第3話プロローグ  〜sideユーリ



 月日が流れるのは早いもので。

 ミリアーナお嬢様の2歳のお誕生日を迎えました。

 今日までそれはそれは色々な事がありました。本当に短い時間では語り尽くせない程に沢山の思い出をミリアーナお嬢様はこのたった一年で私に与えて下さった。

 特に特別な思い出は当時まだ発音が難しく、私の事をうーう、と呼んでいたのですが、侍女である私なんかの為に練習に練習を重ねて下さり、2歳をお迎えになる前に何と!ハッキリとユーリと呼んで下さったのです。

 流石の私もこれには本当に涙、涙でボロボロになってしまい専属侍女あるまじき事ではありますが、一日お休みしてしまった程に感動してしまったのです。

 ですが、この話は此処で終わりません。

 ミリアーナお嬢様はそのあと突然涙が止まらなくなり、自室にて休んでいた私に直筆のお手紙を下さり、ありがとうのお言葉とミリアーナお嬢様が一番お好きなブルースターの花束を送って下さったのです。

 それは今でもこうしてドライフラワーにしてお部屋に飾らせて頂いています。


 さて、思い出話をしている暇はありません。

 今日は大切な大切なミリアーナお嬢様の2歳のお誕生日で御座います。勿論使用人一同全くの抜かりなく今日までの3ヶ月間みっちりと準備してきたので喜んで頂けるのは間違いありませんが、万が一、と言うこともあります。

 ミリアーナお嬢様が起きられる前にもう一度最終確認をしてからお嬢様を起こしに参りましょう。


「あら、ユーリ様も確認ですか?」


「マリエル、それにジュド。貴方達もなの?」


「いや、万が一がありますから」


 彼らも同類だった様です。

 彼らはこの倉庫の管理を任されている子爵家の娘マリエルと平民のジェド。

 このお屋敷では身分よりも能力を優先されるのでジェドは平民ではありますが、その能力を買われて伯爵様にお仕えしています。

 そして、私は男爵家の娘で子爵家のマリエルよりも身分は低いですか、ミリアーナお嬢様の専属侍女ですので、こうして立場が逆転する事もあります。


「ミリアーナお嬢様のお誕生日ですから、旦那様も奥様もそれは力を入れてらっしゃいます。もし、万が一にも不備があればお屋敷が半壊…なんて事もあり得ますし…。確認するに越した事は有りません」


「マリエルそんな事言ったって言い訳にしか聞こえないぞ。一昨日から楽しみで寝むれないって言ってただろ?」


「ジュド!!やめてよ!」


 まぁ、確かにそれも一理ありますね。ファオルド様の溺愛っぷりに負けず劣らずの溺愛っぷりを見せる旦那様と奥様。

 ただ普通ならその溺愛っぷりは甘やかしになるのが関の山でどんどん我が儘になるのが貴族の子息子女の常なのですが、ミリアーナお嬢様は例外中の例外です。


「じゃあ、あとは任せるわ」


「「はい!」」


 お嬢様を起こしに行くその前に準備です。

 今日はお誕生日ですからミリアーナお嬢様が一番大好きなベルタガール産のお紅茶を用意致しましょう。

 カップとポットはお紅茶の琥珀色が良く映えるよう、繊細で美しい青で花紋が施された白磁器に致します。

 そしてミリアーナお嬢様専用に特注した職人が手掘りした滑らかなで上質な白木の桶に人肌よりやや高めのお湯を張ります。お部屋に着く頃には人肌ぐらいのちょうど良い湯加減になる様に。

 タオルも職人が一つ一つ丁寧に織った物で天日干ししたてのまだほんのりと太陽の香りが残る真っ白で柔らかで一番上質な物を。


 お部屋に着いたら先にカーテンを開けます。少しでもミリアーナお嬢様がお目が覚めやすい様に。

 無理矢理起こすなんてもってのほかです。

 太陽の光を浴びて身体がゆっくりと起きてからお目覚めになるのが1番です。

 勿論ミリアーナお嬢様がお寝坊した事など一度たりとも御座いません。


「およ、ユーリ」


「おはようございます、ミリアーナお嬢様」


 まだまだ言葉は拙いですが、忘れてはなりません。本日2歳に成られたらばかりでこれだけお話に成られるのは本当に素晴らしいのです。

 それからいつも通り顔を洗い、タオルで拭う。


「きょも…いいににょにだね」


「はい、太陽の香りですよ。お嬢様」


 にっこりと素敵な笑顔を頂いてまた私の心は暖かくなるのです。


「ユーリ。おねない、なの」


「はい、何で御座いましょうか」


「ぷるん、ちゅくるの」


「…ぷるん、で御座いますか?」


「うん、ぷるん」


 ミリアーナお嬢様は時々こうしてお願いをしてきます。

 そのお願いはいつも突拍子もなく、それでいて摩訶不思議なものなのです。

 やはりミリアーナお嬢様は特別なお方です。存在しない物を思いつき、そしてその全てがとても素晴らしい物なのですから。

 当然ミリアーナお嬢様のお望み通りにするのが私の役目ですから気合も入ります。

 

「お嬢様。ぷるん、とはどの様な物なのでしょうか」


「ぷるん、ちてるおかち」


「お菓子ですか!是非やりましょ!」


「あーと!ユーリ!だいちゅき!」


 あぁ、今日こそ私は溶けてなくなってしまいそうです。私はもういつ召されても良いのですが、お嬢様の願いを叶えるまでは流石に死ねません。

 お嬢様の泣き顔など見たくありませんので。

 さてさて、今回のはどの様な物なのか。とても楽しみです。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る