第4話プロローグ  〜sideユーリ



 さて、本日初めのお仕事はお嬢様のお望み通り《ぷるん》なるものを作ることになりましたが、私には同時進行でやらなくてはならないことがあります。

 それはミリアーナお嬢様にお誕生日の準備をしている事をバレずにお世話をすると言うお仕事です。

 偶然にもぷるん作りのお陰でミリアーナお嬢様を隔離できたのは幸いです。

 この仕事は何が何でも成功させなければなりません。


 お嬢様のこう言ったお願いは姉の時からあったそうです。初めてのお願いで出来上がったのはフルーツを使った飴。ドライフルーツという隣国の名産品を飴で包んだお菓子だったそうです。

 0歳児がそれを望んだと言う事も大変不思議ですが、一番疑問なのはドライフルーツを見た事も食べた事もないはずのお嬢様が何故その存在を知っていたのかと言う事でしょう。


 ですが、そんなことはどうでも良いのです。私たちの使命はとにかくお嬢様のお願いを叶えること。そのためにこのお屋敷はどんどんと様変わりしました。

 この厨房もその一つで実は此処はお嬢様専用だったりします。

 これがなければ本日のお誕生日会を隠す事は大変難しかったでしょう。


「ミリアーナお嬢様。材料の準備が整いました」


「ん!」


「ミリアーナお嬢様。今日はお菓子作りだとお伺いしました。私もお手伝いさせて頂いても宜しいでしょうか?」


「ん!」


 彼は料理長のジェフさん。

 もと宮廷料理人だったとても優秀なシェフで、なんでも王国のみならず世界中の料理大会で幾度となく優勝した経歴の持ち主だそうです。

 勿論料理のセンスはピカイチですが、スイーツ関係にも明るく、ミリアーナお嬢様のお願いが食べ物関連だった時はいつもお世話になっております。


「ミル!」


「はい、お嬢様」


「こーれ」


「かしこまりました」


 勿論ジャミール卿も同席です。

 ジャミール卿はお嬢様がお眠りになられている間も部屋の外でお守りしているようで、いつ寝ているのか大変不思議です。

 勿論眠そうにしているところなど見た事もありません。

 今もとてもとても穏やかな優しい笑顔でお嬢様のコック服の裾を捲っております。


「しーふ、こーれ、コン!」


「はい、お嬢様」


「もっこね」


「はい」


「ユーリ、こーれ!」


「はい、お嬢様」


「ミル、しゃーちる」


「はい、お嬢様」


 テキパキと指示を出していくミリアーナお嬢様の言う通りに作業はどんどん進んでいきます。これもいつも通りです。

 時より考え事をしているようで宙を見上げることもあります。それがまた何と可愛らしいことか。


「ゆっ、ね」


「はい、ゆっくりですね」


「しゃーの、こーれ」


「濾すのですね」


「しーふ、こーれ」


「あ!前にやった蒸すやつですね!」


「ぷるんは意外に簡単な物なのですね」


「かんかん!おいち!」


 ミリアーナお嬢様のほっぺの方がぷるん、ですと私達が思っているとも知らずにご自身のほっぺをくにくにと持ち上げるお嬢様。

 勿論此方はうっとりです。


 完成した物を一口。と行きたいところでしたが、今回は冷やさないといけないそうです。

 氷は大変貴重な物です。

 お嬢様もそれが分かっているようで、こういった時に少し申し訳無さそうにします。

 しかし舐めてもらっちゃ困ります。何故なら此処はフォントリーナ伯爵家。優秀な人材が沢山集まる人材の宝庫。

 そして伯爵家にいる者は誰一人としてミリアーナお嬢様お願いを叶えるためならば能力もお金も時間も惜しみません。

 それは旦那様であろうと、奥様であろうと坊ちゃんであろうとです。


「あぁ、僕の愛しのミリー。僕の力が必要なのだね。勿論ミリーの為なら何でもするよ」


「ふぁーにーま!」


「はい。にーまです、僕のミリー。あぁ、なんて可愛いのだろう。僕のミリアーナは。目に入れても痛くないよ」


「にーま、ひーひーの!」


「今回は冷たいお菓子なんだね。とても楽しみだ」


 難しく、魔力の消費も激しい氷魔法を難なくやって退けるファオルド様には全く頭が上がりません。

 私は風と火属性の相性が良く、その派生の雷属性が使えるのですが、悲しい事に中々出番が有りません。


「しーふ、ちー…」


「塩ですね。…氷にかけるのですか?」


「ん!」


 氷に塩。

 どういう意図なのでしょうか。私のような凡人には皆目検討もつきません。

 それより何より、“お”の発音が難しい様です。“お”が言えなくて悲しそうにするそんな姿も大変可愛らしい。

 ミリアーナお嬢様の頑張る姿を目に焼き付けましょう。

 そして何より、私の名前ユーリで良かった。呼びやすい名前で発音しやすい名前で本当に良かった!


「…ミリー。これは…素晴らしいよ。本当にミリーは、僕のミリアーナはこんなに可愛いのに天才だなんて!愛してるよ、ミリー」


「ファオルド様、一体どういう事なのでしょうか」


「そうだね!ユーリ達にも分かるんじゃないかな?僕が出した氷の魔力の流れを詠んでみて」


「……これは!」


「そう、効果が高まっているんだ」


「塩で…氷結の効果が高まる…。これは他の料理にもお菓子にも応用が…いえ、それだけではありません!」


 興奮する大人達を他所にミリアーナお嬢様はぷるん観察に夢中です。

 ぷるんを突いてみたり、揺らしてみたり。当然今までこの世になかったものなのですからお嬢様も見るのは初めてです。

 どうしたらこの様な発想になるのか不思議でなりません。

 でも、一つわかっている事もあります。そう、ミリアーナお嬢様は特別なお人だという事です。


「では、ミリアーナお嬢様。これはお夕食時に旦那様と奥様にも食べて頂きましょうね」


「ん!」


 味見なんて滅相もない。

 そんな事しなくても美味しいのは当然、必然なのです。なんだってこれは特別なミリアーナお嬢様がお作りになったぷるんなのですから。







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