第5話プロローグ  〜sideユーリ



 教会からお昼を知らせる鐘が鳴る。

 綺麗な音色に耳を澄ませながらこれから始まるパーティーに気持ちを切り替えます。

 今日はミリアーナお嬢様のお誕生日なので来賓がとても多い。

 勿論それは旦那様と奥様のご友人が多いという意味ではなく、普段の来客が少ないという意味です。

 特にこの二年は本当に来客は殆どありませんでした。そう、お嬢様がお産まれになってからのことです。

 誰がみてもその愛らしいお姿に旦那様、奥様、坊ちゃんのみならず、使用人一同も息を飲むほどで。皆、口を揃えて“誘拐される”と騒ぎ立てたものです。

 その噂は遥か遠くの隣国まで届くほどに噂され、どれほどのものかと非常識にもティーパーティーのお誘いや舞踏会の招待状など沢山集まりました。

 ですが、当然まだ2歳ですからお屋敷のお外に出るはずもありません。

 なので屋敷の者以外にミリアーナお嬢様のお姿をみている者はおらず、実はこれがはじめての御披露目でもあったりします。

 どれだけ期待していらっしゃっても裏切らないほどに今日も今日とて愛らしいミリアーナお嬢様。


「ユーリ、もぐ?」


「はい、モグモグのお時間です。お腹空きましたか?」


「ん!」


 さっきまでぷるんに夢中だったミリアーナお嬢様ですが、やはりまだ2歳。興味もコロコロと移り行くのです。

 しかし、今日のもぐは特別。

 鐘がまるまでお嬢様を誘導する任務は完璧です。後は大広間へご案内するだけ。


「ユーリ」


「はい、なんで御座いましょう」


「ちう」


 しまった。今日はミリアーナお嬢様お誕生日だから昼食は食堂ではない。

 明らかに食堂と反対方向の広間へ向かう私に間違っていると教えて下さっている。

 しかし、漏らすにはいかない。今バレれば全てが水の泡。


「申し訳ありません、ミリアーナお嬢様。今日は旦那様と奥様がいらっしゃるので広間で皆さんとお食事だとカミラ様がおっしゃっておりました。お伝えするのを忘れていた私の職務怠慢で御座います」


「ユーリ?よーち」


「ありがとうございます。ミリアーナお嬢様はなんてお優しいお方なのでしょう。私は本当に幸せ者です。叶うならば一生お嬢様のお側に居させて下さいませんか」


「うーむ」


「ありがとうございます」


 今日はミリアーナお嬢様のお誕生日なのに私がプレゼントを貰ってどうするの。

 でも、とても幸せだ。本当に四女で良かった。家も気にせず、結婚する必要もなく、一生ミリアーナお嬢様にお仕え出来るなんてもう幸運でしかない。

 そんな事を考えながら部屋の扉を開ける。私のミスによりミリアーナお嬢様の足を止めてしまったから予定より36秒程遅れてしまっている。

 専属侍女失格です。

 後ろを歩くジャミール様からもその失態による責めの視線が送られております。

 …怖いです。


「「「お誕生日おめでとう!我が愛しのミリアーナ」」」


「とーま、あーま、にーま!」


 扉が開くとともに視界を全て奪われおりますが、ミリアーナお嬢様は皆様に抱きつかれている事が嬉しいのかきゃっきゃっと笑い声をあげていらっしゃる。


「ミリアーナ嬢、2歳のお誕生日おめでとう。私はヘルベスト10世。これは私の愚息フルーライト」


「へる!ぷるん!」


「まぁ、何と頭の良い子なのだ。私の名を呼んでいるぞ」


「僕が、ぷるんですか?」


「ん!ぷるん」


 確かに言い得て妙です。お嬢様。先程作ったぷるんのように艶やかで綺麗な肌と金髪。まるでぷるんのようです。


「ぷるん、ってなんか可愛い感じですね…」


「僕のミリーは本当にセンスが良いな」


「えぇ、本当にセンスが良いですわ。お嬢様」


「え、でも僕は…」


「我が娘ながら素晴らしい目をしている」


「本当にその通りよミリアーナ」


「ねぇ、僕…王族…」


 フォントリーナ家一同からの鋭い視線と話の腰を折る態度は完全に不敬に当たるのだが、当然誰も気にすることなく続ける。


「…父さんもいつもこうだった…諦めろ」


「お久しぶりです。本当に愛らしいお嬢様ですね、ウィルフォード卿」


「…ラズ。お前にはやらん。お前だけには絶対にな」


「そんな滅相も御座いません。此処にいる誰もウィルフォード卿からお嬢様を取り上げようとなど思ってもおりませんよ」


「どうだかな。娘は本当に優秀だ。特別な子だからな。私はこの子を嫁に出す気は一切ない。いずれ欲しくなっても今日の言葉を忘れるなよ」


 お嬢様のお披露目会のはずが、来賓の皆様からお嬢様を隠す様に抱きしめる旦那様に引きつつも噂通り、いや、それ以上の愛らしさに皆様、旦那様の気持ちが分かってしまうのだからどうしようもない。


 パーティーはその後も色々とありながらも無事終了し、私はお客様のお見送りを済ませてお昼寝をしているミリアーナお嬢様の部屋へ急ぎ戻る。

 部屋の前にいるジャミール卿に先程の非礼を詫びて、部屋へ入る。すぐにお尻の確認をする。そして当たり前のように部屋へ入ってきたジャミールを一瞥してから、次にいつ起きても良い様にお召し替えの準備、起きた時用の飲み水、お身体を冷やさないよう暖かいお紅茶、蒸しタオルの準備をする。

 お嬢様のお部屋は特別仕様でこの一部屋で何もかもが完結するようになっています。お部屋のすぐ横にお嬢様専用の小さな給湯スペースがあり、お湯もお紅茶もすぐに用意出来ます。勿論、朝や夜は余計な音を立てる訳にはいきませんから、お昼寝以外の時はあまり使いませんが。

 


 スヤスヤと眠るお嬢様の顔を覗き。今日も幸せいっぱいのユーリ・カルミナなのでした。





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