談に行きたいのですが、どうする事も出来ない状況です。
焦っちゃダメよ。私は専属侍女なのだから。落ち着いてお食事が終わればカミラ様にお嬢様をお願いして…。
「あぁ、僕の愛しのミリアーナ。今日も変わらず愛らしいね」
「にーま…」
「どうしたんだ!ミリー…。そんな悲しそうな顔をして…。何でも言ってごらん?」
「みり。ごめさい、しなななの」
「誰にだい?」
「ユーリ」
すかさず先ほどまでの微笑みを消した黒い表情が刺すように向けられる。何をした、とその目が質問してくるが、私には一体何の事なのか分かっていない。
これがシルバーブロンドの髪なのに彼が《黒の貴公子》と呼ばれる由縁です。
「ファオルド様、私は一部始終を見ておりましたが、いつも通りお嬢様の“お願い”を聞いていただけでした」
先ほどまで煩わしく感じていたジャミール卿に助け舟を出され、彼の立ち位置を痛感した。
こう言った時に真実を話せる人の存在がミリアーナお嬢様を守っているのだ、と。
醜聞、と言うものはいつの時代だって勝手に立てられる。憎らしいとか、羨ましい、とかそんな些末な事で身勝手に立てられる。
火のないところにはなんとやらとは言いますが、根拠のないものも多い。
しかし、彼は強い。身分は低くかろうと、王太子殿下の護衛に抜擢され、数多の高位貴族達にも気に入られている。
そんな彼の発言力はとても強く、信憑性が高く、受け入れられる。
護衛とは言い得て妙だ、と私が呑気に考えている間に誤解は解けていたようです。
私がこう言ったやり取りに怖気付かなくなったのはいつからだったでしょう。
全く怖く感じていない。いや、ファオルド様が本気ではなかったからなのかもしれない。
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